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【連載小説】 ともだち Chapter5
Chapter4 はこちらです↓
綾人の指導のおかげで、加賀はゲームセンターを満喫していた。
右半身が麻痺した以前の体では、できるゲームは限られていたため、ゲームセンターまでわざわざ足を運んで遊ぶことはなかった。何度か付き合いでクレーンゲームで遊んだことはあったが、一人でゲームセンターに来るのは初めてだった。
ゲームセンターに到着したのは、10分ほど前。到着後すぐ、綾人のアドバイスで財布の中を確認した。100円玉がほとんどなかったため、両替機で千円を両替した。
『使いすぎないために、最初にいくら使うか決めな。決めないと、あっという間に数千円飛んでいくから。』
綾人の経験者のような口ぶりに、加賀は思わず微笑んだ。すっかり気を許して自分のことを話してくれる綾人の姿勢も嬉しかった。
「了解。この両替した千円と、最初から入っていた百円玉3枚までしか使わないことにする。」
『よし!じゃ、何にする?何かやりたいゲームってあるの?』
自分がやるのではないのに、嬉しそうな綾人の声が頭の中に響いた。「うん」と言いながら加賀は目的のゲームを探すために店内をキョロキョロと見回した。
『見つかった?』
「いや…」
『この店にはないのかな。他のところ当たる?』
「いや、これだけ大きかったら、絶対あると思うんだけど…」
そう言いながら加賀は店内の奥の方に進んで行った。この時間帯は混雑はしていないが、学校終わりの学生が多いのか、同じぐらいの年頃の客ばかりだった。
しばらく辺りを見回しながら店内を進むと「あった!」と言って、加賀は小走りに太鼓のゲーム機に向かった。このゲームは康太が得意で、得意げに披露する彼の姿を見て羨ましく思っていた。
『太鼓のゲームがやりたかったの?』
「そう。もしも自由な右腕があったらやってみたいなぁって思ってた。やり方、教えてくれる?」
『もちろん。』
綾人は快く、加賀にやり方を教えた。コインを入れて、曲を選んで、難易度を選んで。そこまではすぐに理解してできるようになった。
しかし、実際のプレイはなかなか思い通りに行かなかった。動きづらい右腕の動かし方は、自由に動く右腕を動かすのとは勝手が違った。
昔の体の右腕を動かす方法が染み付いていた加賀にとっては、普通に右腕をリズミカルに動かすということを難しく感じた。
「なんか、小刻みに同じように動かすって、自由な右腕でも難しいね。」
『まぁ、そりゃそうじゃね?簡単にできるもんなら、ドラマー、職業んならないっしょ。』
加賀は、綾人の気の利いた返しが嬉しくて思わず笑顔になった。
お互いの気持ちの深い部分を見せ合ってから、本当の綾人は饒舌なタイプだったのだと、加賀は気づいた。初めの頃、綾人が『オレ無口な方だから』と言っていたのは、抑圧された環境で過ごしていた習慣のせいで本人すら勘違いしていて、言いたいことを自由に言えない毎日を送っていたせいだったのだろう。
『ねぇ、暁人。この曲知ってる?』
「ああ、ちょっと前に流行ってたね。」
『これならゆっくりだから、初心者レベルにしたら、打てるんじゃね?』
「よし!綾人おすすめ試してみよ!」
綾人が頭の中で、『今だ!』『そこで!』『いいよ!』『うまい!!』など、加賀のプレイの随所随所で声をかけてくれるのが励みになり、彼はゲームに集中すると同時に没入状態になっていた。『上達早いよ!』という綾人の励ましの声に気をよくし、更には一緒にゲームを楽しめている感覚が嬉しくて「ああーしまった!」「あと少し!」など、心の声も外に漏れ出すようになった。
