メンタルバランス知ってて良かったこと
一枚の紙をクシャクシャに丸めて広げて見せる。
「見てよ。一回クシャクシャにしちゃったら、絶対元に戻らないんだよ!みんなの心もおんなじ。一回悲しい言葉言われたら、もうその言葉はずーっと消えないんだよ!」
お友達の悪口を言っちゃった子どもには、必ずやって見せていたりする。
いくら「ゴメンネ」を言ったところで、悲しい言葉を言われた場面はきっとココロのどこかに残ってしまう、そう思うから。
昨日、とっても辛い話を聞いた。
学校の先生が放った、精一杯頑張った子に対しての「ほらやっぱり」
その子が発達障害あるなしに関わらず、(いやいや、あったら逆に余計に)その言葉を子どもに言ってしまうのはどうなんだ!?
特性が職員室で周知されていたのだとしたら、「やっぱり」と思えるような環境への合理的配慮はどこへ?
大人の一言って、時には子どもの人生を変えてしまう力だってあると思っている。
良くも悪くも。
活力に繋がる時もあるし、トラウマになっちゃう場合もあるかもしれない。
だって、子どもの中で言う「世界」は家庭と学校、幼稚園、保育園のコミュニティが全てだから。
その壁の向こうに何があるのかは、まだ知らない。
そんな子どもにとって、大人からの「ほらやっぱり」は、その子自身を全否定したくらいの衝撃を与えるんじゃないか?
「オワタ」
最近の子はよく言うけれど、本当にリアルなゲームオーバーになってしまわないか?
ご両親が極めて冷静に状況把握に力を注いで、先生方との話合いを進めたおかげで、お互い前向きにな結果に進んだようでちょっとホッとしたけれど。
その後、ママはお子さんからこんな言葉をもらったみたい。「ありがとう。救われた気がしたよ。」
家族が、必ず味方でいてくれるっていう事を
彼が体感する為に、この出来事はあったのか?
ご両親が改めてお子さんの事について話をする機会を与える為に、この出来事はあったのか?
メンタルバランスの知識を少しでも持っていると、辛い辛い体験にも色々な視点や角度で見ることが出来るから、ハッとさせられる気づきがやってきて、救われたりする。
「きっとこの体験にも必然な何か意味があるはず。」
そう思えるから、前に進める。
色々悩んで腹立てて。
「人間やってんなーw」と言いながらも前へ前へ。
みんなで進も☺️