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嫌なことを嫌だと言う力

みなさん、「嫌なことを嫌だと言うのは大人の義務」って考えてますか?


これ、案外みんながちゃんとできていないことかもしれません。


特に脅されている時や圧力を感じる場面では、簡単なことじゃないですよね。


でも実は、これこそが「真の成人」としての大切なスキルなんです。


じゃあ、そもそもどうして大人には「嫌なことを嫌だ」と言う義務があるんでしょう? 


その答えはシンプル。「自分を守るため」です。子どもの頃、まだ未成年の間は、親や学校、法律が守ってくれることが多いですよね。


でも、成人になると、それらの支援が薄れ、自分で自分を守る力が必要になります。

成人というのは、自分を守る責任を持つ人間なんです。



未成年と成人の違い

成人と未成年の違いを考えると、最も大きな点は「自己防衛力」でしょう。


未成年の間は「猶予期間」として、精神的にも身体的にも成長し、武力や知力を身につけることが求められます。


ここでの武力は、決して物理的な力だけを意味しません。心の強さ、そして困難に立ち向かう知恵も含まれます。


未成年の間に十分な力を身につけて、成人となった時に他人から脅されるような状況にあっても、自分を守れる人間になること。


これが社会の基本的な成長サイクルなんです。


だからこそ、成人になったら、「嫌だ」とはっきり言うことが求められるわけです。

自己防衛が大人としての最低ライン

成人としての最低ラインは「自分を守ること」です。


これは法的にも、道徳的にも、私たちに課せられた責任です。


もし、自分自身を守れなければ、家庭や仕事、社会での役割を果たすことはできません。

実際、強い人はただ自分を守るだけでなく、「自分の家族を守る」「地域を守る」といったさらなる責任も果たしていきます。


もっと強くなれば、リーダーシップを発揮して、他の人々をサポートし、社会全体に貢献することもできます。

「自分を守れない」成人のリスク

とはいえ、すべての成人がすぐにこのレベルに達するわけではありません。


成人の中には、脅されるとすぐに従ってしまう人もいるでしょう。


これ、結構多いんですけど、正直言って危険です。


特に刃物や銃で脅されている状況じゃないのに、ただ言葉だけの脅しに屈してしまうのは、自分を守る責任を果たしていないということです。


法や社会は弱い者を守るために存在しますが、それは自分を守る努力をした上でのこと。


努力せずにただ従ってしまう人間は、守られるべき存在として扱われにくくなるんです。


言い換えれば、成人には「自分を守る最低限の力」が求められているということ。

警察に助けを求めることは恥じゃない

ここで誤解してほしくないのは、「他人に助けを求めることが悪いわけではない」ということ。


言い争いが喧嘩に発展して、自分では勝てないと感じた時、警察に助けを求めるのは全然悪いことではありません。

むしろ、それは自分を守るために取るべき正当な手段です。


弱い者が強い者に勝てないのは当然のことですし、誰もそれを責めることはできません。

だから、「負けること」が問題なのではなく、「自分を守る努力をしないこと」が問題なんです。


もし自分で解決できないと判断したら、誰かに助けを求める。それが成人としての冷静な対応です。

真っ当な大人の責任とは?


真っ当な大人というのは、自分を守るために努力し、必要な時には助けを求める人です。


そして、その延長で、自分の家族や周囲の人々を守るための行動を取れる人が、さらに成熟した大人といえるでしょう。これが成人の基本的な責任です。

ただし、すべての人が最初からこのレベルに達しているわけではありません。


成人になったからといって、すぐに「強い大人」になるわけではないんです。


大人になるための過程は、未成年の間に始まりますが、実際に力を発揮できるようになるまでには時間がかかることもあります。

大人としての「嫌だと言う力」を鍛えよう


じゃあ、どうやって「嫌だ」と言える強さを身に付けるのでしょうか?


まず大事なのは、日常生活の中で小さな「嫌だ」と言う練習をすることです。


友達との会話や職場でのやり取りでも、無理な要求や圧力を感じた時、自分の意志をしっかりと表現する。これが第一歩です。

さらに、自分の価値観や信念を明確にすることも大切です。


自分が何を大切にしているのかを理解することで、他人からの脅しや圧力に対しても冷静に対応できるようになります。

まとめ

成人とは、単に年齢を重ねた人間ではなく、自分を守り、さらに他人を守る力を持つ人間のことです。


未成年の間は、その力を鍛えるための時間ですが、成人になった時にはその力を発揮することが求められます。


「嫌だ」と言えない大人は、まだその力を十分に持っていないということ。

そして、それを持たなければ、他人の支配下に置かれるリスクが高まります。

「嫌だ」と言える力を鍛えることこそが、真の成人になるためのステップ。


自分を守るための責任をしっかり果たすことが、大人としての最低限の義務なのです。

読んでくれてありがとうございました。コメントや質問もお待ちしてます!

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