道路、電車、地下、地上

 必ず座れる始発の電車、紙袋を足の間に置き中身のクリエイティブカラーを紙袋の底に吹く。
 紙袋を退けるとそこに残るのは「呪」の文字。
 下ばっか向いてるお前、この呪の文字を3回見かけたら死ぬからな。たまには前を向いたり本を読んだり、こんなオモチャの落書きに気を取られるなよ。なんて前向きなメッセージを心の中で後付けし、純粋なヴァンダリズムを楽しんだ。
 と、彼女は言った。

 彼女が初めて見た、どっかの誰かのマスターピースは町の開発により土とツタで覆われた。
 緑色の、妙に立体的な顔面を描いたそれは幼心に深く傷を残した。怖かった。その緑色がどこのメーカーのラッカーだったのか、どんなノズルで吹いたのか、そんな事が気になり出したのはおよそ10年後だった。

 あのどっかの誰かのマスターピースを残した彼は、アートを目指したのだろうか。ヴァンダリズムを楽しんだのだろうか。誰かに向けて叫んでいたのだろうか。彼女と同じ不満をこの町にかかえていたのだろうか。
 知る術はない。
 今その壁があった道路は濡れた枯葉がアスファルトを覆い、暗く湿気を帯びている。
 町の財政が傾き道路の周囲の草木を世話できなくなったのだろう。
 ーー彼女が幼かった頃からその兆しは見えていた。学校のプールは塩素が買えなくなったので閉鎖されたし、先生方は偏った思想を押し付けてくる。とにかく教育の場が割りを食っていた様に今は思う。クソみたいな町。クソみたいな人々。彼女はいつも不満だった。学校に金を回さず観光者が訪れる場所に真新しい陶器市の看板を建てた事も許せずそこに写っていた奴ら全員の目を黒のラッカーで塗りつぶした。ーー

 田舎は人と防犯カメラが少ないところが良い。
 と、彼女は言った。


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