次第に綾人に語りかける声も気づかないうちに大きくなっていった。『あともう少し!集中切らすなよ!!』加賀にかける綾人の声も、コーチのように熱を帯びていた。そして最後、加賀は「仕上げ!!」と言わんばかりに最後の一打に両方のバチを思い切り振り下ろした。“ドンッ!“
『やったよ!スッゲー!!!初心者レベルマスター!完璧じゃん!』
「ヤッタァーーー!綾人ありがとー!!」
上がった心拍数と体の火照りによる高揚感、心地の良い達成感で加賀はバチを持った両腕を高らかと掲げた。
綾人は加賀と一緒にプレーしている気持ちになっていた。ジャングルジムの時には恥ずかしがっていたが、今では加賀の行動を制することもせず、一緒に喜んだ。頭の中は、綾人の興奮と加賀を讃える声で満たされていた。
一人なのにも関わらず、誰かと遊んでいるかのようなリアクションをしている男が、他の利用客の目には不気味に映っていた。加賀の周りのゲーム機で遊ぶ客は誰もいなくなった。
その代わり、少し離れた場所から、複数の客が加賀の姿を警戒するように注視し始めた。店員達も加賀を遠巻きに囲うように立ち始めていた。しかし、当の加賀と綾人はそんな状況に全く気づくことなく、興奮しながらゲームに集中していた。
もう一曲クリアでき、おまけのもう一曲を選べるモードが発動した。
「綾人、次どの曲がいいと思う?」
加賀は綾人に話しかけた。そのつもりだった。しかし、突然隣の台に誰かの気配がしたかと思うと「これ!」と言ってその人は勝手に曲を選曲した。
その人は加賀のことを見ていたのか、何も彼に確認しないまま、レベルは初心者を選択した。そして、バチを両手に持ち、足を肩幅に開いて、プレイする気満々の様子で曲が始まるのを待っていた。
『誰?暁人の知り合い?」
少し警戒するような綾人の声が頭の中に響いた。問いかけに対し、加賀は無言で首を振って答えた。今まで彼女を見た記憶すらなかった。
突然現れたプレーヤーに加賀は混乱しながらも、彼女と同じように立ち、曲が始まるのを待つことにした。すると、その人は突然話し始めた。
「どっちがプレイするの?暁人くん?それとも綾人くん?」
曲が始まったが、バチを動かすのも忘れて唖然とした表情で加賀は隣の人物に顔を向けた。そこには、長い黒髪を後ろにポニーテールに束ねて、モニターを生き生きとした目で見つめながらバチを振っている女性の姿があった。
「僕らのこと、わかるんですか?」
加賀はプレイそっちのけで彼女に話しかけた。相手が何を考えているのかわからなかったが、この綾人の体を乗っ取ってしまっているような状態に何らかのアドバイスをくれるかもしれないという希望の光が見えた気がした。しかし、基本的に人間不信な綾人の方は動揺した。
『暁人、やばいよ!オレの声聞こえてる!』
すると、その時突然、加賀は胴を後方に引っ張られるような感覚から、引き倒され尻餅をついた。加賀は、自分の意思とは関係なく突然起きたことに驚いたが、綾人も同時に驚いていた。綾人は後ろ方向に逃げようと強くイメージしたのだ。
加賀は少しだけ、何が起きたのか頭の中で冷静に考えてから、少し嬉しそうに微笑んだ。
「綾人、この体、動かせたんじゃない?」
『そう…かも…』
すると、隣でプレイしていた女性がバチを片付けてしゃがんだ。そして、加賀の方に手を差し出した。
「大丈夫?怪我しませんでしたか?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
そういうと加賀はその人の手を借りることなく立ち上がった。その様子を見て、彼女も立ち上がった。
「私は、柊美月といいます。主導権は暁人くんが握ってるのね。綾人くんもよろしく。」
彼女は綾人のことも気遣って声をかけた。綾人の返事はなかった。緊張と警戒で言葉がでないのだろうと加賀は理解した。綾人が感じるかはわからなかったが、彼を落ち着けようと、加賀は右手で左胸を二回、宥めるようにトントンと軽く叩いた。
