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介護現場を体験して

 日本では少子高齢化が進行し、2025年には人口の約3割、2060年には約4割を65歳以上が占める社会になるという。これに伴い、高齢者の介護従事者の人員を増やそうとする動きが活発になってきた。しかし、世間一般の介護業界の認識は「きつい・汚い・給料が安い」の「3K」と言われ、排せつ介助や認知症の介護など、大変な仕事だという印象を持つ人も多い。介護業界はネガティブな認識をもたれやすく、敬遠されがちな職業だ。
 現在、私の母親は介護職に従事している。毎日大変そうにしているが、世間一般のイメージとは異なり、やりがいをもって働いているように見える。その姿を見て世間の認識と母親の働いている介護現場にはズレがあるのではないかと疑問を持ち、介護の現場を訪問することにした。

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人に寄り添う訪問介護

 訪問介護は、高齢者の自宅に訪問介護員(ヘルパー)が訪れ、高齢者が可能な限り自宅で自立した生活が送れるよう、食事、排せつ、入浴などの身体介護や、掃除、洗濯、買い物、料理などの生活の支援(生活援助)を行う。住み慣れた環境で生活できるため、高齢者も安心でき、一人暮らしや認知症の高齢者が在宅生活を続けるうえでなくてはならないサービスである。
 今回、私は特定非営利活動法人いくの市民活動支援センターが運営する、大阪市生野区の「介護センターつなぐ」にお願いし、ヘルパーの中川静香さん(仮名)とともに生活援助の利用者を訪ねた。
 中川さんが預かる鍵を使ってドアを開け、「こんにちは、常田義さん(仮名)」と呼びかける。ベッドの上で寝ていた常田さん(97歳)を見て、中川さんは意外そうな顔をしていた。「いつもは訪問介護に来てもカフェに行っていて家にいないのに」。そう言いながらも寝ている常田さんを起こす。「おはよう、起きや」とヘルパーの中川さん。「おはよう」「今日は出かけずにゆっくり寝てたんやね。昨日はお疲れだったの?」「夜寝るのが遅かった」。中川さんはそんなやりとりをしながら、常田さんの動作や表情の変化を見逃さないように細かく確認する。たったそれだけのことだったが、ヘルパーと利用者の関係の良さがすぐに感じ取れた。起きあがった常田さんは私に気づき、にっこりと笑ってくれた。
 月曜日から金曜日の週5回、ヘルパーが交代で常田さんの着替えや服薬の確認、食事の準備や買い物、掃除、洗濯など家事全般をしているという。この日の朝食の候補はチーズケーキ、ゼリーだった。娘さんがいつも持ってきて冷蔵庫に入れておいてくれるという。
 「今日の朝ごはん、ゼリーかチーズケーキか、どっちにする?」「ケーキ」。「コーヒーも淹れますか」「うん。お願いします」。常田さんと話しながらも中川さんは手早く朝食の用意を済ませ、洗濯や部屋の掃除をしていた。手際よく作業を進めながらも、利用者とのコミュニケーションは欠かさない。話すことが好きな常田さんは、初めて会った私にも、自身が戦争経験者で戦艦大和のスクリューを作っていたこと、奥さんととても仲が良かったこと、趣味だった書道のことなどさまざまなことを話してくれた。中川さんは私と常田さんとそんな他愛もない話をしていると、部屋の片づけや掃除、衣服やベッド回りの用品の洗濯、常田さんの着替えの手伝いなどがすべて終わっていた。きちんと決められた間隔で摂取しなければいけない薬の服用を促したり、体調管理のための検温なども含め75分ほどですべてをこなすヘルパーの中川さんの手際の良さは傍で見ていて驚いた。
 訪問介護が終わった後、中川さんに仕事のやりがいや他の介護との違いを聞くと、「その人その人に合ったサービスを提供することは難しいけど楽しい。そして何よりたくさんの人とではなく、ある程度決まった人に対してサービスを提供するので、徐々にその人について理解していって、サービスの質が向上している手応えがあるのもこの仕事のいい点だ」と話してくれた。単なる利用者とヘルパーという関係だけでなく、人間同士でコミュニケーションを取り、信頼関係を築かなければいけない。訪問介護は利用者との関係が深まるにつれて喜んでもらえることが、やりがいにつながるのだ。

人を気遣うデイサービス

 介護には訪問介護の他にも、デイサービスがある。デイサービスとは要介護認定を受けた方が自宅で生活を継続するため、各種機能訓練やほかの利用者やスタッフとの交流を通して、心身機能の維持・向上を図る通い型の介護保険サービスだ。主に食事や入浴、健康状態の確認、機能訓練、レクリエーションなどのサービスを受けることができる。規模や時間、それぞれのサービス内容は、各事業所によって異なる。デイサービスは老人ホームと同じく施設を利用する介護サービスだが、老人ホームとは異なる点は、自宅から日帰りで通うことができる点だ。そのため長く暮らした家から離れたくないと考える高齢者の気持ちを尊重できる。今回、「長屋デイサービスつなぐ」で昼食後からお送りまで一緒に過ごさせてもらった。

