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学生記者奮闘記~『関大スポーツ』ができるまで~

 『関大スポーツ』を発行するまでに要する期間は約2週間。写真の撮影や記事の執筆から、紙面のレイアウトまで。すべて学生だけで行っている。より良い紙面を製作するために、部員たちは必死だ。レイアウトの構成を練り、記事の行数を確定させ、記事を執筆し校正。新聞を作る工程を文字で示すと簡単なように見えるが、この工程を2週間で行うのは厳しい。部内の雰囲気は、一言で表すなら「戦場」。授業や課題、アルバイトなどと並行して、作業を進めなければならない。締め切りに追われながら、焦燥感に駆られた雰囲気で作業を行う。
 新聞を作るだけでなく、各クラブの試合に足を運び取材を行ってネタ集めをする。プライベートな時間を削ってまで活動を行う関大スポーツ編集局、通称「カンスポ」。部員たちはどのような思いで、活動を行っているのだろうか。

関大スポーツ編集局とは

 関大生なら、凜風館前や第3学舎前のエスカレーター、法文坂あたりで新聞を配っている光景を目にしたことがあるはずだ。そこで配布されている新聞こそが、私たちが発行している『関大スポーツ』である。年に6回発行しており、関西大学の体育会部活「KAISERS」を取り上げた紙面で、彼ら、彼女らの活躍を伝えている。
 体育会の本部組織に位置するカンスポ。1958年に設立された、歴史あるクラブだ。現在は3年生6名、2年生3名、1年生9名の計18名で活動している。少数精鋭だが、その分一人当たりの仕事量は多くとても忙しい。なぜなら、カンスポのモットーは、「体育会45クラブすべてを取材すること」だからだ。週末はネタ集めのために、それぞれが担当のクラブの試合へと赴き、インタビューをしたり写真を撮影したりする。その積み重ねによって、『関大スポーツ』に載せるネタを手に入れることができるのだ。
 普段、『関大スポーツ』は、学内で無料配布をしている。それに加え、多くのOBOG、KAISERSファンの読者の方がいるため、学外に向けて定期購読や1部売りのシステムを整えている。また、カンスポの公式Twitter(@kanspo)のフォロワー数は7300人を超える。KAISERSは学内だけでなく、学外からも愛されている組織だ。

新聞部なのに体育会

 部員たちの中で、大学生になるまでに新聞を作った経験がある人はほとんどいない。どうしてカンスポに入部しようと思ったのか。きっかけを聞いてみた。
 「もともとスポーツの試合をカメラで撮るのが好きだったから」と編集長・金田侑香璃さんは答えてくれた。彼女は高校時代、バスケットボール部に所属し、プレーヤーとして活躍していた。しかし、度重なるけがが理由で、大学では競技を続ける予定はなく、自分の趣味であるカメラを使った活動ができるカンスポに興味を抱いたという。
 また、部の雰囲気を明るくしてくれる存在・勝部真穂さんにも尋ねてみた。彼女は、「スポーツがもともと好きやって、スポーツには関わりたいと思っていた」と語る。大学入学当初は、高校時代に所属していたバレーボールを続けようと、バレーボールのサークルに所属していたという。しかし、カンスポのパンフレットを読み、いろいろなスポーツに携わることができるというメリットの上に、メディア系の仕事にも興味があったため、学生記者として4年間を過ごすことを決めた。このように、きっかけは十人十色だが、部員全員に共通していることは、スポーツが好きという気持ちだ。
 この気持ちは、カンスポを続けていくための大きな原動力となっている。試合が行われるのは週末や祝日。そのため、プライベートの時間を返上して、取材に行かなければならない。そして、取材をした後はHPに掲載するWEB記事の執筆や、写真の整理などの事後活動に追われる毎日。正直なところ、カンスポの活動は結構過酷だ。
 この点について、勝部さんは、「常に何かやることがあって、心の底からのオフ、何も考えないでいい日がほとんどない」と正直に話してくれた。でも、「選手たちが記事をリツイートしてくれたり、ありがとうと言ってくれたり。あとは先輩たちが褒めてくれるとモチベーションにつながる。そういう小さな喜びがやりがいかな」と笑う。

新聞を作る意義

 SNSで発信しているのに、それに加えて新聞を作る目的は何なのか。この疑問を編集長の金田さんにぶつけてみた。すると彼女は、「形に残すことはすごく大事」と真剣な面持ちで語ってくれた。彼女の中では、「形に残すことは、手に取れて触れることができる何か」という認識があるそうだ。確かに、データとして完成させた何かは、目で見ることはできるけれど、実際に触ることができない。デジタル化が急速に進む今だからこそ、紙に印刷をして「物」として残していくことに意味があるというのが編集長の答えだった。
 今まで作成してきた新聞は約300号。実際に手で触ることができる形で積み重ねてきた歴史は、絶対に途絶えさせることはできない。「触れられるからこその魅力を、残していくことが私たちの役目だと思う」と話してくれた。
 新聞には、作成のためのコストの問題や、手に取ってくれなければ目にしてもらうことができないというデメリットが存在する。しかし、『関大スポーツ』は学舎のあらゆるところに置いてあるため、SNS以上の伝達効果もある。また、手配りをすることで老若男女に見てもらえる可能性も高まる。
 利点の多い新聞。しかし、新聞を作るための準備は決して簡単ではない。自分の時間などほとんどなく、ボランティアのようなものだ。部員たちがカンスポを続けるモチベーションとは、何なのか。それは、「KAISERS愛」だろう。この愛について、勝部さんに聞いてみた。すると、「KAISERSは体育会で一つのチーム。だから、自然と応援してしまう。理由もなく、KAISERSが好き」と答えてくれた。確かに、KAISERSのように、体育会全クラブが同じ名前で活動しているのは関西大学特有のものである。この点から、関西大学体育会は「つながり」を大切にしていることが見えてきた。「つながり」があるからこそ、選手と学生記者との距離も近く、愛が生まれるのではないか。