「僕は、加賀暁人といいます。ところで、綾人の声が聞こえるんですか?」
美月は優しい表情ではあるが、加賀の瞳の奥を見るようなしっかりとした眼差しで見つめ、頷いてみせた。
「聞こえる。」
そこへ、突然璃玖が二人に近づいた。そして、美月の耳元に口を近づけ「おい、こちらへ来るぞ。どうする?」と、警察がやってきたことを美月に告げた。美月は小さく、「ありがとう。」というと、加賀に顔を向けた。
「突然だから、判断に困ると思うんだけど、あなた達の状況は警察じゃ解消できない。だから、私に任せてくれるかな。」
「綾人、いい?」
暁人は綾人に確認するために話しかけたが、綾人は自分の声が美月に聞こえていることを警戒しているのか全く言葉を返さなかった。判断を暁人に任せるという意思表示でもあるだろう。
暁人はもう一度確認するため、美月に目を向けた。素直そうでまっすぐな瞳、人懐こそうな笑顔、そこから導き出される印象は、他人に何か不利益をもたらすような人間には見えなかった。しかし、彼は、彼女の隣にいる黒髪でガタイがよく背の高い、用心棒にも見える男の存在が気になった。反社会的組織の人間のようには見えないが、十分、警戒に値するほど、圧を感じる雰囲気を醸し出していた。
美月は、困ったような表情を浮かべて、璃玖と暁人を見比べるように視線を交互に向けた。
「ああ…暁人くん…この男が気になる?」
「はい…」
「大丈夫。私の保護者だから。」
「お前なぁ…」
保護者と言われたその男は不満そうな表情をしながら美月を睨んだ。「だって、名前はほら、人には教えられないじゃない…」彼女は小声で璃玖を説得にかかった。
天狗である璃玖は人間に名前を教えることはない。彼が盟約相手に選んだ特定の人間のみが彼の名を呼ぶことが許され、彼の力を得ることができる。もちろん、その人間が彼の名を口外することも許されない。
その時、少し物々しい雰囲気が三人の元に近づいてきた。警察官であることがわかると、加賀は後退りを始めた。その様子を見た美月は、それを静止するように掌をそっと上げて、加賀の方に向けた。
「大丈夫。私に任せて。ね!あ、ところで、未成年ってことで大丈夫かな?」
彼女の明るい表情に安心感を覚え、加賀は彼女の両目をしっかり見たまま、真剣な顔をして小さく頷き「十六歳です」と一言答えた。
「不審者情報に一致すると思われる人はこっちです。」
そう言いながら店員が二人の警察官を三人のところに誘導してきた。すると、美月は加賀の前に出て警察官に笑顔を向けた。
「こんばんは。すみません、ご足労いただいてしまって。」
「いえ、あなたは?」
「この子の連れです。」
「どういうご関係ですか?」
「ハトコです。」
二人のうち、一方の警官が怪訝な表情を浮かべて美月を見た。美月は警察官の質問に答える形で、夕方彼と待ち合わせをし、近くのスーパーで買い物する間、ゲームセンターで待っていてもらったと説明した。彼には、自由奔放で天真爛漫なところがあり、あまり周りを気にせず、自分の中にいる友達と話をしてしまう傾向があるとも伝えた。
「今日はこの辺で不審者の目撃情報が多く寄せられてましてね。先ほど、こちらの店舗内に似た人物がいるとの通報がありまして…」
「…なるほど」
美月は眉根を寄せ、一瞬だけ後ろをチラッと見た。不安げだがまっすぐ見つめる加賀の視線を確認した美月は、おそらく彼のことなのだと察した。しかし同時に、やましいこともないと確信し、彼女はすぐに冷静を装って微笑んだ。
「どんな通報がされているんですか?」
「ええと、具体的には…ジャングルジムの上で不自然な行動を取っていたり、ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていたとのことです。実際に、通報者からは『子どもが怖がった』という声もありましてね。」
