新たな授業のカタチ-学生・教員の取り組みと苦悩-
「このたびの緊急事態宣言の発表を受けて、4月20日(月)以降、当面は対面授業を実施せず、原則としてインターネットを活用した遠隔授業を行うこととします」。そう大学から通知が届いたのは4月8日水曜日。関西大学では新型コロナウイルスによる感染防止策として、オンライン授業が始まった。
オンライン授業は学生にとっても教員にとっても初めての試みである。スタートして間もなく、社会学部がオンライン授業に関するアンケートを実施した。その結果によると、学生の60%以上が、パソコンの扱いが不慣れであること、友人と情報交換ができないことに不安を感じていた。一方、教員も初めての授業形態に戸惑いがあっただろう。そこで、社会学部の8名の学生と3名の教員に取材し、それぞれがオンライン授業をどう受け止めているのかを探った。(中山幸穂・高畑夏輝・吉村幸成)
変化に戸惑う2回生
2回生の原明日香さん(仮名)は、オンライン授業が始まってから、しばらくの間はそれぞれの授業の講義連絡がどのような方法で来るか分からなかったと振り返る。そのため毎日すべての連絡方法をチェックしていたという。関西大学には学生への連絡方法として学生用のポータルサイトである「インフォメーションシステム」や学習管理システムである「関大LMS」、メールを送ったりファイルを共有できる「関大Webメール」などが存在する。教員によって使用する連絡方法が異なるため、学生たちも戸惑った。また、最初の頃は成績評価の方法やテストの形式がどうなるのか分からず心配だったという。オンライン授業開始からしばらく経つと連絡方法や評価方法が定まりこれらの不安は解消されたが、今学期は期末試験を行わないという大学の方針により急増したレポート課題に追われた。
「週に10コマほどの授業を受けていますが、すべての授業で毎週のように課題が出されるため、授業時間外での学習時間が増えました。一日に課されるレポートの量が一日に処理できる量を超えてしまい、大変です」。原さんは授業と課題のために、朝10時から夜10時までパソコンの前に座りっぱなしの日もあり、目と脳の疲れからか体調を崩しやすくなったという。また、「レポートで使用する明朝体のフォントに嫌気がさし、明朝体を一切使わずに課題を作成したら先生に明朝体を使うようにアドバイスされてしまった」と笑いながら語った。
同じく2回生の松田恵美さん(仮名)は、一部の教員と連絡が取れずに困ったという。「テストに関わる大事なことについて、かれこれ3週間くらい関大LMSでメッセージを送り続けても返信がない先生がいました。結局、他の受講生に聞きましたが、多忙な先生方がそもそも関大LMSにメッセージ機能が付いていることを知っているかどうかも怪しいです」。また、課題解決に取り組むプロジェクト学習形式の授業について、オンラインになったことでグループディスカッションでの意思の疎通が難しくなったり、プレゼンテーションを行っても緊張感がなかったりとスキルが伸ばせないことへの不満を感じたという。語学は、昨年と比べて教科書の内容を形式的にやるだけのものになり、これでは自分の英語力を伸ばすことは難しいのではと不安を語った。
変化を受け入れる声
一方、オンライン授業にはリアルタイムで質問できることや、授業に集中しやすい環境で受講できることなどの利点もある。オンライン授業には、複数人での通話・テレビ会議ができるZoomなどのアプリケーションを利用するリアルタイム授業と、教員から提示された動画・文章などの教材を使うオンデマンドの授業がある。原さんは、「好きなときに繰り返し見られるオンデマンド授業のほうが便利だ」という。また、対面授業と比較し、「オンライン授業の良さは、対面授業よりも内容が入ってきやすいこと、限界まで勉強ができること。今はメディアを上手く使うのが大事だと感じます」と述べた。
松田さんは、オンデマンド授業をリビングで母と一緒に受講することもあるという。「母は授業を面白がっていてやる気があり、私より熱心なくらいです。そういう人が隣にいると私も頑張ろうと思い、より授業に集中することができ、内容も入ってきやすくなりました」。昨年よりも、自分が大学でどんな授業を受けているか家族に知ってもらう機会にもなったという。実家暮らしの学生は「家に家族がいて授業を受けづらい」と話す人もいたが、家族がいることは、必ずしもデメリットではないようだ。
友だち作りに悩む1回生
大学の授業の経験がない1回生は、オンライン授業をどのように受け止めているのだろうか。6名の1回生は、友人関係・授業内容・受講環境・対面授業への思いを語ってくれた。
1回生は友人関係を構築しにくいという悩みが共通していた。「友だちができないことが一番困っています」。そう悩みを打ち明けてくれたのは赤木玲子さん(仮名)。大学に足を運んだのは4月初めのオリエンテーションの1回のみで、それ以降はオンライン上で同級生と顔を合わせることになった。オンライン上でのやり取りは課題やグループワークが主体で、一対一でSNSアカウントの交換がしにくい。「友だちを作る機会が欲しいです」と希望を口にしていた。2回生と違い、1回生は大学内に友だちがほとんどいない。そのため授業に関する悩みや不安を共有することができず、小さな悩みもなかなか解消できないようだ。また赤木さんは、困ったこととして、教科書のオンライン購入についても挙げる。入学後、Twitter上で生協のオンライン購入がストップするのではないかというデマが新入生の間で流れていたそうだ。大学の情報を入手しづらく、相談できる環境がない1回生ならではの不安を垣間見た。
