「加速する禁煙化」~減少する関西大学の喫煙所~
2020年4月、関西大学千里山キャンパス内の喫煙所の数が14箇所から2箇所に減った。今まで各学舎のすぐ近くにあった喫煙所がなくなったことで、休憩時間に吸いに行くことが難しくなり、不便に感じる喫煙者は少なくない。だが「学生生活実態調査」によると2020年度の関西大学の全体喫煙率はたったの3.4%。ほとんどの学生は喫煙所とは無縁の生活を送っているが、喫煙者はこの窮屈な状態でも残された2つの喫煙所に縋りつく。禁煙化を進める動きは全国でも増す一方だ。社会状況、他大学の禁煙運動を踏まえ、関西大学の禁煙化の実態に迫る。
禁煙化が進む現在
東京オリンピック・パラリンピックに向けて、「望まない受動喫煙の防止」を目的とし、2019年7月に健康増進法が改正され、原則屋内禁煙が初めて法制化された。また、国際オリンピック委員会も「たばこのない五輪」を推進しており、東京オリンピック・パラリンピックの期間中は、加熱式たばこを含め、競技会場の敷地内が全面禁煙となり、喫煙所は屋内外ともに一切設けないことが決まっている。
こうした流れは、地方自治体でも加速している。関西大学のメインキャンパスがある吹田市は「スモークフリー」を掲げ、街からたばこの煙をなくす取り組みを進めている。2018年4月、後藤圭二市長は「市報すいた 市長コラム『こもれび通り』」のなかで、その目的を次のように語っている。「これは受動喫煙防止だけでなく、喫煙者を脳卒中や心筋梗塞、癌などの病気から守るために行っている。一人でも喫煙者を減らして市民の命と健康を守る、これは行政の使命であると思っている」。翌2019年1月から7月には市職員向けに「すいた(すわない いらない たばこの煙)プロジェク ~禁煙、半端ないって~」というプロジェクトも実施した。
このように法律の改定や地方自治体の取り組みなど、社会全体として禁煙化が進められている。厚生労働省「国民健康・栄養調査」によると、2021年現在、習慣的に喫煙している人の割合は16.7%で、男女別にみると男性 27.1%、女性 7.6%である。この10年間でみると、いずれも有意に減少している。このことから法律を定め、社会全体の雰囲気が変わることによって喫煙率は大幅に減少していることが分かる。
全国的な禁煙化の流れのなかで、キャンパス内に喫煙所を設置しない「全面禁煙」を目指す大学が増えてきている。例えば、岐阜大学では在学中に喫煙習慣を身に付けないようにするため、健康的で美しいキャンパスを目指して2005年から「キャンパス内全面禁煙」を行っている。全面禁煙化を実施し、6年間で卒業年次の喫煙率(男子)は33%から13%に減ったという。
現在、キャンパス内を全面禁煙とする大学は10年前に比べほぼ倍増し、大学でも禁煙化への歩みは確実に進んでいる。しかし、調査していく中で禁煙化に伴いさまざまな問題が生じていることが分かった。
まずは「喫煙マナーの悪化」である。例えば喫煙者の学生が喫煙禁止箇所で隠れてタバコを吸ったり、大学敷地外の喫煙所に殺到することで、近隣住民や通行人に対して受動喫煙を引き起こしている。関西大学千里山キャンパスでも、大学敷地内である第3学舎の食堂脇で不法喫煙をしている学生がいたり、関大前通りのタバコ屋に人が密集し、路上喫煙禁止の道路にまではみ出して喫煙をする姿がたびたび目撃されている。
「喫煙所を減らすことと喫煙マナー悪化は別問題だ」という意見もあるかもしれない。しかし、このような事例はSNS上でもたびたび報告され、関大前通りや周辺道路について「煙たい」、「タバコ臭い」という苦情のような書き込みがある。実際、非喫煙者の学生や近隣住民にも影響が出ているのだ。
そもそも大学はなぜ構内の禁煙化を推し進めようとするのだろうか。教室や研究室などの多くの人が集まる場所での喫煙は、非喫煙者からすると迷惑行為である。しかし、喫煙所という場での喫煙は、先に述べた迷惑行為とイコールにはならないはずだ。非喫煙者のいない環境に移動してタバコを吸うのだから、むしろ喫煙者、非喫煙者のどちらにもデメリットを生じさせにくい方法であるように思われる。それにもかかわらず、大学が構内の喫煙所を減らしてしまうと、喫煙所に封じ込めていた喫煙者を解き放つことになり、これまでになかった受動喫煙の機会を生む結果となるのではないか。
関西大学千里山キャンパスにおける喫煙所が14箇所から2箇所へと減らされてしまった経緯とはどのようなものなのだろう。そして喫煙マナー悪化による受動喫煙の機会増加を、関西大学はどう考えているのだろう。
喫煙者、非喫煙者それぞれの思い
ある非喫煙者の学生は語る。「大学には勉強をしに来ているはずなのに、なぜそこでタバコを吸おうとするんだ」、「わざわざ大学で吸わなくても、自宅で吸えばいいじゃないか」。そもそも喫煙している学生はなぜ大学でもタバコを吸っているのか。この疑問に対し、喫煙を日常的に行っているひとりの学生が取材に応じてくれた。
