『遺伝子』
僕は中学の卒業式で、2つ下の後輩の女の子に制服の第二ボタンを渡した。田舎の中学校の、恋する女の子たちのための習わしだ。卒業式後のグラウンドでは、式の静寂さと涙なんて一時の幻想であったかのように、意中の男の先輩の第二ボタンを、女の子たちは我先にと欲しがる。
彼女もその一人だった。僕の目の前に群がる女の子たちの列の先頭で、第二ボタンを受け取った。
卒業式の1か月以上前から、彼女は僕の第二ボタンを欲しがった。他にも僕のボタンを欲しがる女の子はいたのだけれど、彼女は僕に一度ラブレターを書いてくれていた。当時の僕には交際している人がいたので、彼女にとっての良い返事はできなかった。
ただ、手紙とはいえ勇気を出して告白してくれたのも事実だ。また、女の子特有の可愛い文字が並んだ4枚分の便箋の中身を読むと、多少なりとも心に触れるものがあった。一方で、叶わぬ恋をする彼女への単純な同情心もあったかもしれない。
だから僕は、彼女の事をある程度には特別視していたし、第二ボタンを渡す予約を事前に承諾していた。
僕は彼女に快く第二ボタンを渡した。
◆
中学を卒業して以来の2年半で、その彼女とは、偶然会うことも話をすることもなかった。
しかし、今日は直接に会って話す機会があり、僕は気になっていたことを聞いてみた。卒業から2年半が経ち、僕は高校3年生で、彼女は高校1年生になっている。
「そいえばさ、卒業式の時にあげた第二ボタンどうしてるの?」
「ボタンは中学の時の筆箱に入れて、大切に家の机の中にしまってありますよ。」
「ふーん。ちゃんと保管しているものなんだね。」
「そうですよ。あの頃は本気で先輩の事が好きでしたから。」
そう言った彼女は、今は僕の弟の彼女である。
何が彼女をそうさせたのか。なぜ、僕と弟のこの家の男子の遺伝子を、立て続けに選ぶのか。いや、弟は利用されているだけで、3年越しに僕に近づくための戦略か。もしくはただ単に顔がめちゃくちゃにタイプだったのか。(僕と弟は小さい頃から見間違えられるほど顔が似ていた。)
いや、やめよう。弟は弟で、僕は僕だ。
弟の部屋の前に立つ彼女を後ろ目に、僕はリビングにつながる階段を降りる。階段を下りきった僕の横をすり抜け、弟が階段を上っていく。その足音は軽快さを持って聞こえた。
僕の書いた文章を少しでも追っていただけたのなら、僕は嬉しいです。