ショートショート:「盆東風祭り」
【前書き】
皆様、お疲れ様です。
カナモノさんです。
今回は「秋祭り」というお題を頂いて書いた作品なんですが…。
「秋祭りってなんぞ?」と困惑しながら書いた作品です。
楽しんで頂けると幸いです。
【盆東風祭り】
作:カナモノユウキ
〔登場人物〕
・日向稔 27歳
・宮田賢治 55歳
「僕は、〝空を飛ぶ鯨〟を観た事があるんだ。」
小学校の頃、僕が稲作をしている祖父の家で経験した話。
だけどこのことを伝えても、祖父以外のみんなは信じてくれなかった。
大体は妄想好きの変人扱いで、誰もまともに聞いてくれなくて。
…悔しいな、僕は嘘を言っているつもりはないのに。
本当に見たことがあるんだ、この目でしっかりと。
入道雲をまとった大きな鯨が、東の空に泳いでいったのを。
…意地を張って中学、高校と断固としてこの話を曲げなかった僕だけど。
大学を経て社会人までに成長した頃には、この話自体をしなくなっていた。
だって、もしかしたら…本当に僕の見た夢かも知れない…。
自分の記憶にも自信を失い始めた頃だった。
七月の終わりに祖父が他界して、持ち家の権利が…何故か孫の僕に委ねられた。
遺言書には【空飛ぶ鯨を見たお前に託す。】そう書かれていたらしい。
その言葉に導かれるように、今の仕事を辞めて、この秋北斗村に引っ越してきた。
人口も少なく、見渡しても隣の家が見えるか見えないかの、絵に描いた様な田舎だ。
荷ほどきも終わり、祖父の家の空気を懐かしんでいた時だった。
突然庭先に知らないおじさんが立っていた。
「お前が平蔵さんの孫か。」
「あ…はい。初めまして、孫の日向稔です。」
「おう…、宜しく。」
「あの、どちら様ですか?」
「平蔵さんと一緒に仕事していた、賢治だ。」
「賢治さん…、あの宜しくお願いします。」
「お前、平蔵さんの畑引き継ぐのか?」
「え、まぁそのつもりですけど。」
「…よし、着いて来い。」
不愛想で如何にも昭和の男な感じのこの人は、引っ越してきて間もない僕に、草刈りを叩きこみ始めた。
…まだ引っ越して初日なのに、何考えているんだこの人。
「不服そうな顔している暇あるなら、草刈れ。」
「…はい。」
「お前たちの家族が、誰も平蔵さんの仕事しねーから、こっちは迷惑していんだ。キビキビ働け。」
「…すみません。」
何だよ!そんなの知らないよ!…って思ったけど。
賢治さんは何だか祖父に似ていて、直ぐに受け入れてしまった。
ぶっきらぼうで、実直な雰囲気のある背中に、面影を感じた。
「よっし。今日はここまでだ。」
「…お疲れ様でした。」
「…明日は午前中からだ。迎えに来るから、待っていろ。」
「え!?…分かりました。」
僕はゆっくりする間もなく、畑仕事の手伝いを連日行っていった。
賢治さんとは時に会話することはなく、一週間が過ぎた。
「ふう…。」
「おい、稔。」
「はい!何ですか?」
「この後、暇か?」
「…はい、何もないですけど。」
「よし。飯、食いに行くぞ。」
その夜、賢治さんに連れられて村で唯一の居酒屋に行った。
「稔、盆東風祭り(ぼんぼちまつり)に参加するか?」
「…何ですかそれ、ぽんぽち?」
「盆東風だ。秋の恒例行事でな…夏収めと豊作祈願すんだ。」
「ごめんなさい、豊作祈願は分かるんですけど…夏収めって何ですか?」
「…お前、平蔵さんにガキの頃〝空飛ぶ鯨を見た〟って言ったんだよな。」
「あぁ…はい、言いました…けど。それ何か関係あるんですか?」
「それ、嘘じゃあねーんだな?」
「…ハイ。」
「なら、お前も参加しろ。」
「…分かりました。」
と言いつつ何も分からないまま、僕は謎の【盆東風祭り】なるものに参加することになった。
それにしても、空飛ぶ鯨の話が出るなんて…どう言う事なんだろう。
二日後、僕は賢治さんに連れられて神社に向かった。
「あの…本当にお祭りあるんですか?」
「…何でだ?」
「だって、出店も無ければ提灯も無いし…。」
「…この半被来て、鳥居潜ってみい。」
渡された不思議な柄の半被に袖を通して、鳥居をくぐる…。
そこには、確かにお祭りが開かれていた…。
「…なぁ、お祭りだろ?」
「あの…、コレ何なんですか?」