「そうですか…」
美月は表情を曇らせながら、顎に手を置き俯いた。警察官の話を聞きながら、この場を凌ぐ打開策を考える必要があった。不審者の目撃情報が多数上がっているとなると、この場から簡単に解放されるとは考えにくかった。
「で、服装や特徴があなたのお連れさんに似てるんですよ。」
「…服装…?」
「ええ。黒のパーカーにジーンズ。手ぶらでパーカーを頭に被っていると言うのが共通の情報としてあがってまして…。」
警察官が言っているのは、明らかに自分のことだろう。少し派手に行動しすぎたことを今になって加賀は悔やんだ。美月に伝えれば、おそらく助けてくれるだろうが、警察官が目の前にいる今、彼らに気づかれることなく、彼女にどう伝えたらいいものか。加賀が考えていると、突然、声が美月に語りかけた。
『全部話すから、助けて!』
綾人だった。今まで誰かの力を頼ろうと思ったことがなかった。自分の話など、誰も耳を貸さないと思っていた。しかし、暁人にだけは迷惑をかけたくない。その一心で、彼は自分を奮い立たせ、必死に声を絞り出し、震えながら早口で美月に語りかけた。
『暁人はオレを守ろうとしてる。警察より先に、まずは、あんたに聞いてほしい!』
加賀は周りに聞こえないように「ありがとう。」と小さく礼を言いながら、右手をそっと左胸に添えた。
美月は綾人の言葉で方向性を固めた。『警察より先に』と彼は言った。それは、警察に対して抵抗がない、つまり後ろ暗いことはないと解釈できる。そう判断した美月は、にこやかな笑顔を警官に向けた。
「でも、この子が周りに危害を加えることはないと私が保証します。」
美月の態度に警官たちは一瞬目を合わせた。
「とはいえ、本人確認が必要です。」
「彼は今日は身分証を持っていませんが、私のもので代用できますか?彼は未成年ですし、何かあれば私が保証人になってかまいません…」
そう言って、美月は身分証を差し出したが、警官のひとりが少しだけ首を傾げた。
知り合いの巡査の話はもう少し最終手段として取っておきたかった。しかし、美月はここで切り札を切ることに決めた。
「あと…後ろ盾と言っては何ですが…立山署の刑事課の香夜巡査とはプライベートでもお付き合いがあります。」
「刑事課の香夜巡査?」
「あ、写真あります!」
そう言って、美月は二人で出かけた時に一緒に撮った写真を開いて二人に差し出して見せ、何カットかスクロールしてみせた。すると、もう一方の警官が『気付いた』といった風に、明るい表情になった。
「ああ、わかった。彼女、二年前まで東町交番に勤務していた人ですよ。」
「もしも、後で何か発覚して、確認したいことがあれば、彼女を通してご確認いただくこともできるかと思います。」
「そう言われてもねぇ」と言って警官の一人が考えるように二、三回頷くと、もう一方が「どうします?確認しますか?」と、声をかけた。すると、綾人の声が美月に語りかけた。
『香夜さんに電話するなら、308って伝えて。オレら、病院にいたの。今日308から抜け出して…香夜さん担当刑事さんで…だから…多分、オレらだってわかるんじゃないかな…』
それを聞き、美月の表情は明るくなった。
「確認しましょう!それが一番早いです!電話は私のスマホが信用できないのなら、そちらの方から電話をかけていただいて、私に代わってもらっても構いません。」
すると、警察官の一方がすぐに、連絡を取るために無線で誰かと話し始めた。
香夜と土井は病院の自動ドアから出て車に向かって歩いていた。308号室の男が失踪した経緯についての聞き取りと、部屋の取り調べを終え、指紋や毛髪などの採取は鑑識に任せて二人は揃って病院を後にした。時間はまだ17時を回ったところだったが、既に日は落ち、空は真っ暗だった。
