コロナがもたらした変化をどう見るか?ーーメディア専攻教員インタビュー(上)
私たちは今、新型コロナウイルス蔓延という未曽有の事態にある。絶え間なく変化し続ける情勢を、関西大学社会学部社会学科メディア専攻の専任教員全15名はどのように捉えているのか。各々の専門分野から見解をうかがった。(奥村多瑛・土居朋樹・横山未来)
コロナ禍が深めるLGBT・ジェンダー問題 -守如子先生-
災害はその社会が抱える問題の増幅装置である。LGBTやジェンダー問題を研究する守如子先生は、新型コロナウイルスをめぐる問題が社会的弱者に及ぼす影響を懸念している。
「災害とは社会現象。その社会の中の弱いところに、より強い被害が出てしまう」と語る守先生。もともとLGBTであることを、本人たちはカミングアウトできない社会に生きていた。しかし新型コロナウイルスの感染経路明確化のためには、人には知られたくない人間関係も明らかにしなければならず、アウティングを引き起こす恐れがある。さらに、もともとDVの火種があったり、経済状況が不安定だった家庭にとっても、新型コロナウイルスの影響による打撃は大きい。現在起こっているこれらの問題は、今までの社会に潜んでいたものが浮き彫りになっているのだという。
「LGBTに限らないことだが、何より大事なのは経済対策」。守先生がコロナ禍において経済対策を重視する理由は、もともとLGBTの中でもゲイを除くL(レズビアン)とT(トランスジェンダー)は経済状況が芳しくない人が多いからだ。トランスジェンダーの中には見た目の性を受け入れて普通の社会人として就職できる人もいれば、そうでない人もいる。この場合、いわゆる「お水の世界」、同性を対象としたバーやパブでしか仕事が得られないケースが多くなる。しかし、クラスターが発生する可能性から夜の店は休業せざるを得なかったために、経済状況がさらに悪化してしまった。レズビアンの場合は女性差別の問題で収入が低い人も多い。女であること、トランスであることで経済状況が悪かった人々が、今回さらに深刻な影響を受けているのだ。
新型コロナウイルスの影響は、社会とLGBTの繋がりにも及んでいる。守先生曰く、LGBTが社会で注目を浴びるようになったのはここ数年のこと。メディアで取り上げられる機会が増えたことで一般の認知、理解が広がっていた。しかし、新型コロナウイルスの影響で開催予定だったイベントがすべて止まってしまったことにより、その勢いが縮小してしまったという。
コロナ禍により、社会的に弱い立場に置かれる人々が直面する問題が深刻化している。「ステイホーム」の陰に隠された社会問題の存在を、同じ社会に生きる我々は忘れてはならない。
(執筆:横山 取材日:2020年5月29日)
「オンライン/オフライン」という鍵 -三浦文夫先生-
コロナ禍において音楽業界は衰退の一途を辿るのか。音楽業界の第一線で活躍し続ける三浦文夫先生に話を聞いた。
現在多くのアーティストはライブを行えない状況におかれている。コロナ以前の音楽業界ではライブで上げる収益が多くを占めていたため、CDの売り上げやサブスクの利益のみで生活できるアーティストはごく少数である。コロナ禍でYouTubeを活用し始めたアーティストもいるが、バリューギャップの問題が生じてしまうという。例えば、YouTubeのアーティストに対する分配はSpotifyなどのサブスクに比べかなり少ない。YouTubeから得られる収益はわずかで、プロモーションの一環となりえても、とてもこれだけでは生活できないという。
音楽市場が回復するのには数カ月でなく年単位の期間を要するだろう。しかし、その間にもアーティストや、事業に関わる人々は生きていかなければならない。こうした状況だからこそ、「オンラインとオフラインのハイブリッドな活用」が鍵になると三浦先生は語る。
