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「学の実化」の体現:関大生の可能性を伸ばすためにーー黒田勇教授インタビュー

 2021年度をもって関西大学を退職する黒田勇教授(社会学部社会学科メディア専攻)。メディアに映る関西の研究から、サッカーを中心としたメディアスポーツ研究、スコットランドやイタリアでの在外研究など、幅広い活動に取り組んできた。教育者の立場から伝えたい関西への思いとは。学内行政やゼミ活動にも力を入れるなど、学生に対して真摯に向き合う姿勢の裏に隠れる、「教育観」とは。教員生活を振り返るとともに、関大への思いについて語ってもらった。

写真③黒田先生

――関大の教員になられた経緯を教えてください。

 22年前に、関大から声がかかったとき、僕は大阪経済大学で教員をしてた。自分で言うのもなんだけど、人気教授だったんだよ(笑)。大阪経済大学では研究もたくさんやらせてもらえてたんだけど、いろいろな大学から声がかかる中で最終的に関西大学を選んだ。
 その理由は、関西大学に行って、関西の人たちに大阪や関西ってこんなに素晴らしいんだぞって伝えたい思いがあったから。僕はずっと大阪で生まれ育ち、関西のためになにかしたいなとずっと思ってた。関西大学は西日本で一番古い大学で、人材もたくさん出てるから、ここなら僕のこういった思いが伝わるなと思って決めた。自分の研究も大事だけど、そればっかり期待されるんじゃなくて、自分の人生をかけて、学生たちにきちんと教育をしたいという気持ちが強かった。大学の先生は教育と研究両方やらなきゃだめで、いろんな先生の生き方があると思うけど、関西大学に来た時にまずは教育を優先しようって思った。

――実際にどのような教育をされてきましたか?

 僕が教育を優先しようと思ったのは、現役ゼミ生が病気で亡くなったり、自分の娘が大病を患ったりしたことがきっかけだった。関大生を見るたびに、「この子たちには皆お父さんお母さんがいて、毎日心配しながら、『元気で頑張ってね』と大学に送り出されているんだな」と思うようになった。娘は手術で無事に助かったけど、そのときのハラハラドキドキした気持ちを、学生の親は共通して持っているんだなと実感したわけです。せっかく大学に時間とお金を費やしているから、学生の可能性を伸ばすために僕は全力をかけて協力しないといけない、と思った。自分の娘と学生の顔が重なって見えて、両親から生徒を預かっているという気持ちが強くなった。関西大学に来た当初は「学生のために頑張ろう」と理屈っぽくて、「説教臭い」って周りに言われたこともあったけど、教育を中心にしたいという決意は固かったかな。自分の存在意義みたいに思ってる。
 だからゼミでは、実社会で役立つような教育を意識してきた。優秀な先生の授業って高度で、ゼミに入っても研究に関することをいっぱいやると思うけど、僕はちょっと違う。学生たちが将来研究者になるというのはあまり考えてなくて、たぶんみんな4年で卒業して社会に入るから、その時に役立つような研究をしたいなって。関西大学の理念を知ってる?「学の実化」。実際に研究を社会に生かすという関大の精神をゼミでも生かすようにしてるね。自分の研究を伝えるときに、それをいかに社会と繋がった形で学生とできるかっていうのを工夫してる。これまでゼミではいろいろなことをしたけど、一番の成果は「UME・TEMMA」やね。UME・TEMMAを発売するにあたっていろんな理論や地域貢献について考えたり、商店街の活発化、コマーシャル理論についてみんなで勉強した。これは「学の実化」の象徴的な例かな。

――最大の研究成果は何ですか?

 『ラジオ体操の誕生』(⻘弓社、1999年)が一般的には一番有名だな。あの研究を発表してからは、テレビにも声を掛けられることも増えた。でも個人的には最近出した『メディアスポーツ 20世紀』(関⻄大学出版部、2021年)がもっと評価されてほしいと思ってるんだけどね。

写真①ラジオ体操の誕生

――「メディアスポーツ」を研究しようと思った理由は何ですか?

 そもそもスポーツが好きということがあった。でも、テレビを通して見るスポーツは何かおかしいと感じることがよくあった。スポンサーがお金を出すというメディアビジネスに乗っかり、多くの問題点をうやむやにしている。だから、メディアビジネス化したスポーツの問題点を明らかにするため、メディア論の立場からスポーツを研究したいと思った。現在のスポーツはテレビ抜きで語ることができないからね。
 でも本当は、僕の研究の中心は、スポーツではなく、「メディアの中の関⻄」なんだよね。 僕は関⻄で生まれ育って、「大阪、関⻄のために何かをしたい」という思いが常に心の根底にある。関⻄はメディアの中で、あまりにもゆがめられておかしく描かれる。最近では、そのことを関⻄人でさえも気が付かず、自分たちがメディアに描かれる姿そのものだと錯覚してしまっていることが多い。だから間違った認識を正し、客観的な立場で大阪の様子を 伝えたい。関⻄が凄いって話はたくさんあってね、例えば、日本の最初のマラソンは大阪の 毎日新聞が尽力し実現させたけど、今では大阪が無視されている。日本人女性初のオリン ピックメダリストである人見絹枝さんは、元は大阪毎日新聞社の記者だったけど、NHK大河ドラマ『いだてん』では東京の女性のように描かれていた。気づけば、東京に取られ、東京中心の世の中が完成しているよね。それっておかしくて、もっと大阪の人、関⻄の人に関⻄って凄いんだということを理解してもらい、自分たちにもっと自信を持ってほしい。別に僕は決して東京が嫌いというわけではないんだけど。

