ピアニスト渡邊智道氏のショパン
わたしの大好きなピアニスト渡邊智道さんが、ショパンのピアノ協奏曲第1番を故郷の別府で弾くということで、聞きに行きました。
4年ぶりの別府市民フィルハーモニア管弦楽団との共演です。
オープニングの行進曲「べっぷ」も、明るくて颯爽とした感じがとても気持ち良くて、良かったです。
その後、ピアノが用意され、智道さんが登場しました。
1番前の列でピアノの底を見上げながら、かぶりつきで聴きました。
いや、なんというか、こんなすごいショパン弾きは今まで見たことありません。
智道さんのショパンを聞いていると、生まれて初めてショパンの気持ちが、
痛いほど分かった
理解できた
気がしました。
自分勝手な思いかもしれませんけれど。
ポーランドの春らしい風景、秋の風景、季節の移ろい、風、街の風景が感じられました。
愛しい人への思い、ポーランドへの哀愁、何かへの嘆きなども。
ショパンの人生そのものが見えてきたのです。
その時代を生きているショパンが見ているであろう風景でしょうか。
映画のように。
ああ!
智道さんは「ショパンの代弁者」なのかもしれません。
ショパンの伝えたかったことを、ピアノを通じて伝え継いでいるだけなのだと。
音楽というのは、本来は、そうあるべきなんだな、と。
智道さんは、体は揺らさず、顔で表現もせず、飄々と弾いているのです。
でも、その姿から紡ぎ出す音は、繊細で美しく、物語を語っているかのように、心に届きます。
詩のない曲を歌っているかのように美しい。
こんなショパン弾き、他にいますか。
時々、舞台で、個性を発揮する演奏者、自分の感情を爆発させる演奏者、自分の音に酔いしれる演奏者がいますが、違いますね。
舞台は、作曲家の思いを伝える場所なのですね。
やっとわかった。
思い起こせば、3年前、ショパンコンクールの舞台を動画で見ましたが、個性を発揮する場所のような感じでしたね。
コンクールだから自分をアピールしないと残れないのでしょうけど、ショパンの思いを伝えてた方いたかな。
そう思うと、智道さんのショパンは、最もショパンらしい、というか、ショパン自身が弾く演奏だった、のではないかと思いました。
本当に、本当に、素晴らしい演奏会でした。
アンコールでは、ドヴォルザークの「ユーモレスク」をピアノソロで弾いてくれたのですが、これがまた、こんな、弦楽器より繊細な音がピアノで出るのか!というくらい、繊細な音で弾いていて、ため息が出ました。
ドヴォルザークは、なんて素晴らしい曲を作ったのでしょうね。
これですね。
作曲家の素晴らしさ、作品の良さを観客に伝えるのが、演奏者の仕事、演奏会のあるべき姿ですね。
音楽においても
人生においても
いろんな意味で
勉強になりました。