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『合理的構造』

 彼の実家から牡蠣が届いた。
 持つべきは広島出身の彼氏、とでも言った方がいいと思った私は牡蠣が大好物だ。

 冷えた一斗缶を開けると、殻付きの牡蠣が大量に入っていた。
 レンジでチンすればいいってことは知ってたけど、殻の開け方が分からなかったので、彼に頼んだ。彼は小さなナイフを使って、うまいこと殻を開ける。

 殻を開かれた牡蠣は、しかしなるほど、見れば見るほど美しい。殻が纏った磯の香りが、火の通った後のあの美味しそうな香りまで想像させる。
 殻はガタガタなのに、中は白くつるんとしていて不思議な形をしている。それにこのヒダはなんなんだ。
 
「ねえねえ、牡蠣のさ、このひらひらしたやつって、なんでこんな形してるのかな?」

「あ? そりゃたぶん、殻に吸着しとくためだろうな。そのびらびらした構造を最大限使って、殻を硬く閉じてるんだと思うよ。身を守るために」

「へえ。よく知ってるね」

「そりゃ広島出身だからな」

 たぶん出身地は関係ないけど。
 しかも、この人わざと“びらびら”って表現を使ったんだと思う。こういうときはスルーしておくに限る。
 
 彼が洗って殻を開いた牡蠣を、私が皿に並べていく。一斗缶まるまる食べきれるかと言われると、ちょっと大変かもしれない。
 彼は一斗缶から次の牡蠣を取り出して、水で濯ぐ。無駄口を叩きながら。

「一斗缶は積むのにちょうどいい。蜂の巣は強度と密集のためにちょうどいい」

「え?」

「世の中の事物ってのは、合理的な構造に落ち着くって事だよ。この牡蠣のびらびらもそう。たぶん、これが合理的な形だから、びらびらなんだよ」

「ねえ、理系の人ってさ、いつもそんなことばっかり考えて、身の回りのモノ見てるの?」

「んんー。そうかもしれない」

理系の習性なんだろうな、とは思うけど、彼のこの無駄な習性は私には理解できない。びらびらって2回言った。絶対にわざとだ。

「なあ、もう一つびらびらについての話していい?」

「ねえ、エロいこと言おうとしてるでしょ」

牡蠣の話を振った私が悪かった。

「いや、違うんだよ。猫のお腹ってさ、びらびらしてるじゃん? 人間のお腹と比べて、皮膚がたるんで余ってると思わない?」

「ああ、うん。確かに」

「あれって『ルーズスキン』って名前が付いてるらしいよ」

普通の豆知識だった。下ネタを変に警戒した自分が少し恥ずかしい。彼の解説は続く。

「猫のルーズスキンもさ、意味があってああいう構造なんだよ」

「そうなの?」

「んん。猫って、めっちゃジャンプするでしょ? ジャンプするときの空中での姿勢って見たことあるよね? 両前足を思いっきり前に伸ばして、後ろ足はびょーんって後ろに蹴るじゃん。そしたらさ、お腹の皮膚が普通はつっぱっちゃうよね」

「ああ、そうね」

「だからさ、びょーんってジャンプしたときに、お腹を精一杯伸ばして飛べるように、ルーズスキンになってるんだってさ」

 言われて納得した。
 牡蠣の殻を開けている彼を横目に、猫の空中姿勢をイメージしてみる。こう、手を前に、びょーんって──

「ひゃっ!!」

 なぜ私は脇腹を、彼の肘で小突かれなければならないのか。
 その理由は彼から伝えられる。

「ルーズスキン」

「は!?」

「ルーズスキン。ゆるい皮膚。君もそんなにジャンプしたいの?」

 うるさいから肘で彼を打ち返しておいた。何か声を発してよろけながら、彼は牡蠣を差し出してくる。

「……大丈夫だよ。君のお腹の皮膚はまだゆるくない」

「うるさい」

「大丈夫だって。君は猫じゃないから、お腹はびらびらしていない。それに、背中の羽で飛べるじゃん。肩甲骨はまだぎりぎり埋まってないし」

 びらびらとか、ぎりぎりとかうるさい人だ。
 でも私は、自分の肩甲骨を見た記憶がないし、なんだかぎりぎりという言葉がひっかかる。本当に肩甲骨が埋もれ始めていたらどうしよう。

「ねえ、広島出身なら知ってるよね? 牡蠣ってさ、食べたら太るものなの?」

「知らない」

「はあ……使える知識は持ってないのね。てかさ、さっきから止めどなく殻開けてるけどさ、あなた何個食べる気?」

「食べない。牡蠣は好きじゃない。それよりさ、もう一つびらびらの話していい?」

 これ以上殻を開けられるとマズイので、私は彼を肘で吹き飛ばしておいた。
 まあ、殻を開けてしまったものは仕方ない。この皿の上の牡蠣は、私が全部食べてやる。




 
 

(おしまい)  

僕の書いた文章を少しでも追っていただけたのなら、僕は嬉しいです。