大事なことはいつもの中に。
私は数年前に神経難病の1つである、
ギラン・バレー症候群と診断されました。
入院した時は寝返りもうてず、
その状態のまま何か月もの間
生活のすべてを人に頼る毎日でした。
少しずつ治療が進んで、
体力、気力が少しずつ回復しても、
私の体は動かないまま。
そんな中、1番辛い時間だったのが食事で、
その時の経験を以前 note に書きました。
辛いといっても、面倒くさそうにされたり、
どうこう言われたとかではないのです。
むしろ言って欲しいと言われていたのに、
食事以外のことも全部やってもらっていたから
何もできない自分が我慢しなければ我儘と思われてしまう、
そんな気持ちに負けていました。
情けなくて、みじめで、悲しくて。
動けなくなった自分を認められなかったのだと思います。
食べる事がこんなに辛く苦しいなんて。
もう胃に直接栄養を送る経管栄養でいい。
どうせ自分じゃ食べられないんだから。
そんな状態で食べるリハビリが進むわけもなく、
自分では食べられない状態のまま、
リハビリ病院に転院となりました。
そこで担当となったOT(作業療法)の先生は、
バランサーという腕を吊る滑車付きの棒をテーブルに固定し、
スプーンを手にバンドで止めてくれた上で、
今の私にでも食べやすいように、
角度や強さなどを事細かに調整してくれました。
久しぶりに自分の手ですくったご飯が
スプーンに乗って自分の口に入って来た時、
心から美味しい、嬉しいと思いました。
自分で出来るということは、
これ程までに生きる力を取り戻してくれるのか。
それから少しずつ食事に対する意欲が戻り、
半年後に退院して自宅に戻った頃には、
自分で介護箸で食べられる様になっていました。
介護箸とは、トングの様に食べ物を挟むことで
箸よりも軽い力で食事が出来るお箸の事。
私は手の力が弱く、特に指は脱力に近いので
普通の箸では食べられないからと勧められた物です。
しかし、ようやく食べるのが楽しくなったのに、
次は外食時の周りの目を気にする様になりました。
「あの年代で介護用の箸?」と
ひそひそ言われたり、じろじろ見られたりします。
更にボロボロこぼしていたのもあったでしょう。
隠すために席は必ず壁向きに座る様になりました。
そんな私の様子を家族や友人は気づいていて、
なるべく目立たない席をさりげなく選んでくれました。
自分はともかく、一緒に食事をする家族や友人に
申し訳なくて、出来る限り急いで食べようと
必死になっていたからだと思います。
そんな時、家族とお昼時にあるチェーン店へ。
バッグから持参したいつもの介護箸を出そうとして、
ふと目の前の備え付けの箸とスプーンが目にとまりました。
いつかは周りの目が気にならない様にというのもあり、
普通のお箸でという想いが消えずにいたので
これはどうかなと軽い気持ちでそのお箸を持ってみました。
その瞬間、「これはいける」と感じました。
途中まででもと食べだしたのに完食。
自分が一番信じられなくて、でも家族が笑っていて。
世界がパーッと明るくなって、
箸を記念品として買い取りたいと本気で思いました。
後日、そのことをSNSに書いたら
同じ医療系プロジェクトに参加している
いわば直属の上司が声をかけてくれました。
「かんちゃんが感じたその思いが、
同じ悩みを持つ他の人の生活を変える、
チカラ(きっかけ)になるかもしれないね」と。
それを聞いてハッとしました。
「こういう風になったらいいのに」
「これが解決したら、本当に楽なのに」
は、病気を持つ身にとって切実です。
けど、誰にも話したことはありませんでした。
そういうことがあっても、自分だけの工夫だと思っていたし、
病気を持つ人の「あったらいいな」があったとしても、
単なる我儘、飲み込むべきものと勝手に思い込んでいたからです。
しかし、声に出さないと変わらないと気づきました。
同じ様に食事で悩む人が意欲を取り戻せる、
きっかけになるかもしれないなと。
わたしのこうなったらは、
他の誰かのものでもあるかもしれないんだ。
話してもすぐに忘れられてしまうだろうけど、
でも、それでもいい。言わないよりはいい。
私はそういう話が出来る場が欲しいと思い、
医療系のプロジェクトに参加したんだと気づきました。
何も難しい医療の話をする事だけが活動じゃない。
こういう身近な事を自分だけの事としてしまい込まずに
自分の外に出してみる。
そして出来るだけたくさんの方とお話をしてみる。
病気をもつ人の「あったらいいな」は些細なことかもしれないけど、
その中に紛れている大事なことを
大事なことだと気づく目も養う事も需要だと気づいたのです。
それを教えてくれたのは、
参加しているPPHプロジェクトのメンバー。
いまだ介護箸で食事を取っていますが、
箸を取り出すたびに思うのです。
わたしのあったらいいなは、
他の誰かのいいなに繋がるかもしれないんだ。
いつもの中にこそ、大切なあったらがある。
それをこれからは声に出して行こうと。
これは自分一人じゃ気付かなかったこと。
そして次へのきっかけをくれました。
この出会いに感謝。