挫折と選択
気づいたら涙が出ている、という経験を初めてしたのは大学4年生になったばかりのころだった。
当時私はコスメショップでアルバイトをしていて、
好きなものに囲まれて仕事をする時間がすごく好きだった。
ただ、その時私がやっていたことはそれだけではなく、
夜になると居酒屋でアルバイトをし、朝には学校で授業を受け、
就活のため地方から夜行バスに乗って東京まで行った。
習い事でダンスもやっていたので、スケジュール帳には真っ白な四角が一つもなかった。
その中でも1番大変だったのが、コスメショップでのアルバイト業務。
私以外の従業員はみんな社員さんだったので仕事に入る頻度が全然違う中で、商品に入っている成分の勉強、肌知識の勉強、納品、レジ打ち、接客…社員とアルバイトの線引きをしてほしくないという想いから、ただただ社員の皆さんについていくのに必死だった。
必死だった結果、うまくいかない自分を責めまくった。
無論、うまくいかないのは忙しさのせい。
勉強する暇がない。
でも、居酒屋のアルバイトもダンスも勉強も就活も、そしてあの店で働くことも、全部やりたい。全部好きなんだもん。
そういう想いがあったから、今度は寝ることを辞めた。
寝る間を惜しんで商品の勉強をし、朝になったらお店へ出向き接客をする。
そんなことを繰り返していると、ある日店長に呼ばれた。
「ねえ、ちゃんと寝れてる?」
「あ、実はここ最近全然寝てなくて、皆さんに追い付きたくて勉強してるんです。」
「カナコちゃんが頑張ってることはよくわかるけど、目の下にクマがあって、無理して元気を出しているような店員さんから、誰が商品を買ってくれるの?」
そう言われ、ふと我に返った瞬間、今まで蓄積されたストレスが涙となって滝のように頬を流れた。
店長はびっくりしていたが、大丈夫?などと優しい言葉をかけてくれて、私を抱きしめてくれた。
その暖かさにまた涙腺が崩壊して、そこからは仕事がまともにできず、ずっとバックルームにいた。
それからの数か月間の私は、他の社員さんにも迷惑をかけたし、これからはもっとちゃんと考えて頑張っていかなきゃ、という想いとは裏腹にどんどん自信をなくしてしまっていた。
今にも壊れてしまいそうな私を心配して、接客している姿を社員さんや店長に後ろから見られているストレスも尋常じゃなかったし、商品を買ってもらえないと「あ、私ダメだ。もうダメだ。」と自分を責めるばかりだった。
ある日、私の隣にいた社員さんが急に私の肩に手を置き、
「カナコちゃん、大丈夫!?」と心配そうに話しかけてきて、何事かと思えば、私は泣いていた。
なんで涙が出ているのか、理解ができなくて「違うんです、違うんです。」と笑いながら泣いている私の姿は、誰から見ても常軌を逸していたと思う。
その時、私は人生で初めて、今まで続けてきたことを”辞めたい”と思ってしまった。
私は挫折という言葉がすごく嫌いで、自分が望んでその場に足を踏み入れたなら最後まで力を発揮するべきだと思い込んでいるステレオタイプ人間だったので、どんなに辛くても逃げることはしなかった。
”自分が望んだ”ということが1番重要で、その場を離れないといけない日がやってくるまでちゃんとやり遂げないと、それは責任放棄になってしまう。
そんな足かせを勝手につけて生きていた。
だけどもう限界。このままだと、他のことすべてがおろそかになってしまう。
そう思い、意を決して店長に話しに行った。
「私、今まで挫折をしたことがないんです。だから、このお店も私が大学を卒業するまで辞めないつもりでした。」
「うん。」
「でも、このままだとこのお店で働くということに私の生活が支配されてしまうような気がしてるんです。今の私は、お客様のために仕事をしてるんじゃなくて、店長や社員さんのために働いています。迷惑かけたくないとか、怒られたくないとか。そういうの、違いますよね?そんなことを思った瞬間から、私は店頭に立つ資格がないと思いました。だけど、私はこのお店が好きで、大好きで、」
また泣いてしまった。
「辞めたくないんです、本当は。ここを辞めて、ここで働くことを諦めたら、成長できない気がして。でも、離れないと自分が壊れてしまいそうで。自分でもどうしたらいいか分からないんですけど、うまくまとまってなくてすみません。」
意を決して、などと言ってしまったが、全然決することができていなかった。
そんな私を見て、店長がすっと私の前にお菓子をおいた。
「彼氏ほしいからダイエットしなきゃ!でも甘いものも食べたーい!っていうのが、今のカナコちゃん。まぁ、事の重さは全然違うけどさ。結局は何を捨てて、何を選ぶか。自分が今後生きていく上で、うちで働くことがそんなに大事かな?カナコちゃんは選ぶだけで、挫折をするってこととは違うと思うんだよね。今だけじゃない。こんなこと、これから生きてるといっぱいあると思うよ。しかもカナコちゃんは東京に行きたい人だしね。もっといっぱいあるよ、きっと。そのたびに自分を責めて、我慢して、壊していくのは悲しいことだよ。もっと自分を愛してあげて。」
この人はなんでそう何度も私を泣かせるんだ。
なんでこんなに温度のある人なんだろう。
結局私はその2週間後にお店を辞めた。
辞めた後も、お客さんとしてお店に足を運んだし、上京しても社員さんとは連絡を取ったりしている。
選ぶことと、諦めることは違う。
当たり前にわかることかもしれないけど、切羽詰まっているとそんなことすらわからなくなる。
がむしゃらに頑張ることはもちろん大事なことだし、仕事が好きという気持ちも素敵なものだけど、その想いに依存しすぎてたくさんの我慢を余儀なくされていたんだと思う。
ただ、そんな経験をして社会人になった今でも、私のがむしゃら精神は止まらない。
今あの日々を思い出しても、もうちょっと頑張れたんじゃないかなんて思ってしまうから怖い。
だけど、「自分を愛してあげて」という店長の言葉を思い出して、羽を休めたりすることができているだけ成長だ。
ご自愛、大事。
皆さんもどうか、ご自愛ください。
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