大学でタバコを吸う理由を聞くと、「友だちとタバコを吸うことはコミュニケーションになる。タバコミュニケーションみたいな」と答えてくれた。少人数のグループで喫煙所に向かうことで、そこが交流の場になるのだという。また、非喫煙者の学生でも、友だちとお喋りをするという目的で喫煙所に付いていくことがあるかもしれない。これが新たな喫煙者を生むきっかけにもなるだろう。
ニコチンによって引き起こされる喫煙への欲求だけでなく、「喫煙以外の目的(=コミュニケーション)で喫煙所を利用する」のであれば、二重の目的で喫煙所を利用していることになる。このような習慣的な行動は断ち切ることが難しい。喫煙に関する問題は単純な健康に関する問題だけではなく、もっと根深いものなのかもしれない。
関西大学禁煙化に向けて
関西大学がキャンパス内の禁煙化へ動き出したきっかけについて、社会学部社会学科メディア専攻の黒田勇先生にインタビューを行った。黒田先生は関西大学の喫煙事情に詳しく、禁煙化に対して熱い思いを持っている。以前、副学長をされていた際、受動喫煙問題を解決するためのシンポジウムやセミナーを大学内で行うなど、禁煙化に向けた運動を盛んに行っていた。
「昔、タバコアレルギーを持つ学生が研究室を訪れた際、教授が室内で喫煙していたため、部屋に充満する煙を吸ってしまった。後日、学生の保護者から連絡があり、問題となったことがある」。受動喫煙が非喫煙者の命を危険にさらしてしまったのだ。このように受動喫煙を懸念する保護者や学生の声が大きくなっていったこと、また女子学生の増加などにより関大は受動喫煙の問題に向き合うこととなったという。
関西大学では2011年に「受動喫煙防止委員会」が設置され、同年10月1日に指定喫煙所を除く大学の敷地・施設内での全面禁煙化(=完全分煙化)を図った。5年以内の2016年4月までにはこれらの喫煙所も撤去し、完全禁煙化とすることが大学の目標となった。受動喫煙を防止するためにさまざまな取り組みが行われ、喫煙所減少もこの取り組みの一つだ。大幅な喫煙所減少を行う実験段階として、2015年には千里山キャンパス内の3箇所を撤去した。この実験は大きな一歩となった。撤去するに当たって受動喫煙防止対策委員会はキャンパス内にある喫煙所の吸い殻の本数を調査し、結果からどの喫煙所を撤去すれば混乱が起きにくいか、撤去後に元喫煙所で喫煙が行われないかなどを踏まえ撤去場所を決定したという。また、違反者の取り締まりや見回りの強化などが行われる一方で、喫煙者に対するサポートとして、禁煙に向けて頑張っている学生や教職員のための禁煙外来の設置も行われた。
しかし、まだ一定数の喫煙者が存在していること、キャンパス周辺の環境が変化していることを考慮すると、2016年4月からの全面禁煙の実施にはさまざまな弊害が予想されることから、2015年11月に実施延期が受動喫煙防止対策委員会から発表された。
タバコの持つイメージの変化
黒田先生から「タバコを吸う人で、麻薬を吸っている人は見たことある?」と問いかけられた。私たちが考えていなかった視点だった。「タバコを吸わない人で麻薬を吸っている人はきっといない。ということは、タバコは麻薬の入り口になる」。
毎日の生活の中で、タバコ以外にも害のあるものがある。例えば、排気ガス、ビニール袋など。タバコもその内の一つに入るだろう。しかし、これらを害のあるものだからという理由で禁止してしまうと、どうなるだろうか。車を廃止することで、排気ガスは減り、地球温暖化を防ぐことに繋がるが、タクシーやバス、トラックといった、人やモノを運ぶ手段が無くなり、社会が回らなくなる。「アメリカでは、お酒を禁止したことによって、マフィアやギャングが力を持った」。嗜好品を無理やり禁止してしまうことで起こりうる社会の混乱について黒田先生は語る。そのため買い物のビニール袋同様、タバコも徐々に減らしていくべきなのである。喫煙者はタバコが習慣化するまではいつでもやめられると思ってしまう。しかし、依存性が非常に高く、習慣性があるものであるため、全面禁止にすることにより隠れて吸い出すようになるのだ。いきなり禁止することは、当事者にとって負担が大きくなる。段階的に廃止することは遠回りになるが、喫煙者の負担も少ない。
現在、タバコの持つイメージは、かつてのそれとまったく異なるものとなっている。かつてタバコは「インテリの印」として歓迎され、かっこいいものだった。映画やドラマでは登場人物たちが喫煙するシーンも多く登場し、講義中や仕事中でもかまわず吸われていた。黒田先生曰く「タバコが吸えない」ということは格好悪いとさえ思われていたそうだ。