テストの様子が丸聞こえ
岩井渉さん(仮名)は、履修しているドイツ語の授業がリアルタイム授業からオンデマンド授業へ変更となったという。自分の好きな時間で受けられる点は良いものの、発音をその場で教えてもらう機会がなくなってしまったと語る。オンデマンド授業は文法などの文字で覚えることには向いているが、発音の矯正には不向きと考えているようだ。
一方、小野美沙さん(仮名)は中国語の授業についての不満があった。その授業はテストも含めてZoomで実施されている。テストは中国語のテキストに載っている単語を一人ずつ順番にみんなの前で発音する形式だ。問題なのは、その場ですぐに個人の点数を発表されること。「テストの様子も丸聞こえだし、点数もみんなに分かってしまうので嫌だなと思います」と不満を口にしていた。またテストをするにしても音声や回線の問題もあり、Zoom上の発音だけで評価されることに疑問を感じていた。出席についても、名前を呼ばれたときに回線不調で反応できないと欠席扱いをされてしまう。「それは理不尽やなあと思ったりします」とそれぞれの通信環境に配慮してほしいと語っていた。
授業を受ける環境に苦慮する学生もいる。加藤麻里さん(仮名)は双子の姉と同じ部屋を使っているが、それぞれがオンライン授業を受けるときは、お互いに気を遣わなければいけない。また、黒澤奈那さん(仮名)はリビングで受講していると家族の生活音が気になるため、自分の部屋で講義を受けている。受講環境は良くなったものの、リビングにあるWi-Fiルーターから遠くなったため、課題の説明が聞き取れない時が増えて困っていた。
対面授業再開への期待
谷崎彰さん(仮名)は4月から大阪で一人暮らしを始めたが、オンライン授業の開始により1週間で実家に戻ることになった。だが、6月から対面授業が始まる「映像基礎実習」のために5月末から一人暮らしを再開した。今までこの授業は映像に関する知識を教えられ、実際に機材を扱う作業はなかったそうだ。そのため、「実習を楽しみにこの大学に決めました。体験できる授業だから楽しみ」と対面授業への再開に胸を弾ませていた。
1回生たちはそれぞれが不安や不満を抱えていた。同じ大学の友だちがいないことで情報交換ができず、課題やシステム面での不安を解消しにくいのが大きな要因だった。その上、これは自分だけが困っているのではないかと、1人で悩みを抱えてしまっていた。しかし、そのなかでも、回線を整えたり、自分なりに授業をうまく受けていたのが印象的だった。例えば、もともと岩井さんはパソコンを使う機会が少なかったため、オンライン授業に不安があった。そのため、「入学前にタイピングを練習しました」と不安を解消するための努力をしたという。2回生と比べて大学の授業を経験したことがないため、授業についていこうと必死になっていたように見えた。
高校とは大きく異なる学習内容をオンライン授業でも感じ取り、大学生になった実感を噛みしめている。1回生は不安もあるがこれからの楽しみや期待が大きく、大学の雰囲気に早く慣れたいという思いが伝わった。
教員の苦悩――「いま、ここだけ」の感覚の喪失
オンライン授業という新たな形式に戸惑っているのは学生だけではない。教員もまた学生と同じように戸惑い、さまざまな想いを抱えながら授業方法を模索している。
「いま、ここだけのという感覚がどうしても画面を通すとなくなるので、そのつらさをすべての授業で僕は感じている」とメディア専攻の黒田勇教授は話す。講義科目「放送論」と演習科目「専門演習」、「卒業研究」を担当する黒田先生はそのなかの一つ、「放送論」ではZoomを使用してリアルタイムで授業を行っている。受講者数が多く参加人数の上限を超えてしまったため、関西大学がZoomと包括契約を結ぶまではクラスを2つに分け50分に短縮して行っていた。時間を短くした分、雑談や先週の振り返りが一切なく、普段なら時間内に流す映像も後で見てもらう形にせざるを得ないという。
「やっぱり大学の授業の一番大事なところは、面と向かって空気を共有しながらやること。そうすると教員も学生の反応を見ながら授業を進めることができるけれど、オンライン授業ではその辺が難しい」。黒田先生は過去に深夜放送のラジオ番組に出演していたこともあり、「Zoomで話しているとまるで昔のDJのようにしゃべっているみたいでちょっと空しくなるときがある」と話す。
学生と連絡する場合も今まで使ったことがない方法になり、初めはとても苦労した。「放送論」では出席を取る代わりに毎回レポートを提出させているため、締め切り日である火曜日になると受講生が送ったレポートのメールで受信ボックスがあふれかえる。もともと一日50~100通くらいの業務メールが届く中で、学生からの大量のメールが混ざるようになり、大事なメールを見逃していて謝ったこともあったという。「Zoomをきっかけにして新たな授業方法が考えられたらいいっていう意見もある。でもそれは高校の授業のように知識を教える科目だけだと思う。それ以外のところは人と人が向かい合って話す、空気を感じているところでやるのが大学の授業の本質だと思う」。