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バトル多発の「プレ編」

 新聞を作成するにあたって、「プレ編」という、いわゆる編集前ミーティングが開かれる。どの競技を掲載するのか、記事担当やレイアウト担当、チェック担当は誰がするのかという、新聞を作成するための役割分担を決めるための会議である。編集前の準備段階にも関わらず、「プレ編」では部内の熱いバトルが繰り広げられる。
 バトルの中心となるのは、掲載権を獲得するために行われるプレゼン大会だ。例えば、自分が担当する競技を1面に載せたいとする。しかし、紙幅には限りがあるため他にも1面に載せたいと言っている部員がいれば、どちらか一方を選ぶ必要がある。「ただ試合結果を言うのではなくて、どんなドラマがあったのかを言わないといけないと思う。取材してきたからわかることもあると思うし、こういう紙面にしたいとかのプランとか方向性を示すことも大事だと思う」と勝部さんは言う。どの競技を掲載するのかは多数決で決めるため、自分が書きたい記事の内容をカンスポ内で共有できるかどうかが掲載権獲得の鍵となる。サッカー部や野球部などの大きなクラブであれば、結果を見ればどれだけ輝かしいものか判断しやすい。しかし、マイナースポーツだとそれが難しい部分もあるため、勝部さんが話してくれたように、ドラマチックなプレゼンをして部員たちの心に訴えかける必要がある。
 プレ編の際に考えるのは、掲載権を獲得することだけではない。次に重要なのは、役割分担だ。副編集長兼主務の遠藤菜美香さんに、役割分担についてどのようなことを意識しているのか尋ねてみた。すると、「一人一人の仕事量が均一になるように」と答えてくれた。授業やアルバイト、課題などの兼ね合いも人それぞれ。そのような中で、仕事量を振り分けるのはとても難しい。だからこそ、会議の際にみんなで意見を言い合って、各々が納得のいく形で分担を行うように心がけているという。特に、チェック班と呼ばれる、記事からレイアウトまですべてのチェックを担当する係は本当に仕事量が多い。自分の記事やレイアウトの仕事もこなしつつ、他人の記事も他面のレイアウトも見なければならない。編集長、副編集長の2人は毎号チェック班に配属されるため、「記事の執筆とレイアウトの考案、チェック班の3つを担当することが多く、どうしても自分の記事を後回しにしてしまう。毎回すごく申し訳ない」と遠藤さんは、本音をこぼしていた。

編集期間はピリピリした空気

 「これはどういう意図で配置を決めたの?」「見出しが少ないから考え直して」。編集期間中は、厳しい言葉が飛び交い、部室はピリピリした空気に包まれる。編集が終わりに近づくにつれて、その嫌な空気はエスカレートしていく。部員たちそれぞれが締め切りに追われているからだ。
 紙面作成をするための期間は、約2週間。段取りとしては、紙面のレイアウトや記事の執筆を行う「編集」を7~8日。そして、記事の内容に間違いがないか、誤字がないかをチェックするための「校正」を3日ほど設けて、その後発行・発送の作業を行う。平日は授業があり、部員が集まる時間に差が出てしまう。そのため、紙面作成に割くことができる時間は意外と短く、ハードなスケジュールとなっている。
 ピリピリしている部室の空気は、はっきり言って最悪だ。この空気感では後輩たちも発言がしづらい。「ボトムアップを目指したいとは言うけれど、そもそもこの雰囲気じゃ言いづらいと思う」と、遠藤さんは頭を悩ませている。

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 チェック班とレイアウト担当の間で論争が起こったり、チェック班に記事の内容を突っ込まれ、執筆者が自分の思いを熱弁している様子は日常茶飯事。いろいろな場所でバトルが繰り広げられている。心身ともにつらい期間ではあるが、良い新聞を作り出すためには衝突することも多少は仕方がない。勝部さんは、「ただでさえ仕事量が多く、誰も暇じゃなくてしんどい。さらにみんなをしんどくさせてしまうような言動はしたくないから、前向きに、周りが楽しくなるような会話を心がけている」と、編集期間中に気を付けていることについて教えてくれた。編集期間中は、周りへの思いやりの心が欠かせない。
 編集の後には、校正が始まる。記事の内容に間違いがないか、誤字脱字がないかどうかをチェックする期間だ。私たちが新聞を作成するうえで一番気を付けていることは、間違った情報が載った誌面を世に出さないこと。そのために、一つ一つ丁寧に事実を調べたり、記事を書いた本人に最終チェックをしてもらうなど、万全を期している。それでも、時々間違いに気づかないまま発行してしまうことがある。私たちカンスポは、そのような間違った情報を載せてしまった新聞のことを、「やらかしてしまう」と「新聞」をかけて、「やらか新聞」と呼んでいる。「やらか新聞」を出さないために努力はしているが、発行してしまった際は部員全員が冷や汗をかく。あってはならないミスだからだ。