「見りゃ分かんだろ。」
「分かんないから聞いているんです!何で鳥居の前と先で景色が違うんですか!?」
「…知る訳ねーだろ。俺や平蔵さんが参加するずーっと前からだからな。気にしたことなんてねーわ。」
「…でも、コレって。」
「まぁ、そう言う事もあんだよ。先ずは祭りを楽しめ。」
そう言って賢治さんは境内の奥へと消えた。
僕は言われた通り、楽しもうとしてみたけど…。
さっきまでもう秋の気配を感じていた空気とは一変、真夏のような暑さ。
澄み渡った青空と入道雲、心なしかいつもより大きい蝉の声。ここだけまだ真夏みたいだ…。
出店に並ぶのは…なんだこれ、「初夏氷」に「残暑ソバ」「綿雲」「極暑焼き」。
「虹すくい」に「夏の星てっぽう」…並んでいるのは、見たことある様でない不思議なモノばかり…。
「…何も買ってないのか。」
「いや…そう言われても。」
「初夏氷、食うか?」
そう言って賢治さんは出店でどこまでも澄んだ水色の、綺麗なカキ氷の様なモノをくれた。
「食ってみろ、美味いぞ。」
言われるがままソレを口に運ぶ。
味わった瞬間、まるで夏の始まりの様な清々しさと温かさが心に広がって。
口の中には何とも言えない美味しく切ない、昔どこかで食べたような味がして、スーッと鼻から抜けて行った。
「…それ食うと、不思議な感じすんだろ。」
「ハイ!とっても…懐かしい感じがします。」
「他のモノも、不思議なんだぞ。残暑ソバは夏の終わりみてーに人を少し寂しくさせる。綿雲食えば何か遊びたくてワクワクしやがる。全部、夏の空気の残りで作っているらしい。」
「どうやって、そんなこと出来るの?」
「…あの出店の奴らな、夏の亡霊って呼ばれていてな。あいつらはそういうことが出来るらしい。」
「…人じゃ、ないんだ。」
「さぁ、祭りはこれからだぞ。」
「何か始まるんですか?」
「これから、神輿担いで入道雲を呼ぶ。」
「…はい?入道雲を呼ぶ?」
「あぁ、着いて来い。」
賢治さんに連れられて境内の奥へ行くと、三十名以上の人が神輿の準備をしていた。
真ん中にはちょっと変わった形のお神輿…。
「あの真ん中のデカくて黄色い石、気になるか?」
「…はい、大きな宝石みたいなの…凄く綺麗ですけど。何なんですかアレ。」
「アレは雷石って言ってな、大きくなり過ぎた天災を収めた石だ。」
「台風とかってこと?」
「おう。アレがあるお陰で、夏の稲作に大きな被害を出さずに済んでいる。」
「アレで…入道雲を呼ぶの?」
「そうだ。あの中に入っている天災を、〝入道雲鯨〟に持って行ってもらうんだ。」
「え!?それって、僕が見た鯨ですか!」
「この村で見たなら、間違いなくな。…だがこの村の子供はこの祭りに参加できない。だが時折、稔と同じことを言う子供も居た。きっと澄んだ心の子供には、あの鯨が見えるんだろうな…。」
「そういえば、子供が居ない…。なんで参加できないんですか?」
「子供がこの祭りに参加するとな、入道雲鯨が降りてこないんだ。」
「なんで?」
「知らんが、きっと子供が好きなんだろう。怖がられるからな…。」
「…何か、じいちゃんみたい。」
「平蔵さんは、どんなじいちゃんだった?」
「…僕、子供の頃人見知りで、じいちゃんのこと怖がっていたんです。そしたらじいちゃん僕が来る度に自分からは近づかないけど、色々おもちゃとか用意してくれて。部屋の遠くから、僕の様子伺っては笑ってくれていて、僕が中高と虐められていた時も、手紙くれたり。…とにかく…凄く…すっごく優しいじいちゃんでした…。」
「平蔵さんな、ずっと稔の心配していたんだぞ。素直で不器用で、人と上手く馴染めないからって。だから、いつでもここがお前の居場所になる様にって。この家をお前に渡すんだって、酒呑むたびに言っていたよ。」
「じいちゃん、そうだったんだ…。」
「稔、お前が来る前に親から連絡が来たんだ。お前、会社行けなくなったんだろ。」
「…何で、賢治さんに?」
「お前が来なかったらな、あの家の管理を平蔵さんに頼まれていたんだ。
そして、稔が来たときは面倒見てやってくれと遺書にも書いていたらしい。…親からもよろしくとな。」
「…そうなんだ。」
