Manual for Chess Trainers: Step 1
はじめに
このシリーズ(?)では、Rob Brunia氏、Cor van Wijgerden氏によってオランダの地で生み出されたStappenmethode(ステップメソッド)をベースにしたチェスの教え方をまとめていこうと思います。
Stappenmethodeとは?
Stappenmethode(ステップメソッド)はチェスの教則で、基本的にはそのメソッドに則って作られたワークブックのことを指します。オランダのチェス連盟に公式の教え方として採用されていて、オランダのクラブや学校でチェスをする人は全員知っているといってもいい、定番中の定番。初心者からグランドマスターまで、どんなレベルのプレーヤーでも取り組めるように難易度のレンジも広く、今年の Tata Steel Masters (Wijk aan Zee)で優勝した Jorden van Foreestだって使ってますよ!
世界の様々な言語に翻訳されていて、オンラインチェスサイトの基礎レッスンコースなども、ステップメソッドをモデルにしているなーと感じるものがあります。日本チェス界ではあまり知られていないようですが(単に名前が出てこないだけかも?)、以前、女流棋士の北尾まどか先生にご紹介した際には、素晴らしい!と大好評でした。
このメソッドを使って子どもたちにチェスを教える際に必須となるのが「教則マニュアル」。はっきり言って、このマニュアルがなければ、教則(ワークブック)の力を発揮できないと言ってもいいでしょう。
子どものチェスの発達に関する予備知識、レッスンの構成の仕方、ミニゲームの紹介や各単元の解説...。クラブや学校はもちろん、子どもにチェスを教えたいという保護者が、子どもと一緒に学んでいく、といった使い方もできます。200ページ以上にわたるこのマニュアルを読めば、理論上、誰でもチェスが教えられるようになっているのです。
「チェスを教えてと頼まれたけど、ルール以外に何を教えたらいいんだろう?」と悩んでいるチェスプレーヤー、家で子どもと一緒ににチェスを学んでみたい人(もしくは教えたい人)、学校でチェスを教えてみたい先生などにはぴったりの内容です。
まずは初心者(子ども)が駒の動きとルールを完璧にマスターすることを目的としたステップ1*の内容を中心に、マニュアルの要素を抜き出しつつ、私の経験や考え方も交えながら、体系的なチェスの教え方を紹介していきたいと思います。
* ステップ1では、チェスを遊ぶために必須のルールと基礎スキルを、15のレッスンを通して学びます。
ステップメソッドが大切にしていること
[...] it is utopian to believe that beginners will discover all the rules, concepts and skills on their own. The opposite is true. We need to explain new knowledge explicitly, to say how it works and what to do and how.
「チェス = 自ら論理的に考える力を養う」というイメージを持っている人は多いでしょう。そのことからも、子どもにチェスを教える人の中には、実践から自ら問題を見出し、解決策を考えさせるのが良いと、敢えて指導を最低限に留める人もいるかもしれません。
しかし、ステップメソッドでは指導があってこそ学習の効果を最適化できるとし、練習やプレーといった実践に頼るより大きな可能性を引き出せると強調します。
知識としての長期的な記憶と、局面ごとに思考判断をする力。チェスにおいては、この二つの要素が相互作用することがとても重要です。良いチェスプレーヤーは豊富な知識があるため、それほど考えなくても良い手を指すことができます。チェスの知識がない人は、その場の思考判断に頼り切っている状態で、パターン化や指し手の自動化ができていません。
学んだことを長期的な記憶にするためにも、理由付けされた指導と、何を学んだのかというプロセスを経ることが重要なのです。
また、チェスの初歩的な教材はシンプルで簡単そうに思える要素が多いので、さっさとこなして難しいタクティクスやオープニングといった内容に移行する人も多いかもしれません。吸収のはやい子どもに教えるときなど、つい先へ先へと急ぎ足になってしまうこともあります。基礎的なことばかりやっていてもつまらない、というのもあるでしょう。
ただ、実際のところ、それぞれの駒の動きや安全な駒の動かし方を本当にマスターするだけでも数ヵ月はかかる、といわれています(もちろん例外はあります)。これは、子どもだけでなく、大人もです。
子どもだと、1カ月経ってもまだ駒の動きを間違ってしまうなんてことはしょっちゅうです。アプリで練習すると、駒の間違った動きは自動的に排除されるので、できたつもりになっていることもあります。
急がば回れといいますが、後々の上達をスムーズにするためには、基礎(ステップ1の内容)の習得には1年ほどかかると考えておきましょう。
次の記事では、子どもたちがどのようにチェスを学んでいくのか、子どもたちが経験する3つのフェーズについて書いてみようと思います。