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グループkasy(金土豊、他)
2018年6月8日 21:39
時は江戸。火付け盗賊改め方長官・鬼平こと長谷川平蔵のもと、2本の長大な十手を手に、元<風魔忍者>の岡っ引き、草笛双伍が活躍する、痛快アクション時代小説です。
2018年6月8日 21:42
寛政元年2月16日、その夜は新月であった。小伝馬町にある、油卸し問屋である宝月屋に強盗が押し入った。時は丑の刻(現在の午前2時ごろ)のころであった。入った賊は8人。それそれ黒ずくめにして、黒い頭巾で顔を隠していた。その賊共の押し入り方は、他の盗賊とは異なる手口であった。これまでの賊は裏戸を強引に押し開け、金品はもとより強姦し、殺していくものがほとんどだったが、この盗賊集団は
2018年6月9日 14:33
清水門外の役宅、その裏手の土間に双伍は、膝をついてたたずんでいた。「ほう、おめえの見立てでは、仏の刺し傷は 忍び刀じゃねえかと?」長谷川平蔵宣以はキセルの煙をくゆらしながら言った。板の縁側にあぐらを構えている。「へえ、侍の刀傷にしては、血の量が少ねえし、 傷口も細い。それにどの仏も、たった一刺しで 殺されているんでさぁ。もうひとつ言わせてもらえると、 新月の闇夜
2018年6月10日 20:16
江戸城下でもひときわ賑わいを見せる日本橋の近くに、<あじさい屋>という食事処がった。20人もはいれば手狭になるような、小さな店ではあるが久平という主人の手打ちうどんと蕎麦には定評があり、客足が途絶えることはない。久平はすでに50を数える、たたき上げの職人だ。その店にいくつも並べられている縁台のひとつに、双伍の姿があった。足を組んでキセルを吹かし、紫煙を吐いている。
2018年7月7日 21:21
それからひと月ほどが経った。今宵は新月。沢村誠真以下、徳松新太郎、古川邦助、柳川冴紋筆頭同心、森村忠助、佐々木音蔵、家永幸太郎、川田一郎など腕利きの同心8名。そして下っ引き20名ほどに十手を持たせて、人形町の紙問屋千羽屋を取り巻いて張り込んだ。無論、気取られること無く、大滝や戸板に身を隠した。だが沢村は双伍のことが気がかりだった。下っ引きの弥助は捕縛くらいしかできまい。
2018年7月7日 21:26
「この度の働き、ご苦労だった」清水門外の役宅の裏戸の縁側で、長谷川平蔵はキセルの紫煙をくゆらしていた。膝元には双伍がかしこまって、肩膝を立てて控えている。「いえ、今回の手柄は沢村誠真殿のおかげでもあります。紙問屋千羽屋を張ってもらえたおかげで、<天魔衆>を 長州屋に導くことができました」「なるほどな。<天魔衆>も千羽屋が張り込まれている ことを悟って、長州屋を襲った
2018年7月8日 20:00
深川から八丁堀に向かって、永代橋を渡る一人の浪人がいた。時は亥の四の刻。すでに人通りは無く、辺りはしんとしている。橋を渡りきる直前、その浪人は殺気を感じた。彼の視線の先に一人の人影が見える。その姿は侍のようだが、顔は見えない。今宵は半月。かすかにも人相は浮かぼうというもの。しかしその人影の人物は、頭巾をがぶり、目元しか見えない。その人影が先に言葉を出した。その声は頭巾に
2018年7月11日 15:54
「これで3人目だ」沢村誠真は半ばあきれ顔でつぶやいた。松本佐平の遺体の周りには、野次馬でごった返しだ。明智左門筆頭与力以下、橋本隆三、古川邦助などの同心たちも、その無残な松本佐平の遺体に手を合わした。下っ引きたちは、うるさい野次馬を追い払っていたが、一人の岡っ引きが現れた時、その男に道を開けた。その岡っ引きとは―――双伍である。それに気づいた明智左門が、双伍に声をか
2018年7月14日 10:14
江戸城のお膝元にある田安御門に、加藤国匡のお屋敷があった。かつて戦国の世、加藤清正の血統を継ぐ名家である。時は夕刻。家長である加藤国匡の前に、次男、加藤祥三郎が正座していた。加藤国匡は齢60を過ぎてもなお、その剣は衰えを見せず、多くの門下生に慕われている。しかし今の加藤国匡は、厳しい面持ちでわが子息である加藤祥三郎を見つめている。「父上、なぜに私に家督を譲っては
2018年7月15日 05:37
八丁堀にある、与力同心の官舎は殺気立っていた。明智左門筆頭与力が辻斬りに合い、重傷を負ったのだ。森村忠助同心以下、18名の同心が集まっていた。どの顔にも尋常ではない怒りがにじみ出ている。上座には長谷川平蔵が鎮座している。一番の下座には双伍の姿もあった。同心与力の官舎に、岡っ引きが呼ばれることは稀である。だが、それには理由があった。その平蔵に柳川冴紋筆頭同心が尋ねた。
2018年7月15日 05:41
沢村誠真は永代橋に向かった。三人目の犠牲者、松本佐平が殺害された場所だ。理由は何も無い。ただ彼は直感に従っただけだった。この刻、すでに人通りは無い。沢村は何気に周囲の気配を探った。双伍が10間の傍にいるはずだが、まったくその気配が無い。自分は覇道派一刀流免許皆伝の者。それに奢っているつもりはないが、人の気配を察する気の力はあるつもりだ。だが、双伍の気配は感じられ
2018年7月15日 10:19
刻は申七つ(現代で言う午前4時ごろ)江戸城の東、お玉ヶ池の通りに、鮮やかな着物を身に着けた、30前の年頃の気品ある女が立っていた。その傍には、やはり気品のある着物を着た、おかっぱ頭の年の頃は5つほどの娘がいる。二人は商いをしているらしき店の影に隠れている。お玉ヶ池の通りを一人の浪人が通りかかった。30前の頃の女が、その浪人に声をかけた。「おぬし、長江鏡介とお見受け申
2018年7月16日 01:38
「仇討ち?」八丁堀の与力同心の官舎。上座には長谷川平蔵も鎮座している。その入り口の土間に、双伍は片膝を着いて座っている。双伍の言葉に驚いたのは、鬼の平蔵だった。「どのような事情なのか話してみよ」双伍はこれまでの話を語った。だいたいの事情を察すると、それまで黙っていた、佐々木音蔵同心は冷静な口調で語った。「そのお華殿には気の毒だが、<仇討ち>は幕府が認めた 天下の
2018年7月17日 16:25
それから数日が経った。しかし、八丁堀の与力同心、岡っ引きたちの懸命な聞き込みにもかかわらず、長江鏡介はおろか、上条組の賭場さえ見つからなかった。お紺は一時、与力同心の官舎で預かることになった。与力同心の中で、妻子を持つ者はお紺の面倒を喜んでやった。だが、いずれこの幼な子も奉公人として、どこかの家に引き取られることになるだろう―――。その日の『あじさい屋』は、夕暮