しかし、徐々にタバコの健康被害について知られるようになると、タバコの持つイメージも変化していった。タバコは健康被害をもたらす煙たいものとされ、喫煙者は「受動喫煙」という迷惑をもたらす存在に姿を変えた。その後、健康増進法の制定やタバコの販売価格値上げ、公共の施設内の禁煙化などが時間をかけながら実施され、喫煙者は少なくなった。かつて喫煙をしていた人でも、自分や周りの健康に対する被害を気にしてタバコを吸わなくなっていった。
黒田先生もその一人だ。「かつて僕は喫煙者で、子どもが生まれた時に吸うのを辞めた。だから喫煙者の気持ちもわかる。しかしタバコを吸うことは、一瞬の快楽に過ぎない。僕にとって子どもが生まれた時のように、何かきっかけがあればやめられるのではないか。また、そこを大学が説明すれば禁煙につながるのではないか」。
喫煙者である学生は「タバコを吸うことは人とのコミュニケーションである」と語ったが、その意見に対して黒田先生は面白い例え話をしてくれた。「銭湯でお風呂に入ることは人とのコミュニケーションにもなる。でもそれは銭湯という場所だから成り立つ。外で素っ裸になったら捕まるよね」。銭湯のようにタバコも、決められた場所でルールを守って楽しむからこそ成立している。タバコを好む愛煙家の人々も喫煙が許された場所でなら吸う自由がある。はたして大学は喫煙が許されるような場所なのだろうか。そう考えると答えはすぐに出るだろう。「大学は教育の場であり、教育として喫煙を勧めていない」。
喫煙者の気持ちもわかると語る黒田先生は、もちろんタバコを吸うこと自体に反対しているわけではない。ただ大学は愛煙家のためにだけある場所ではないということを私たちに伝えてくれた。
残された大学の問題点
ここで根本的な問題点が残されていることが見えてくる。学外での路上喫煙による受動喫煙と環境問題だ。禁煙化を目指す他大学では、実際にこれらの問題に直面し、全面禁煙化が思うように進んでいない。中央大学では2018年4月から喫煙所を段階的に減らすも、喫煙所以外での喫煙やキャンパス外での路上喫煙、吸い殻のポイ捨てなどの迷惑行為が多発した。近隣住民からの苦情も相次ぎ、全面禁煙化は延期を余儀なくされた。このように、全面禁煙にしたものの、路上喫煙や吸い殻のポイ捨てなどを理由に分煙に戻した大学もある。喫煙所の数を減らすだけなく、その後に起こりうる喫煙者の迷惑行為の対処もしなければ、全面禁煙化が成功したとはいえない。
だがその問題に早くから向き合ってきた大学も存在する。立命館大学では2008年4月に「立命館学園キャンパス全面禁煙に向けた指針」を策定し、喫煙者の多くが大学時代に喫煙習慣を身に付けている実態をふまえ、大学の社会的責務として、受動喫煙の防止とキャンパス全面禁煙に向けた取り組みを進めている。取り組みの一環として全学統一の禁煙指導マニュアルを作成し、キャンパス内にさまざまな広告を掲示した。こうした運動の成果から2013年度以降、健康診断時での学生の喫煙率が減少した。喫煙できない、しづらいキャンパス環境が形成され、一定の成果が出はじめているそうだ。関西大学もこのような禁煙指導を継続して続けることで、喫煙率減少だけでなく、喫煙所を廃止した後の路上喫煙防止や近隣の環境改善という問題にも対処していけるだろう。
教育機関としての禁煙指導
当初私たちは、喫煙所が減少したことにより大学周辺地域での喫煙マナーの悪化、近隣の環境への悪影響を及ぼすのではないかと考え、黒田先生のインタビューに挑んだ。しかし、この考えを黒田先生は一蹴した。「悪影響を及ぼす一部の人間のために大学の敷地内にわざわざ場所を設けること自体間違っている」。黒田先生の言葉で、私たちがどこか無意識に同じ学生である喫煙者を擁護していたのかもしれないと気付く。
喫煙所を奪われた大学生が次にすることは禁煙ではなく、タバコが吸える他の場所探しだ。大学は教育機関として、未成年である1回生のうちから、繰り返しタバコや受動喫煙の危険性、金銭面でのデメリットついて理解させることで喫煙率を少しでも減らすことができるのではないか。以前は積極的に行われていた禁煙キャンペーンも、現在目立って行われていない。常に金欠の大学生に対して、何箱やめることでいくら手元に残るかなどの具体的な金銭面でのデメリットを理解させることは大きな効果があると考えられる。完全に禁煙することは難しくても、吸う頻度や本数を減らすことに繋がる可能性は大きい。もちろん喫煙所をなくすことも禁煙化に繋がる大きな取り組みであることは間違いない。しかし、頭ごなしに禁煙を押し付けてしまえば、反発し、ルールを破る学生ももちろん出てくる。そこを正しく教育しながら制御していくことが今の大学に求められているのではないだろうか。
(多田菜々美、林佳那、眞野里佳子、山崎源樹)