「俺は、稔に平蔵さんみたいに優しくは出来ねぇかもしれねぇ。けど、お前の面倒は見てやれる。それにここではお前は虐められねぇし、素直に過ごしていいんだ。お前を邪魔するもんなんて、居ねえだろ。」
「……ハイ。」
「さぁ、神輿担ぐぞ。空飛ぶ鯨、もう一度見せてやる。」
「ハイ!」
村の人たちに混ざり、神社の裏から抜けるように続くあぜ道に向けて神輿を担ぎ進む。
しばらくすると、田んぼの真ん中を抜けるような道に出た。
太陽に照らされた雷石が、ゴロゴロと鳴り始めた。
「稔!もうそろそろだ!ホラ!後ろ見て見ろ!」
「え?後ろ!?」
言われた通り振り返ってみると、入道雲がひと際大きく迫って来ていて。
そのてっぺんから、徐々に鯨の顔が見え始める。
「ほら!出たぞ!あれが!入道雲鯨だ!」
入道雲は瞬く間に姿を変えて、大きな鯨になった。
悠々と青空に浮かぶ姿は、あの時見た姿そのままで、思わず僕は声に出していた。
「僕は嘘を言ってない!僕は!あの鯨を見たんだ!」
「そうだ!お前は嘘なんて言わねぇ!弱音も吐かない!強い奴だ!」
手を大きく動かして、とても気持ちよさそうに泳いでいる鯨。
それを追いかけるように、先程まで境内に居た村人も神輿の後ろについて後を追う。
「この後って!どうなるんですか!?」
「目の前よく見ろ!あの鳥居を潜ればゴールだ!」
道の真ん中に大きな鳥居があって、神輿が近づくにつれて…光はじめている!?
「最後に!あそこに神輿を掲げれば夏収めになる!そこまで頑張れ!」
「…ハイ!」
鯨に会えた感動も、もう少しで終わる。
鳥居の真下に来た時、「せーの!」の掛け声でなるべく高く上げる。
すると鳥居に向けて雷石が光だし、中に入っていた嵐や雷が鯨に向かっていく。
鯨は大きな口を開けて、吸い込むように雷石から出た全てを呑み込み、空高く上がって行った。
…全てを見届けて鳥居を潜ると、そこは鈴虫やコオロギの鳴く夜だった。
「あれ?…もう夜?…鯨は?」
「あの鳥居を潜れば、来年までもう行けない。」
「これで、終わりですか?」
「あぁ、終わりだ。」
神秘的だった鳥居もお神輿も、光を失っていた。
村人達はお疲れ様と拍手と共に、今回のお祭りの終了を労って解散していった。
「何か、釈然としません。」
「…なに、明日になればわかる。」
そう言って、賢治さんは僕を家まで見送ってくれた…。
翌日、朝起きて山の方を見ると…驚くべき光景が広がっていた。
「どうだ、凄いだろ。」
「……昨日まで緑だった山が、紅葉し始めている。…それに、稲穂があんなに大きく!?」
「盆東風祭りが終われば、秋北斗村には本格的な秋が一足先に来る。」
「何か、凄いんですね…あのお祭り。」
「これがこの村の秋祭りだ。…さぁ、稲刈りやるぞ。」
「ハイ!」
祖父…いや、じいちゃんが残してくれたこの場所は、僕の新しい場所。
あの鯨を見たことも、素直に言っていい場所。
賢治さんのぶっきらぼうな優しさを感じて。
今日も僕は、じいちゃんの畑に向かった。
【あとがき】
最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。
「秋祭り」って調べると豊作祈願とか農業にまつわる面が主なお祭りだなと分かり、そこに自分なりに考えた「秋に切り替えるためのお祭り」みたいな要素も入れ込んだら…こんな感じになりました。
やっぱり、何かファンタジーにしたがる癖がありますな…。
あ、個人的に「初夏氷」「残暑ソバ」「綿雲」「極暑焼き」この辺りを妄想するのが楽しかったです。
ただここ考えるのに一日妄想しまくったなぁ…時間かけ過ぎた。
では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。
カナモノユウキ
【おまけ】
横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。
《作品利用について》
・もしもこちらの作品を読んで「朗読したい」「使いたい」
そう思っていただける方が居ましたら喜んで「どうぞ」と言います。
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