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ミクスタに咲いた満開の笑顔|ギラヴァンツ北九州 藤原健介

ギラサポさんの歓喜の投稿がSNSに次々と投稿される。

率直に言って嬉しい。


彼は、勝利の余韻に浸り、トラメガでギラサポさんに直接勝利の挨拶をしている様子も投稿されていた。


ジュビロ磐田ではこんなシーンは無かった。


育成型期限付き移籍が発表された時は、正直さびしかった。でも彼の境遇を考えたならば、

「スポーツ選手は試合に出てなんぼ」

なのだと思う。

やはり藤田俊哉SDはじめ、クラブの判断に間違いはなかった。


藤原健介

2024年6月29日。

明治安田J3リーグ第19節 ギラヴァンツ北九州 vs 福島ユナイテッドFC。

ジュビロ磐田から育成型期限付き移籍後、出場2試合目。

北九州1点ビハインドの48分。井澤春輝選手が技ありのヒールで背後に送ったボールに対して藤原健介がミドルシュート。GK吉丸絢梓選手が目一杯伸ばした腕の僅か上を越えていく綺麗な放物線は、ゴールネットに突き刺さり同点に追いついた。

北九州でのホームゲーム初出場だった藤原健介。

これ以上の挨拶は無いだろう。きっとギラサポさんのハートを鷲摑みにしたに違いない。




藤原健介の素質はジュビロサポーターもトップチーム昇格前から十分知れ渡っていた。

特にそのキック精度。
プレースキッカーとしての類まれなセンス。

しかし、ジュビロ磐田U18からトップ昇格して以降、順風満帆なサッカー人生では無かったと思う。いかんせんチーム事情もあって出場機会に恵まれなかった。


ルーキーイヤーの2022年。主戦場のボランチには遠藤保仁というレジェンドがいた。更には山本康裕、上原力也、鹿沼直生というライバルが立ちはだかった。

当時J1で戦っていた磐田。更には残留争いに巻き込まれていた。そのライバルを押し退けてまでチャンスを掴むことはできなかった。J1リーグに出場できたのは、J2降格が決定した後の最終節の1試合のみだった。いわば消化試合だ。しかも終了間際のたった10分間だけだった。


2年目の2023年。J2での戦いではコンディションは悪く無かった。2023年6月3日。J2リーグ第19節ホームでのブラウブリッツ秋田戦。トニ・クロース選手になぞらえ「まるでクロース!」と称される程の鮮やかなゴールを決めてみせた。

しかし、好事魔多し。

その試合後に腰と左ももの故障に悩まされて約4か月の長期離脱を強いられた。

ゴールはその秋田戦での1本のみ。この年1年でJ1昇格を掴んだ磐田であったが、藤原健介の出場時間は8試合316分に留まった。

ケガに悩まされた2023年の藤原健介:2023.10.28@ヤマハスタジアム


3年目の今年2024年。J1に復帰した磐田。前年は選手補強禁止だった磐田だったが解禁され主戦場のボランチには、レオゴメス、中村駿が新加入。そして引き続き上原力也鹿沼直生との競争に勝たねばならなかった。

開幕戦出場は逃した。J1リーグ18節までの出場は9試合370分。この内スタメン出場したのは4試合のみ。ゴールはゼロ。

それでもカップ戦の試合が残っていれば良かったが、ルヴァンカップ、天皇杯ともに初戦敗退という悲劇。そのチャンスも逸してしまった。

そんな中で発表された藤原健介のギラヴァンツ北九州への育成型期限付き移籍。

複雑な思いではあったが、入団以降出場機会に恵まれなかった境遇と、今季カップ戦も無く引き続き出場機会も無い状況でくすぶっているよりは武者修行した方が自身のためにもなるはずだ。




そして、出場2試合目にして早くも結果を出した。

ホームでミクスタで左脚を振り抜いた藤原健介。ボールがゴールに突き刺さった瞬間、右手を大きく振り下ろすド派手なガッツポーズ。北九州のチームメイトにもみくちゃにされ、雨に濡れる笑顔が満開に咲いた。


藤原健介はそのシュッとしたルックスからしばしば「プリンス」と呼ばれることがある。

本人はその呼称を好んでいるのかどうかわからない。

でもこの試合でミクスタに咲いたゴールに喜ぶ笑顔は、雨で濡れて顔がぐしゃぐしゃな「サッカー小僧」の方がふさわしい。

更にはこの日、藤原健介のコーナーキックで逆転ゴールで勝利を飾った北九州。1G1Aで北九州サポーターにその実力を見せつけた。




奇しくもこの試合の直前である6月26日には、同じ2022年入団で同期の古川陽介が、真骨頂であるドリブルシュートで圧巻のゴールを決めてみせた。


古川陽介もここ一年は思うような成績を残すことができず、

「およそ1年ゴール決められなくて、ふとした時に思い悩むこともすごくあったので泣きそうになった。」

静岡朝日テレビ

と思い悩んでいた事を語っていた。

一方で、k-mix 「Ole Ole Jubilo」のインタビューで、藤原健介は古川陽介に対し

「プレー100点、インタビュー3点」

とメッセージを送っていたことを明かしている。

インタビュー3点というのは、恐らくDAZNのインタビューで古川陽介が久しぶりのゴールに「お待たせしました」と話すところを噛んでしまったのを指摘したのだろう。

しかし、お互い悩み続けていたライバルでもある同期に対して、ユーモアも交えながら最高のエールでは無いだろうか。


北九州に武者修行に旅立ち、すぐさま得意のキックで結果を示した藤原健介。

磐田に残って厳しいポジション争いに身を置きつつ、遂にJ1で伝家の宝刀ドリブルシュートを決めてみせた古川陽介。

ジュビロ磐田に加入後、悩み苦しんだ20歳の二人は別のステージに立って、それぞれの道を歩み出した。

その先の未来の事は誰もわからない。

でも、少なくとも私は、再び2人がサックスブルーのユニフォームを纏い、J1リーグの優勝をかけた争いの先頭に立ち、シャーレを掲げる姿を夢見てしまう。

そして、その先にはサムライブルーのユニフォームが待っていると信じている。


最後までお読みいただきありがとうございました。

ジュビロ磐田とギラヴァンツ北九州、そして藤原健介と古川陽介のファン・サポーターに歓喜が訪れることを願って。

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