図3

 最初に長屋に入って思ったことは、デイサービスに来ている方がみんなとても元気にしていることだ。みなかなりの高齢なのに本当に元気で、体を動かしながらとても楽しそうにお喋りしていた。そんなことを考えていると、「はーい。今日のレクリエーション始めます」と声がかかった。このデイサービスでは全員でレクリエーションを行う形式で、みんなで歌を歌ったり、手遊び、坊主めくりや言葉遊びなどを楽しんでいる。スタッフの元気に負けず劣らず、利用者もしっかりと声を出して、感情豊かに交流していた。この間にもスタッフは周りに気を配り、利用者を順番にお風呂に入れながら、たくさん動いている人に水分を摂らせるなどさまざまな業務をこなしていた。積極的に会話を行うスタッフとは裏腹に、私は共通の話題があるときは調子よく会話できるのだが、それ以外はなかなか話が弾まず、スタッフのコミュニケーション力の高さに感嘆するばかりだった。
 その後はおやつ休憩をはさんで機能訓練だった。椅子に座りながらの体操や、体のいろいろな筋肉を使う運動を行う。私も前に出てお手本として一緒に行ったが、真剣に動かすと身体が少し疲れてくるくらいの運動だった。これも全員が進んで、楽しそうに行っていたのが印象的だった。訪れる前は動くのが辛くてやらない人がたくさんいると思っていたが、もしかしたら私のほうが上手に動けていなかったかもしれない。この運動を経て利用者にも少し心を許してもらえるようになり、少し会話に混ぜてもらえるようになった。
 また、当日は2人の利用者の誕生月だったので誕生日パーティが行われた。祝福された2人はとてもうれしそうな表情で、みんなに「ありがとう」と言っていた。そうこうしているうちに夕方17時ごろ、利用者の送り出し時間がやってきた。家が近い方は徒歩で、少し離れている方は車で送迎した。みな最後まで元気いっぱいで家に帰っていった。
 体験してみた感想として、スタッフは肉体的だけでなく、精神的にとても大変であると感じた。常に気配りをしながら、そして毎日体調や機嫌が変化するお年寄りの方と接する。そしてその中でも明るく楽しそうに利用者さんと接するデイサービスのスタッフさんには本当に脱帽だ。
 全員の送り出しが終わった後、今日一日お世話になった永井佐紀さん(仮名)に仕事のやりがいを聞いた。「その日その日によって対応する方法や状況が違うけれど、人と接する仕事だということで、楽しんでもらえてるな、役に立てているな、と感じられる瞬間はやりがいを感じる。もちろん入浴や排せつの介護も肉体的に大変な面もあるが、それ以上に感謝されることは単純にうれしい」。訪問介護とデイサービスでは介護方法に差はあるものの、人と接する仕事においてやはり直接感謝を得られることによってやりがいを感じるなのだろう。

介護業界の現状

 ここ数年日本の労働市場は超売り手市場と言われ、飲食やITなど多くの業界が人材不足に悩まされており、深刻な社会問題の一つとなっている。とくに介護業界では働き手が足りず、介護施設に何年も入居待ちが出ていたり、サービスを続けることが難しくなってしまう事業所も珍しくない。しかし、高齢化社会を迎えるにあたって、介護業界は日本に必要とされていることは言うまでもない。現に介護がひっ迫していて2020年11月4日の毎日新聞では、心身が限界を迎えた介護者が要介護者を手にかけてしまう事件も報道されている。
 このような問題が社会に認知されることによって介護の必要性が正しく認知され、待遇面は年々改善されて、賃金も向上しつつある。職を失うリスクも極めて低い。そしてなにより人と接し、元気を与えて、感謝される。人生の大先輩の心に触れること、昔の話を聞くことはほかの仕事では味わえないような学びを得ることもできる。介護業界では、「きつい・汚い・給料が安い」の「3K」という問題点に賛同し、不満や改善を訴える声が多い。その一方で、「介護のイメージが悪くなるニュースばかり報道されている。いいニュースも伝えないと誰も介護職に就かないのでは」という意見や「介護の仕事は、きつくてもやめようとは思わない。いやなこともあるが、楽しさもある。普通の仕事と大きく変わるところはない」という意見、「介護は大変ってイメージが強いけど、仕事なんだから大変なのは仕方ない。それよりもやりがいのある仕事だということを若い人には気付いてほしい」と不安ばかりクローズアップされがちな現状を指摘する意見も少なくなかった。私たちはみんな、介護する立場になる可能性もあるし、される立場にも必ずなる。その時に誰しもが気持ちよく老後を迎えられる世の中になるために、介護現場の現状をもう一度見なおすべきではないだろうか。(土居朋樹)