「今後は情勢に合わせてオフラインの比率を上げていく必要がある。ただコロナ以前の形に戻ろうとするのではなく、今までとは違うエンターテイメントのあり方を含め、次の段階にステップアップすることを考えながら活動しなければいけない」。例えばリアルな場だけでなく、ファン限定で特別映像や他地域のライブ映像を視聴できたり、離れていても最新の音響、VRの技術を組み合わせて高臨場感を楽しめたり。プラットフォームの提供側もアーティストも、すでに検討している最中だという。
「現在は高臨場感の音声を送ることができる。聞く技術もさまざま。それらをどう組み合わせてプラットフォーム化し、かつリーズナブルに楽しめるエンターテイメントの形にしていくか。これが今後の課題なのではないか」。
現在は先行きが見えず、一概に楽観できる情勢ではない。しかしコロナ前に戻るのではなく、新しいエンターテイメントの形を切り開くための期間であると考えると、音楽業界の今後には期待が膨らむ。
(執筆:横山 取材日:2020年5月27日)
変わる「時代・社会・人間」 変わらざるを得ない広告 -山本高史先生-
「新型コロナウイルスの蔓延によって社会の尺度が変わってしまった。私たちが変化のない日常の中で『正常』だと思っていることがある。しかし、それは私たちが思い込んでいるだけで、実は『正常』ではないのかもしれない。人びとはさまざまな尺度でいろいろなものを見ていて、広告はそうした人びとの視線に晒されている。尺度が変化するのに伴って、広告の受け取られ方も以前とは変わるし、作る側もその修正を急がざるを得ない状況にある」。広告製作者として、数多くのキャンペーン広告を手がけてきた山本高史先生はこう語る。
現在起きている世界的なウイルスの流行は、少なくとも、いま生きている人類にとって未曾有の経験である。誰も今後の世の中を予測することができず、正解を知らない。そういう時期に、平時の広告のメッセージは思い通りに機能しなくなっている。
例えば、電車のマナーポスターに見られた「知識は広げても。座席では広がらない。」という、車内で座席を詰めて座ることを訴えるメッセージ。できるだけ多くの人が車内で座ることができるメッセージとして支持され、ほんの2ヶ月前までこの広告は有効だった。しかし、いまそのメッセージを見るとどうだろう。ソーシャルディスタンスの確保ができなくなり、感染のリスクが高まるため、間隔を開けずに座ることが受け入れられなくなった。つまり、同じ表現でも、ほんの2か月前に有効だったものが通じなくなっている。コロナ禍が急激に人のメッセージを受け取る尺度を変えてしまった。
広告は、受け手へのベネフィット(利益)の約束であり、そのメッセージは、「時代」「社会」「人間」を前提につくりだすものである。受け手の状況が変わってしまえば、その広告はすでに本来の機能を発揮できなくなってしまう。そのため、未曽有の世界的なウイルス蔓延によって広告表現というものが変わらざるを得ないのだ。
また、山本先生は、非常時の社会の尺度が定着することについて危惧していた。「異常も、日々続くと、正常になる」という、映画『戦場のメリークリスマス』のコピーがある。私たちは、いまそういう状況に陥ってはいないだろうか。異常なことを正常だと置き換える、いわゆる「正常性バイアス」というものがある。私たちは、新型コロナウイルスによって置き換えられてしまった、正常ではない尺度で物事を見て判断しているのかも知れない。それでも受け手に委ねざるを得ないのが広告というものなのである。
(執筆:奥村 取材日:2020年5月27日)
世界から身近なところまで 変化する空間 -村田麻里子先生-
異文化表象や、空間のコミュニケーションについて研究する村田麻里子先生に、新型コロナウイルスが引き起こした空間の変化について、グローバルな人間関係の歪みから身近な学びの空間まで、幅広く話を伺った。
アジア人・黒人差別から見る 分断する世界の空間