駐車場に停めてある車に向かう間に喫煙エリアを見つけた土井は「ちょっと一本だけ。」と言って香夜を見た。
「じゃ、外で待ってます。」と彼女は笑顔で答えた。そして、喫煙エリアの横に置かれたベンチに腰を下ろし、飲みかけの緑茶のペットボトルを取り出して口をつけた。ふっと白い息が漏れ、闇に解けていく。
しかし、一分もしないうちに、土井がタバコを咥えたまま渋い顔で喫煙エリアから出てきて、香夜にスマホを差し出した。
「お前にだって。ちょっとオレ、続き吸うから、話終わったら、そのまま持っといて。」
そう言って、彼は足早に去って行った。香夜は怪訝な表情を浮かべながらスマホを耳に当てた。
「はい、刑事課、香夜です。」
「お疲れ様です。すみません、お忙しいところ。突然ですが、柊美月という人ご存知ですか?」
香夜は目を見開いた。なぜ美月の名前が突然出てくるのだろう。また何か事件に巻き込まれたのだろうか。香夜は不安な気持ちを抱えながら恐る恐る口を開いた。
「はい。親しい友人ですよ。彼女、どうしたんですか?」
「本日、複数寄せられている不審者情報に一致する人物と一緒でして、身内だそうなのですが…」
「身内?」
すると、電話の遠くから「代わってください!説明します!」という声が聞こえてきた。美月らしいといえばそれまでだが、あまりに必死な声に香夜は苦笑いした。
「聞こえましたか?本人はこう言ってますが、代わってもいいですか?」
「はい、もちろん。」
香夜が答えるや否や、待ってましたと言わんばかりに、大きな美月の声がスマホから飛び出してきた。
「ごめん、雅さん!お仕事中に。しかも土井さんのスマホですよね?」
「いや、いいんだけど、なんで土井さんにかけたの?番号知ってたっけ?」
「知ってるわけないじゃないですか!私は、香夜さんと知り合いだと言ったんです。でも、なんか疑わしいと思われたのか、相棒の土井さん承認してからみたいな流れになりまして…」
香夜はその光景を思い描いて吹き出した。慌てている上に、狼狽えた声の様子から、美月の置かれている状況が目に見えるようで気の毒には思ったが、彼女のいつもの一生懸命な様子を重ね合わせるとなぜだか微笑ましい光景にも思えた。
「なるほど。で、今、不審者と一緒なの?」
「はい、そうみたいなんです。服装とか行動が一致してるとかで。」
「今日多く寄せられているというと、黒のパーカーでジーンズの?」
「はい。」
「身内なの?」
「ええ。」
香夜はピンときて、目を細めた。美月が「はい」と答えるところを「ええ」と答えるときは、訳ありのサインだ。警官に伝わらないような方法で何かを伝えたいのかもしれない。
「これからどうするの?」
「これから駅前のファミレスに行こうと思ってたんですが、足止めを…」
「ファミレス?」
「はい…久しぶりに会ったんですけど、彼らが話を聞いて欲しいって。」
「彼ら?」
「ええ…弟が…後から…」
「なるほど…」
少し歯切れが悪くなった様子からここにも何かあると感じた。もしかしたら、美月の特殊能力関係の案件なのかもしれない。香夜はニヤリとした笑みを口元に浮かべた。科学では説明できない現象に、眉を顰める同僚も多い。だが香夜には、自分に見えない世界を見ることができる美月と行動することに心踊るのだ。
「もしかして、天狗がらみ?」
「はい!そうです!」
美月は嬉しさでつい声が大きくなった。話が早くて心強かった。香夜の柔軟な頭がありがたかった。『天狗がらみ』とは、別に璃玖が関わっているわけではないが、こういった超常現象や心霊現象ようなものが絡んでいる話をする際の、二人の間の隠語のようになっていた。
「わかった。私どうしたらいい?」
