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映像でしかできない経験

 「映像を見る目は確かです」。そう自負する橋本雄策先生は16ミリフィルムで編集していた時代から現在まで映像制作に携わっている。
 橋本先生は1975年に関西大学社会学部を卒業した。学生時代、社会心理学のゼミ以外は、新聞社のアルバイトに明け暮れていて、自らを「劣等生」と称する。大学卒業後は、放送映画製作所に入社し、株式会社ビデオユニテとフォルモサ・ギャラリーを設立した。2023年の3月までは、関西大学社会学部メディア専攻の非常勤講師として、学生に映像制作の指導をしていた。
 関西大学の講師になったのは、一緒に仕事をしていた里見繁先生に誘われたのがきっかけだった。ちょうど前職をやめていた時期で、母校に講師として戻ってきた。

橋本雄策先生

 2013年、「地方の時代」映像祭の市民・学生・自治体部門で優秀賞をとった『マイホーム』は、橋本先生の指導のもと、できあがった作品だ。学生たちが淀川横に住む、2人のホームレスを取材した。最初、先生が学生とともに話を聞かせてほしいと訪ねていくと、ものすごい剣幕で怒鳴られた。たとえ怒鳴られたり、追い返されたりしても、やめることは許さなかった。2、3回同じようなことが続いたあと、ようやく話ができるようになった。取材に行った学生も、最初に感じていた抵抗や恐怖が次第に消えて、打ち解けていったという。「すごい経験してくれたと思ってます、賞をとったことよりもね」と先生は作品を振り返る。
 同じく、橋本先生指導のもとできあがった『ヘイトスピーチ』という作品は、在日特権を許さない市民の会(在特会)の人たちがヘイトスピーチを行う様子と、それに抗う人たち(カウンター)を映した作品だ。当時、話題になっていたヘイトスピーチを先生から題材として提案した。撮影中、在特会の人から止められることもあったが、常に堂々とカメラを構えた。「こそこそ撮ったら相手に付け込まれるから、むしろ堂々と撮る方がいい」。異様な環境だとしても、学生が取材に行き、現場を見れば、さまざまな人と関わることができる。そしてこれが、大いに意味のある経験になる。
 先生が思う、ドキュメンタリーの魅力は、「自分が知らないことを経験できる」ことだ。これは学生と取材しているときも、制作会社で取材しているときも感じていた。取材のときは、相手ときちんと会話ができるようにしなければならない。そのために、テーマが決まれば、まずしっかり勉強する。「不勉強だと相手に馬鹿にされるからね」。
 教育に携わるとき、大切にしていることは、個性を尊重することだ。個人がどんな意見を持っていても、それに周りが口出しをするべきではない。「縛り」や「みんないっしょに」という考え方も気に入らない。「賛成も反対もあって世の中」だと先生は言う。そしてなにより、声を大にして言いたい。「人とか社会を撮ってください」。(執筆:岸菜々穂、写真:本田結菜)