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ショートショート:「ベルを鳴らして」



【前書き】

皆様、お疲れ様です。
カナモノです。

家の祖母から着想を得て書きました。

少しの間でも、誰かに寄り添えることを願います。


【ベルを鳴らして】

作:カナモノユウキ


《登場人物》
・洋司(ようじ):消防隊員。
・松原のおばちゃん:89歳、孤独な老女

「おばあちゃん、今日はどうしたの?」
「へへへ、今日はね…足が痛くて。」
「足が痛いのか、そしたら…病院行こうか。」
「いつも、ありがとうね。」

病院からほど近い民家の一角、ほぼ毎日救急車が止まる場所がある。
〝松原のおばあちゃん〟と呼ばれる老女が住む家だ、僕はその家に毎日車を走らせる。
身寄りもなく、一人で住むおばあちゃんの元へ向かう為に。

「今日はね、高橋さんが電話に出たよ。」
「お、高橋さん復帰されたんだ。」
「ええ、可愛い女の子が生まれたんですって。」
「今度会ってみたいな、高橋さん。」
「ああ、洋司くんは会った事無いのね?」
「僕と高橋さんは部署と言うか、職場が違うので。」
「そうなのね、今度会えるといいわね。」
「ええ、本当に。」
「ふふ、女の子も見てみたいものね。」

実際、足は痛いのだろうけど、救急車を呼ぶ程の痛みではないだろう。
こうして世間話が出来るほど、余裕な表情なのだから。
だけど〝僕たち〟は松原のおばあちゃんを見捨てず、こうして救急車でやって来る。

「これ、チーフの栗原さんから。実家のお米と佃煮。」
「あら、いいの?いつも貰ってばっかりで。」
「いいんですよ、こっちも元気貰ってますし。」
「あいがとうね、本当。」
「いいんですよ、みんな…おばあちゃんに会いたがってますし。さぁ、行きましょうか。」
「嬉しいねぇ…。」

松原のおばあちゃんはそう言って寂しそうに微笑んだ。
荷物を持ち、救急車に乗せて病院へ向かう。その先はいつもの流れで、軽い診察を受けさせ送り届ける。
それが、松原のおばあちゃんのルーティン。
おばあちゃんは、必ず午後二時に119番を鳴らす。必ず、決まった時間に。今日も、また呼び出しだ。

「おばあちゃん、来たよー。」
「ああ、洋司くん。ありがとう。」
「今日はどうしたの?」
「…うん、ちょっとまた足がね。」
「最近足が痛いの?」
「そうなのさ、やっぱ歳だね…言う事きかないのよ。」
「今日はしっかり見てもらおう。」
「そうだね、そうするよ。」

いつ始まったかは謎だが、僕が消防士としてこの街に配属された頃にはもう有名だった。
消防署には松原用と小さく書かれた廃車間近の救急車が残っていて、業務に支障が無い様にされている程で。
必ず予備人員…この場合、僕の様な待機の者が一人呼び出しに応じて、それに乗って向かう。
この車に乗って、おばあちゃんに会いに行くのも、もう五年になろうとしていた。
だからだろうか、やはりというか、年々おばあちゃんの不調は増えている。

「杖、取ってくれるかい?」
「はい。…もう庭仕事も大変でしょ。」
「大変よ、これから冬が来るのにまだ準備出来てないからね。」
「今週の休み、手伝いに来ましょうか?」
「あら、それは嬉しい。…でも、毎日呼んでいるのに。そんな面倒掛けられないわ。」
「いいんですよ、みんなおばあちゃんのことが心配なんですから。」
「嬉しい…。」

本名、松原智恵子。御年89歳で一人暮らし。旦那さんを失くして、もう10年は立とうとしている。
松原夫婦は、決して目立つようなご夫婦ではなく、どちらかと言えば慎ましく暮らしている夫婦だった様で。
だが13年前、大きな地震が起こり街は被災者で溢れかえった…そんな中で夫婦は一心不乱に人を助け。
地盤沈下や増水による水害にも負けず、結果…百数人の命を助けるまでに至ったと。

「この時期はね、じいちゃんと二人で…冬支度をしていたわね。」
「旦那さんと…仲良かったんですね。」
「優しかったのよ、寡黙な人でね。こっちのお願いを黙って聞いてくれる優しい人だったわ。」

松原のおばあちゃんの旦那さん、哲(てつ)さんの話は有名だ。
国鉄で働きながら青年団に所属して、若い頃から街を支えつつ奥さんの智恵子さんを支えた。
子供はおらず、だからこそなのか街の子供たちを可愛がる夫婦として密かに有名だったらしい。

「ごめんね、お待たせして。行きましょうか。」
「あ、荷物もちますね…あれ、こんなにお菓子持っていくんですか?」
「ほら、ハロウィンが近いでしょ?みんなに上げたくて。」
「ははは、みんな喜びますよ。」
「そうだと嬉しいわね。」

