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聖なる夜の小さな事件【ショートショート】
シャンシャンシャン。シャンシャンシャン。
重厚感のある鈴の音色が、23時過ぎの虚空に響いた。その鈴声〈れいせい〉に、警官の「はーい、止まってください」という冷静な声が続く。
察しのいい男は、警官が自分を呼び止めていることにすぐに気が付き、その場に停止した。まあ、他に周りを走行している者は居なかったから、彼でなくても察知できただろうが。
ほどなくして、男のもとに警官がやって来た。
「はーい、こんばんは」
「こんばんは」
「なんで止められたか、あなた分かるよね?」
「はい。おそらくスピード違反ですよね」
男の予想は的中した。
「そう。どれくらい超過してたか、分かる?」
「ええと、30kmくらいでしょうか」
「うん。だいたいそれくらいだけど、今回は40kmオーバーね」
「そうですか」
その返答に、警官はため息交じりに返す。
「そうですか、じゃないよ。ここの制限速度、何kmか分かってます?」
「ええと、250kmでしたっけ」
「そう。時速250kmね。分かってるんだったら尚更だよ。これがルールなんだから。守ってもらわないと困りますよ」
「すみません」
「そしたら、免許証出して」
警官に促され、男は真っ赤なコートの内ポケットから、免許証を取り出した。そこに書かれている文字に、警官が目を通していく。
「えーと、香川さんね」
「はい」
「一回帽子脱いでもらってもいいかな」
男は素直に指示に従って、お気に入りの真紅の帽子を外した。その顔とカードの写真とを交互に見比べていた警官は、「うん」と頷いてから、男に免許証を手渡した。その前に黄色いシールを貼ったことは、言うまでもない。
「これまでに違反はないようだから、これくらいにしといてやるよ」
「ありがとうございます」
「一応伝えておくけど、もう一回イエローシールを貰うとマズいのは分かってるよね?」
「はい、もちろんです」
「別の手段での移動が大変なのは知ってるからさ。免停にならないように気をつけてくださいよ」
「すみません。ありがとうございます」
「まったく、頼みますよ。この時期にあなた方を止める私の気持ちにもなってみてくださいよ、本当に。あなたを待ち焦がれている子どもがいるのを知ってて、それでもルールの下で裁かなければいけない立場なんですから。去年の石川さんの時なんかは、かなり時間がかかってしまってね。日をわずかに跨いでしまって、後から『かなり大変だった』という声も聞いたし。そんな話はいいんだよ。ほら、もういいから出発してください」
「ありがとうございます」
そう言って、男は帽子を深く被り直した。警官が立ち去るのを見届けてから、トナカイたちの背中を両手でゆっくり撫でる。
「ごめんよ。だいぶ待たせたね」
申し訳なさそうな彼の声に、「全然問題ないですよ」と2頭の相棒は思った。思っただけなので、それが男に伝わったかは分からない。が、もう30年以上の間柄である。言葉が無くとも、互いの言わんとしていることは理解できた。そういう固い絆の元、この特別な日を一緒に過ごしているのだ。
「よし。じゃあ行こうか」
そう呟いた男は相棒と共に、雪と星が降る大空を大急ぎで駆けていった。
目的地の香川に向かうまでの道中、法定速度に気を配ったことは、付け加えるまでもなかろう。
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