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 編集と校正というピリピリした段階を経て、新聞はようやく発行される。普段、『関大スポーツ』は学内で置き配布をしたり、凜風館の下や正門の前で手配りをしている。しかし、「コロナ禍で配れなかったのは痛い」と編集長。現在、『関大スポーツ』はSNS上にはアップしておらず、直接手に取って見てもらうような形でしか新聞を読めないようなシステムを取っている。それは、触れられるものとしての価値を残すためでもあるし、老若男女問わず読むことができる紙という媒体で残していきたいという強い思いがあるからだ。だからこそ、新型コロナウイルスの影響を大きく受けてしまった。手配りをすることが禁止され、部室にはたくさんの新聞が余ってしまっている状態だ。それでも編集長は、「手に取ってもらえないと始まらないのは厳しいけど、学内においてくれているだけで効果はあると思う」と、前向きだった。

アナログからデジタルへ

 カンスポは、今年から全面的に自分たちで作るというスタイルに移行した。これまでは、紙の上でイメージしたものを、業者に頼んで形にしてもらっていたため、かなりの時間を要していた。しかし、「Illustrator」というアプリケーションソフトを用いて、ほぼ全ての作業を自分たちで行うようになった。それができるようになったのは、編集長いわく「自分たちの技術が上がっていったから」。その結果として、時間とコストが大幅に削減することができ、私たちのストレスが大きく軽減された。
 でもやはり、デメリットはある。遠藤さんによると、色味の確認ができないというのが、デジタルに移行してからのマイナスな部分だという。「(実際に紙面にしたときに)色味が渋くなるので、そこの確認はアナログの時にはできていた」。その他にも、データが重くクラッシュしてしまう危険性や、1年生にアプリの使い方を一から教えるのが難しいこと、役割分担をすることが難しくなってしまったなど、さまざまな問題点はある。しかし、総合的に考えると、デジタル化したことは良かったことなのではないか。確かに全面的に自分たちで作業を行うというのは、かなり思い切ったチャレンジだったが、正解だったと思う。なぜなら、新型コロナウイルスの影響で集まって新聞を作ることが難しくなってしまった中でも、紙面を作り上げることができたからだ。
 アナログからデジタルに全面移行し、まだまだ試行錯誤をしている途中だ。今シーズンは、思ったように活動できず、例年と異なり5回しか新聞が発行できなくなってしまった。しかし、ある程度の段取りは、つかめてきているのではないだろうかと感じている。今後、部員たちのスキルがもっと向上して、どのように新聞が進化していくのかとても楽しみだ。

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カンスポがいることで

 先輩たちから技術を受け継ぎ、足りないものはスポーツ新聞などを熟読し、独学でノウハウを身に付ける。だからこそ、学生にしか作れない新聞ができあがる。学生スポーツ新聞は、各大学によっても紙質やテイストがまったく違って、とても面白い。
 新聞を作るということに成績がつくわけではない。だが、「編集期間に向けてベストな状態を持っていくという点ではスポーツと似ていると思っていて。新聞を作ることが日々の取材の成果を発揮する場になってくれると思う」と勝部さんは目を輝かせて語ってくれた。
 カンスポ部員たちは「KAISERS愛」という思いを胸に、日々紙面を作成している。しかし、新聞を作ってもKAISERS全員が手にしてくれるとは限らない。そのため、「私たちっていなくてもいい存在なのかと思わされることもある」と口にした部員もいたが、「私たちは自分たちにしかできないことをしている。私はそうは思わない」と、編集長の金田さんははっきりとした口調で否定する。特に今年は、新型コロナウイルスの影響でさまざまな試合が中止になってしまった。「この状況なら、なおさら私たちの存在は大きかったんじゃないかな」。
 3人へのインタビューを通して、私たちは「学生記者としての在り方」を探し続けていることが明確になった。関西大学体育会の活躍を学内・学外に広めるために、私たちカンスポは存在している。でも、役割は決してそれだけではない。選手の中には、新聞に載りたいから頑張るという人も多くいる。私たちカンスポは、きっと選手たちのモチベーションの一部にもなっているに違いない。また、マイナー、メジャー関係なく取材して記事を書き、自分たちの時間を削っても取材に足を運ぶ。これはきっと私たち学生スポーツにしかできないことである。
 利益を求めるスポーツ新聞社にはできないようなことを。学生記者だからできることを追い求め、カンスポ部員は日々奮闘している。(竹中杏有果)