「申し訳ないんですが、できたらここに来て、私たちを預かってもらえませんか?お礼に…数字を当てる宝くじで308選んで当たったんで、もしよかったら、お礼にファミレスで奢ります。」
「え?308!?」
綾人の言った通り、香夜は気づいたようだった。美月はうれしくなり、声が高揚した。
「はい!当たりました!」
「了解。本当に私も同席していいの?」
「もちろんです!」
香夜は目を見開いた。308などという中途半端な番号をあえて言ってくるなど、理由がなければあり得ないだろう。香夜が担当している病院入院中の身元不明男性の案件関連に違いない。308号室に入院していて、今日失踪した男と美月が一緒にいると香夜は確信した。名前など、彼に関する情報をいち早く聞きたい気持ちもあったが、おそらく、美月がうまく引き出して後で教えてくれるに違いない。香夜は質問をグッと心の中に押さえ込んだ。
「じゃ、土井さん戻ってきたらすぐにそっち向かうからもうちょっと待って。」
「はい。」
「じゃ、電話の持ち主に変わってもらえる?私と土井さんが向かうって伝えるから。」
電話が終わって程なくして、「悪い悪い」と言いながら土井が戻ってきた。香夜は笑顔で彼を迎えると、「土井さん。果報が転がってきました!」と嬉しそうに今の電話の内容を土井に報告し、二人は出発した。
香夜が来てからのやり取りは至って簡単だった。美月たちは数分もしないうちに解放され、警察官を見送った後、美月は周囲の野次馬に何回か小さく会釈をしてから、加賀を促して、一緒にゲームセンターを出た。
「じゃ、電話の通り、ファミレスに行きましょう!」
「助かりました。ありがとうございます。」
加賀は礼儀正しくしっかりと頭を下げて美月や香夜、土井に礼を言った。美月は「気にしないで」と言いながら、加賀の肩に手をおいた。
「こんな複雑な状況の話聞ける人間、そんなにいないと思うから、頼っていいよ。」
「すみません、何から何まで。」
「そうだ…綾人くん、308の情報ありがとう。あれのおかげで雅さんすぐに動けたから。ね、雅さん!」
そういうと、美月は満面の笑みを香夜に向けた。しかし、香夜に綾人の声は聞こえない。なんと言葉をかけていいのか分からず、香夜は笑顔だけで美月に応えた。
「それに、綾人くんが『警察より先に』って言ってくれたから、警察に話をする前提なんだって思えて、私も警察の人たちに気兼ねなく話ができたからよかった。ありがとう。」
「…」
綾人は何も言葉を返さなかったが、加賀の頭の中に何か温かいものが広がるような感覚を受け、綾人が悪い気はしていないのだと理解し、彼は微笑んだ。
「僕から言うのもなんですが、多分今綾人、すっごく嬉しがってます。」
すると、一言『余計なこと言うなよ!』という恥ずかしそうな声がどこからともなく美月と璃玖にも聞こえた。それから和やかな空気が皆の間に流れ、一行はファミレスに入ろうとした。すると、そこで、香夜が土井と立ち止まった。
「私たち、報告書とか、いろいろあるので、これから一度署に戻ります。ね、土井さん。」
「ああ…」
警察の人間がいない方が話しやすいだろうという香夜の気遣いだった。美月が香夜の目を見ると、『信じてるから』とでも言うかのように、香夜は優しい表情で頷いて見せた。美月は『任せて』というように小さく頷いて応えた。
「美月ちゃん、後、よろしく。報告待ってる。遅くなったら大変だから。明日でもいいけど、できれば明日中にどこかで時間をもらえると嬉しいな。」
そういうと二人は、手短にみんなに挨拶をし、夜の雑踏の中に消えていった。二人の姿を見送ると「じゃ、いっぱい食べよう!」と言う美月の掛け声で、一行はファミレスに入って行った。
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