――イタリアやスコットランドでの在外研究にも取り組まれていますが、その経緯についても教えてください。

 自分の研究以外にも、世界中の国のいろんなことを知りたいと思った。いろんな国の文化とか、人々の生活に関心があった。僕の世代は、学生時代に大変な思いをして海外に行った世代なので、学生たちにもとにかく海外を見なさい、短くても海外に留学しなさいと言ってる。海外の視点というか、外側から日本や自分を見る視点っていうのがあるとやっぱり違ってくる。自分が若い時に海外にすごい関心を持って、なるほどなっていろいろ調べることで、ものの見方が変わる。今は残念ながら皆海外に目が向いてない。留学に出かける学生もものすごく減ってる。
 例えば日本の風景には欠点がある。電柱や電線。ヨーロッパや台湾、香港やシンガポールはゼロで、上海や北京もなくなっているのに日本だけあって酷いよね。海外の人が日本って美しい街と聞いて来てみたら、ええ!ってびっくりするわけ。結局ものの見方が違うんだよね。別の見方をしないとそのことに気づかない。海外に行けっていうのはそういうこと。海外に出ると、もちろん逆に日本っていい国だなとか日本人っていい人たちだって思うようなことも出てくる。だから海外旅行なり海外留学は学生にはすごく勧めてる。やっぱり外からの目を見つけるってのはすごく大事だと思う。

――大学院ゼミでは留学生の受け入れに積極的に取り組んでいますが、それも外国に目を向けることと関係しているのでしょうか?

 うん、同じだね。留学生の人が日本に来たら日本の視点で自分たちの国を見たり、あるいは日本にいろんなことを教えてくれたり両方あるよね。例えば中国からの留学生は多いけど、中国の人がいっぱい来ることによって、例えば中国との関係が悪化しても、留学生の中で違和感を持つ人がいたらぜんぜん変わってくる。アメリカから何百億円の戦闘機を買う以上に、日本のことをよく知っている中国人を増やした方が防衛費になると思う。安全保障政策の一つとしても海外の人にどんどん日本に来てもらって日本のことを理解してもらう、そして日本のことを好きになってもらいたい。そういうこともあってできるだけ多くの留学生を受け入れてきた。ありがたいことに黒田ゼミは、中国、台湾、韓国、マレーシア、それからタイから来た。一時的な研究ではドイツから来た人もいる。そういうのは日本の学生にも絶対に役に立つ。僕もよく頑張ってきたと思うな。

――副学長や学生センター長など、学内行政にも関わってこられましたが、これらも関西に還元したいという思いからでしょうか?

 関大に来た時からそうだけど、奨学金を増やしたり、クラブ活動がもっと頑張れるようにとか、とにかく関西大学をプロモートしたいっていう思いがあったから、その一貫で学内行政にも関わってきた。副学長とか結構長くやったけど、やっぱり大変なのね。学部に戻って研究したほうがいいんじゃないかとか言われたけど、関西大学あるいは関西が良くなるようにっていうのが浮ぶから、頼まれたらもうちょっと頑張ろうって思った。

――今後の予定をお聞かせください。

 希望としては、退職したらイタリアのローマかスコットランドに住んで、のんびりしながらやり残した研究をしようかなと思っている。でも実は、『メディアスポーツ20世紀』で書いたテーマの一つである「阪神電車」を深めたいなと思っている。阪神電車っていうのは、最初に毎日新聞とマラソンをやって、大阪の文化とスポーツを発展させる大きな役割を果たした。だからそのことをもっと深めて、阪急電車のほうがかっこいいって言われることが多いけど、古くから阪神のほうが郊外の開発をやっていた。このことを、一冊の本にまとめて、阪神電車の沿線の人にもっと自信を持って欲しいと思っている。神戸に約30年間住んでいて、阪神電車で通ってるから阪神電車に貢献しないといかんなあと思う。だから、結局、日本に残って研究をしているかもね。

写真②メディアスポーツ20世紀

――最後に関大生にメッセージをお願いします。

 なかなか難しい質問だけど、大学は自分に貴重な時間と貴重なお金を投資する時期。関大生に残す言葉はやっぱり、勉強も遊びも、充実した4年間にするということが自分への投資になるから、それを忘れないで欲しいということ。この時間は戻ってこないからね。

(取材・執筆:今西勇輔・岩崎日加留・木村泉美・秦優稀乃)

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黒田勇(くろだ・いさむ)教授
 1951年8月7日大阪市生まれ。1984年京都大学博士課程教育学研究方法学修了。神戸女子大学講師、大阪経済大学教養部助教授を経て、1999年より関西大学教授。2012年から約4年間学生センター長を務め、他にも学部長や副学長を歴任するなど学内行政に力を入れる。近著に『メディアスポーツ20世紀―スポーツの世紀を築いたのは、スポーツかメディアか』(関西大学出版部)