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枠組みを飛び超えるーー別所隆弘先生インタビュー

 「押し付けられたものに反発して、自分で足を突っ込む。小学校からそうだった」。気さくな口調で「ややこしいタイプの人間なのよ俺」と語る別所隆弘先生。文学研究者でありながら、国内外問わず多数の受賞経験をもつプロのフォトグラファーでもある。自身でも「二足の草鞋」と称するかけ離れた道の両立は、研究で忙しい生活のなかにカメラが舞い込んできたことが始まりだった。

別所隆弘先生

 「基本的には、枠組みを決められてフォーマットがカチッと決まっているのがすごい苦手」と自身を分析する。大学院生時代、教員免許をとるための教育実習では、分単位のスケジュールを立てるよう指導されたにもかかわらず3日目には「ライブ感満載でやります」と宣言して激怒された。研究者として論文を書くにあたっても、序文の書き方、記載すべき研究成果など、細かくフォーマットが決まっていることが性にあわず、両手両足を縛り付けられているような閉塞感があった。
 写真を真剣に撮り始めたときには「なんて自由な世界なんだ」と感動した。しかし、写真だってなんでもありの世界ではない。経験を積んで自分の撮りたいものが見えてくると、すでに開拓しつくされ、フォーマットが決まっていることに気づいた。それでも大学院生時代と違うのは、脱線という息抜きができるようになったこと。人生経験を重ね、写真家として周囲からも認められたことで多少の自由は許されるようになった。ただ、「フォーマットと先人が創ってきた歴史のなかで、自分がどういった位置に立つのか」というところで悩むのはどの表現領域でも同じだという。
 二足の草鞋という稀有な経歴は自慢したいステータスにもなりそうだが、「本当は肩書を名乗りたくない」とも話す。例えば「写真家」と名乗ってしまえば、相手から要求されるものも、自分の振る舞いも、「写真家」としての動きになってしまう。要求されたものに応えるだけの予定調和では終わりたくない。だからこそ、肩書から逸脱する姿勢を面白いと思ってくれる相手とだけ仕事をしたい。
 写真家としてゆるぎない評価を得た今となっては、なにをやっても誰かが見てくれる。焦りや不安に駆り立てられることはなくなった。この現状を、別所先生は「むしろちょっと怖い」と危惧している。そのため最近は、これまで無理だと思っていたことにあえて取り組むなど積極的に厳しい状況に身を置くようにしている。「最初から『いいね』と言ってくれる人が多かったら、腐る」。逸脱は、自分の環境を健全に保つテコ入れでもある。
 現在は関西大学社会学部でフォトグラフィ実習の講師も担当している。もちろん、授業は「ライブ風」。講義内容をその場で打ち合わせることは少なくなく、面白いことがあれば授業中であっても変更する。「面白いこと」とは、学生が勝手に動き出す瞬間のことだ。枠組みを超える。別所先生の精神は、教え子たちのなかにも確かに芽吹いている。(執筆:宮阪歩果、写真:本田結菜)