「普通」に僕はアタフタする
僕の働く会社は、CG制作会社だ。僕の仕事はプロジェクトマネージャー。響きはいいが、要するに下請け会社の雑用だ。
ある日、懇意にしていただいている会社から、Vtuberのデザイン作成依頼があった。
依頼内容は「電車がモチーフでボーイッシュ」それ以外はお任せだった。
数日後、社内のデザイナーさんが、キャラクターを仕上げてくれた。
僕はそのキャラクターがとても大好きになった。
文句ない、完璧な造形だった。
そのキャラクターは、銀河鉄道999の車窓さんをモデルにしていた。
ショートボブに、制帽を目深にかぶり、ぶかぶかの駅員服を上着だけ。
スラリと伸びた生足には、白いハイソックスを履き、エナメルの靴を履いていた。
僕は、自信満々でクライアントにデータを送信する。
ほどなくして、電話がかかってきた。相手はクライアントだ。
「うーん、ちょっとイメージが違うんだよね。ボーイッシュでも髪は長い方がいいと思うんだ」
よくあることだ。
僕は、デザイナーさんと一緒に、クライアントのリクエストを、噛み砕く事にする。
「長めの髪を、帽子にいれているのはどうだろう。そして、サイドだけ耳からたらしてさ」
帽子からはみ出した髪の束が、胸元にまで伸びる。
ゆれる髪が、キャラクターに動きを与える。
髪をアップにして剥き出しになった首元のうなじが、たまらなく艶かしい。
僕は、今度こそ自信満々でクライアントにデータを送信する。
すぐに、電話がかかってきた。
「言っている意味わからなかったかな? もっと普通に考えてよ。
色気がないんだよ色気。なんで色気ある服着せないの?
あと帽子じゃまでしょ? 普通に考えて」
僕は、再度デザイナーさんと一緒に、クライアントのリクエストを、噛み砕く事にする。
「とりあえず帽子はあきらめて、制服のボタンを全部外して全開にさせようか。制服の下は、セパレートのスポーツウエアで」
僕は、3度目の正直で、クライアントにデータを送信する。
すぐに、電話がかかってきた。
「だからぁ、駅員の制服はいらないんだよ! なんでわかんないかなぁ。
あと、もうちょっとカラフルにするでしょ。普通」
僕は、困惑する。ついに、クライアントに質問を返した。
「あの・・・電車のモチーフはどこに入れればいいでしょうか?」
「持つでしょ普通。電車」
僕は、デザイナーさんに平謝りしながら、キャラクターを作り直してもらう。
完成したのは、自撮り棒のかわりに、東海道新幹線の新型車両「N700S」を持ったフワちゃんだった。
僕は、クライアントにデータを送る。
すぐに、電話がかかってきた。
「そうそうこれこれ。いや〜、今回はヒヤヒヤしたよ。
全然普通に作ってくれないからさ。」
僕は電話越しに、ペコペコしながら、デザイナーさんに目配せする。
デザイナーさんは、ため息を着きながら、PCの電源を落とし、足早に会社を出て行った。
僕は、電話を切って、すぐにPCに向かった。
ディスプレイを、初稿で提出したVtuberのキャラクターに差し替える。
デビュー前のフワちゃんは、ディスプレイの中で、控えめに恥ずかしそうに微笑んでいた。
普通の女の子だった。