この「大学の授業の本質」について、同じくメディア専攻の小川博司教授も近い意見だった。「集合的な場を共有していくことができないというのはすごく残念」。小川先生が受け持つ授業の一つである「メディアと音楽」は、特に集合的な場や空気を意識した授業である。普段はみんなで一緒に行った時に生まれる独特のグルーヴや、授業内アンケートの結果に対するその場の反応などを大事にしてきた。
しかし、オンデマンド形式だとそれらができない。そのなかでもどうにか普段の授業に近い形でできないかと試行錯誤を繰り返したという。1週目はPowerPointに音声を入れ、映像資料と音声資料はDropboxにあげるという方法をとった。しかし、PowerPointの音声が聞こえないという人が多かったため、2週目は2部に分けて声を吹き込んで、映像・音楽の資料は自分で調べてもらう方法に変更。それでもすべてを動画共有サイトで見られるわけではなく、自身が持っている映像も見てもらいたいと思い、なかなか納得がいかなかった。4月28日に改正著作権法が施行され、遠隔授業における著作物の使用が緩和されたこともあり、その翌週からは音声授業と配付資料を組み合わせて「ラジオ番組方式」にしようと決め、準備に膨大な時間がかかりながらも楽しんで配信をしている。
オンラインで広がる授業の可能性
小川先生は、オンライン授業にもメリットはあると語る。対面だと、後方の席で授業態度が悪い学生がいると意識がそちらに向いてしまい、教員自身のやる気がなくなってしまうということもあった。しかし、オンラインではそういうことはないため私語を注意するというエネルギーを使わなくなり、授業内容に集中できる。一方で、逆に場を共有できていたらもっと面白くなっていたのになあと感じることもある。「やっぱり“ノリ”ですよね。学生さんたちが迫ってくるとこっちもノって思ってもなかったことをしゃべるというのはありますよね。録音だととんでもないことはしゃべらないんですよ」。後に対面授業が再開したとして、遠隔授業を経験した後の対面で行う大人数の講義がどんな雰囲気になるのか、楽しみにしている。
さらに対面授業ができない今の状況を積極的に活かそうとする教員もいる。山本吾朗先生は「メディア制作実習C」を担う。普段の授業では社会学部のスタジオを使い、模擬テレビ番組を制作しているが、対面での実習が再開されていなかった時は、オンライン経由でこのスタジオをテレビ局に見立て、受講生たちに自宅にいながら撮影の雰囲気を感じ取ってもらおうと工夫した。
スタジオにあるカメラはもちろん、スマートフォンやパソコンなども使い自らが積極的に動きながら授業を進める。山本先生は対面授業が始まっても、オンラインを併用して活用していきたいと話す。「対面とオンラインの併用は授業としての可能性がすごく広がる。例えば実家に帰っている受講生に現地の情報をリポートしてもらうこともできる。そうすると、関大のスタジオにいながらにして、いろんな情報が集まってくるなと思います。もし、このやり方が有意義なものであるならば、受講生だけではなく、もっと多くの人に伝えていきたい」。
もちろん、授業を進めていくにあたっての問題点もある。まずは技術的な問題だ。山本先生はテレビ番組のプロデューサーであるため、技術的なことはどうしても疎いという。さらにあちこち移動しながら授業を進めるため、電波が不安定になる。ほかにも、受講生の音声をミュートにせず、一斉に話し出したらどういう風に聞こえるのか、聞いている側は疲れないかなどの課題も抱えている。しかし、山本先生は「楽しみがあって仕方がない」と語る。トライアンドエラーを繰り返しながら、ベストな選択を探しつつ受講生たちと一緒になって授業を作り上げている。
取材を終えて
オンライン授業に対する反応は学生でも教員でも、人によってさまざまで、現段階でオンライン授業を評価することは難しい。オンライン授業のメリットを感じている人もいれば、デメリットを指摘する人もいる。それでも、オンライン授業を高く評価している人が多かったのは、意外な結果だった。学期の初めにはさまざまなトラブルがあったが、学生も教員もたくましくオンライン授業に適応しようとしているように思えた。
1回生はオンライン授業以外の大学の講義を経験したことがないため、不満も少なく、素直に励んでいる印象を受けた。大学生になった実感を問われ、「ある」と答えた学生もいたが、一方でオンライン授業を受けるだけでは、学生の意識が高校生の時とあまり変わらないのではないかと危惧している教員もいた。
2回生はオンライン授業になったことで去年と比較して純粋に課題が増えた。さらに講義が専門的になりレポート課題の難度が上がったことで、課題に苦労している様子がうかがえた。しかし、漏れなくノートを取ることに苦労した昨年の講義と比べ、繰り返し見ることができるオンデマンド授業の利点を感じているようでもあった。
新型コロナウイルスの影響でやむなくオンライン授業が行われたことで、対面の授業が再開した後も、否応なしにそれは「オフラインの講義」として相対化される。学生も教員も対面であることの意義を改めて考えることになるだろう。