言葉の蛇口〜思春期の子供が話し始めるまで
最近、お母さんやお父さんだけじゃなくて、小学校や中学校の先生も訪ねてくるようになった。「子供たちが心を開いて話してくれるようにするにはどうすればいいですか」とか、「子供たちが悩んでいることだとか困っていることを話せるようにするには、どうしたらいいですか」なんて聞いてくる。
私はいつもこう言うのよ。「『話せ』言うても話さんよ。無理に話させたって本当のことは言わないでしょ。」「中学生なんて話さないのが普通じゃないの。あんたらもそうだったでしょう。」「話したくなったら、話し始めるから、それまで待つしかないんじゃないの。」「もともと人間は、話したがるもんなの。自分のことを話したい、伝えたいと思ってる。だからタイミングさえ合えば、思春期の子供だってよく喋るのよ。」
こんだけ言っても、「それで、私はどうすればいいのですか?」なんて聞いてくるんだから、よっぽど困ってるんだろうね。「一度、うちの様子を見に来なさい」と言って、中学生が来る日に手伝いにきてもらったの。
その時の話しをするわね。
とにかく、あの子たちはよく食べるから、おにぎりと唐揚げを用意してやるの。
先生には唐揚げを揚げながら、様子を見てもらうことにした。
その日は6人の子が来て、賑やかな日だったわ。
2時間ぐらいで子供たちが帰った後で、片付けをしながら、感想を聞いてみた。
先生はこう言ってた。
「驚きました。『おばちゃん、おばちゃん』って、子供たちが自分のことをあんな風に話している様子は私の期待を超えていました。」
「何か、このおばさんから学べるものはあったかい。」
「それが、自分のことを話す子供たちの様子ばかり見ていて、秘訣だとか工夫のようなものには気づけませんでした。」
「そうかい。子供の様子しか見ていなかったのかい。」
「すみません。本当に驚いたんです。」
「謝ることはないよ。あんたが子供の様子ばかり見ていたって聞いて安心した。生意気そうに見えるけど、子供たちには、あんな風に、『聞いて、聞いて』っていう思いがあるんだよ。」
「それは感じました。ただ、どうすればあんな風に話せるようになるのかが、分かりませんでした。」
「あんた、先生なのに『分からない』って言えるのは見込みがあるね。子供たちが家に来たとき、私が何をしていたか覚えているだろ?そう、おにぎりを作っていた。子供たちが来てからは、おにぎりに海苔を巻くのを手伝わせていたでしょ。手の空いている子には、布巾を畳ませたり、紙コップに名前を書かせたりしていたでしょ。あれは、わざと仕事をさせているの。何か作業をしていた方が喋りやすくなるでしょう。子供たちがきっかけを掴むまでは、子供たちに手伝いをさせて、私は『助かるわ、ありがとう。ちょっとお茶でも飲ませてもらうわね』って休んでいるような顔をしておくの。コツがあるとしたら、それだけよ。向き合うと緊張するでしょう。話をすることが目的になると緊張するじゃない。だから、手仕事をさせるの。それと、一緒に何かを食べることも大事ね。とにかく、何か別のことをしながらっていうのが大事だと思うよ。
ああ、大事なことがもう1つ。
同じようにやろうとしても、うまくいかないかもしれないよ。
子供たちがああやって話してくれるのは、私が先生でも親でもない『おばちゃん』だからなの。この人に話しても何も起こらないっていう人間が必要なんじゃないかしら。」