新型コロナウイルスの発生当初、世界各地で起こったアジア人や黒人への差別と、それによる暴行事件。これを助長したのは、メディアの特性をよく理解し、敢えて「中国ウイルス」「武漢ウイルス」といった言葉を多用していた政治家たちだ。しかし、これは単に政治家やメディアの問題ではない。市民レベルでも大きな問題が潜んでいた。近年、世界全体でマイノリティの権利が主張され、多様性の尊重が叫ばれていた。ところが、マジョリティの側の人たちは、今度は自分たちがないがしろにされていると不満を感じるようになっていた。それを、新型コロナウイルスが後押しして、政治家が正当化したのだという。未曽有の世界的なウイルス蔓延によって、もともと欧米社会にあった「黄禍論」やレイシズムが、見る見る間に空間的に立ち上がってきた。「人々の中に潜在していた、多様性を受け入れて寛容になろうとする多文化社会に対する反発と、ある種のパニック心理とがないまぜになり、世界全域で人種的な偏見や暴力が多発した」と、村田先生は語る。
大学という空間から見る 身近な学びの空間
続いて村田先生は、大学生である私たちの身近な空間が、今回の新型コロナウイルスによって奪われる問題について、「空間としての大学」を例に話してくれた。人間にはそれぞれの生き方を「学ぶ」空間があり、それが失われることによって学びに問題が生じてくる。大学という学びの空間を失い、大きな問題に直面しているのが4月に入学した1年生だ。大学がどういう場所か、大学の先生(研究者)がどういう人間か、大学の授業をどう受けたらよいのか、遠隔授業の画面越しではわからない。クラスメイトとのちょっとした意見交換や馬鹿話もできない。そこに息苦しさがある。「高校と大学はまったく違う空間。高校では、英語や数学といった各科目の内容を教える以外にも、生活指導が行われ、生徒の価値観にまで介入する。しかし、大学は、ひとりで考える力や、ひとりで社会で生きていく力を身につける空間。先生も基本は学問しか教えない。今後対面授業が可能になった際、自然に大学生になることにつまずいた今年の新入生たちは、しばらくそのギャップに戸惑うかもしれない」。大学という空間は、大人の人間関係を切り結ぶ空間でもある。ゆえに、そのための空間が奪われてしまうと、高校生は大学生にはなれないと、村田先生は語った。
(執筆:奥村 取材日:2020年6月2日)
今、変化するテレビの未来 -松山秀明先生-
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、テレビ局では変化が余儀なくされた。松山先生は、変化していく番組制作について次のように語る。
「コロナ時代に入って、報道番組やバラエティ番組などで出演者がどんどんリモートで参加するようになりました。当初、なかなかリモート出演は難しいのではと思っていましたが、番組として問題なく『成立』しているように感じます。これまで日本のテレビ番組は欧米に比べて出演者のリモート出演を避けてきましたが、今回やってみて意外にできることが分かってきた。今後の日本のテレビ番組は、これを機に、どんどん新しい方向に変わっていくと思います。」
これまで日本のテレビ制作現場では、スタジオに集まって討論しなければいけないという固定観念があった。しかし、それが物理的にできなくなった今、過去のアーカイブを利用した再放送や、Zoom出演をはじめとした新たなテレビ表現がどんどん生まれている。
「リモート出演というのは、出演者同士の時間が同期していて、空間が別々になっている状態です。これはすべての番組に適するわけではなく、適する番組と適さない番組があると思います。例えば、報道番組のコメントなどは問題なくできますが、大勢のタレントが出演してボケ合うバラエティ番組にはあまり向いていません。今後、適さない番組をどうしていくのか、リモートでしかできない番組作りが求められていると思います。」
緊急事態宣言が解除され、新型コロナウイルスによる影響が縮小しつつある日本。視聴者は普段通りの生活に戻ろうとしている。しかし、テレビ番組は多くの人びとの注目を集めやすく、しばしば批判されやすいため、すぐに元々の「密」な制作形態に戻すことは難しい。この世論とのズレを、新たな表現方法によってどのようにして合わせていくのか、今後の番組制作が注目される。
(執筆:土居 取材日:2020年5月21日)