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両親は無職でパチプロを目指していて、
わたしは16歳だった。
やれ働け、カネカネカネ、全部自分でやってみろ、カネカネカネ。と、投げてもらえる言葉でよく覚えているのはそれくらいだ。
両親がわたしを家に置いておくのを疎ましく思っているのは、誰の目から見ても明らかだった。
感じていない気もしていたが、子供だったわたしにとっても良い影響は一つもなかっただろう。
自室は唯一の居場所だったが、居場所と地獄は地続きだ。
わたしは通っていた県立高校を辞めた。
カネカネカネ第一主義の毒にとっぷりと使った頭にはそんな場所必要と思えなくなったし、同級生はみんなタバコも酒も大麻もMDMAもコカインもLSDもデパスのオーバードーズも自傷行為もやらない。うるさい音楽も聴かない。なにも楽しくない。家もクソ。全部めちゃくちゃになっちゃったら良い。
面白かったのは電車で遊びに行くクラブとライブハウス、統一教会2世の友達と、不良の先輩のDJくらいの、小さな小さな世界で暮らしていた。
わたしはずっと急いでいた。早く早く、たくさんたくさんバイトをして、アパートを借りて、大好きなドラッグをめいいっぱい手に入れて、好きなものしか見えない場所に、早く行かないと。
そんな思考の滲み出た、テンパったツラした16歳。どこのバイトの面接官もシブい顔。
やっと雇ってくれたのは最低賃金を攻める時給のホームセンターと、歳を誤魔化してるのに目を瞑ってくれたコールセンターの深夜番。
すごくすごくありがたかった。休みなくバイトできる事で家に帰らなくてもよかった。たまに大麻も買えるような余裕も出てきた。
でも、アパートを借りるには少しお金が足りなかった。どう考えても大麻を我慢したらもっともっと話は早かったんだけど。
足りない頭で考え抜いた。短期間でカネカネカネ。
わたしは、どこの高校に行ってるの?と聞かれた時正直に答えると、意外とアタマ良いんだね、と言われるガッコーに通っていて、制服がお気に入りだった。
当時、首都圏ではブルセラショップが問題視されさじめ、続々と摘発のニュースが流れていた。
私の住む地域から、少し離れた市街に制服を買い取ってくれるらしいと噂のエロビデオ屋さんがあった。
お気に入りだったとあれ、辞めた学校の制服なんて着る事ない。しかもまあまあの進学校、レア制服だ。絶対にカネになる。
思いついたその日にエロビデオ屋に向かった。
話はあっけなく終わった。都心部の浄化作戦のアオりを受け、もう制服は買い取らないらしい。
「買い取れたら4,5万すぐに渡せたんだけどね」
4,5万ぽっちじゃ、どうにもならない。たらればの話でさえ、焦るわたしには受け流す余裕がない。腹が立った。
ロンパった左目だけでわたしを見るエロビデオ屋さんの店主。
「そんなにカネに困ってんならうちでバイトする?掃除とかパッケージとかやってくれたらいいからさ」
もちろん乗った。これでバイトの時間はもっと増えた。もう何も考えなくていいし、カネが貯まる。
エロビデオ屋さんの実態は、裏ビデオ屋さんだった。秘密でバイアグラも売っていたし、当時合法だった不思議なリキッドも仕入れ放題だった。
勝手に小坂めぐるコーナーを作っても怒られないし、給料の端数は必ず全部切り上げて渡してくれた。
こうして、脂汗でテンパった16歳は、3つのバイト先のおかげで生きながらえた。
それからずっと、今も、誰かのおかげで生きながらえている。
わたしのできる形で、生きてる知らせを、愛する人たちへ、感謝するひとたちへ、これからずっと届けたい。
20歳を半分過ぎた頃、エロビデオ屋さんの店長は逮捕された。
暴行で。
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