謙虚で、慈愛に満ちて、出会う人たちみんなを笑顔にする。
そんなご夫婦だったらしいが、ある朝、哲さんが眠るように息を引き取って、智恵子さんは一人になった。
大きなお庭と、好きなことが出来る様にと広めに作られた一軒家には、老女が一人。
日に日に智恵子さんは弱っていった。

「お菓子渡すの楽しみなの。病院のね、坂下先生や小松さん、あと消防署の門平さんに小松くんと横成さん。小野坂さんに栗原さんにも。みんな子供の頃から、良くしてくれて。ちょっとでも元気になって欲しいわ。」
「松原のおばあちゃんが来てくれるだけで、みんな嬉しいと思いますよ。」
「…洋司くんも、いつも優しいわね。」
「え?僕ですか?」
「何か、似ているわ…じいちゃんに、凄く。」
「旦那さんに?」
「余計なことは言わず、人のことを想うとことか…色々ね。」
「旦那さんは、いい人だったと聞いています。そんなふうに言われると、光栄ですね。」
「謙虚なところも…そっくりだわ。」
「おばあちゃん、大丈夫?今日なんか…変だよ?」
「そんなことないわ、いつも心配かけてごめんね。」

そう言って、また松原のおばあちゃんは寂しそうな笑顔を見せた。
足は、坐骨神経痛が悪化しているらしく、手術の必要もある段階だったそうだ。
その話は、どんなニュースよりも早く街に広まった。
そして、その日から一週間。松原のおばあちゃんからの電話のベルは、鳴らなかったらしい。
僕は非番の日を利用して、おばあちゃんに会いに行ってみた。そしたら…。

「おばあちゃん!?」

庭で倒れているおばあちゃんを発見した。
急いでおばあちゃんを担いで、僕は縁側に寝かせた。

「ああ…あれ?洋司くん、どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!おばあちゃんこそどうしたの!どうして呼んでくれなかったの!」
「救急車?…いつも、呼んでいたのに。変よね。」
「変だよ!どうして必要な時に呼んでくれないんだよ…。」
「変なんだけどね…先週、洋司くんと話した時に…何か思い出しちゃって。」
「何を?」
「私ね、いつもじいちゃんに我がままばかり言っていて…それを寡黙に優しく応えてくれていたなって。」
「好きだったんですね、おばあちゃんのこと。」
「フフ…それにね、甘えちゃっていたなって…思い出したの。」
「甘え…ですか?」
「そう、いつも優しく応えてくれるじいちゃんが好きで…甘えてね。甘えっぱなしでね…。結局、何もお返しできずに…さよならしちゃったわ。」
「…それは、きっと幸せだったんじゃないかと。」
「いいえ、少し認知症が進んでいてね。じいちゃん、お別れする少し前にケンカしたの。その中で言われたわ、我がままを聞いていたって…私それがショックで…何も言えなかったのよ。」
「そのまま、お別れを?」
「急に認知症が悪化して、話せることが少なくなった途端にね…まるで自分から離れる様に。」
「そうだったんですね…。」
「でね、やり場が無かったのよ…どうしても晴れないモヤモヤが。そんな時に、イタズラ心で呼んだの。救急車を…そしたら、優しく接してlくれる人が来てくれて…そしたら私、癖になっちゃって。」
「だから救急車を呼んでいた?」
「我がままの行き場がなくなって、救急車を呼んでうさ晴らしをしてて…。結局、同じことをしてた。」
「でも、それとこれとは違います!」
「同じなのよ、身体が悪いのはきっと自業自得…天罰なのよ。」
「違います!そんなの…絶対違います!」
「優しいわね…でも、もういいの。我がままは言わないわ。」
「松原のおばあちゃん、それは本当に違うんですよ。確かに、旦那さんと悲しい別れはしたかもしれない。でも、きっと旦那さんはやっぱりおばあちゃんのこと好きだったと思うし!それだけじゃ絶対にない!」
「洋司くん、ありがとうね。」
「お礼何て…それに、みんな旦那さんと同じく貴女が好きなんですよ。小さい時に良くしてくれたと。色んな人が僕に話してくれました、だからそんなおばあちゃんの力に成りたいと、口々に言ってました。」
「みんなが、言っているの?」
「そうですよ、だからこそ緊急呼び出しを皆受け入れて…待ち望むほどだった。旦那さんが亡くなった前も後も、みんなの為に貴女は動いた、震災の時は炊き出しや、夜通し声を掛け。街の復興のための呼びかけや、団体を作って。旦那さんを亡くした後も、定期的に行事に参加したり。子供と遊んだり、落ち込んでる人を元気づけようとお弁当を作ったり。みんな貴女の優しさを知ってます!」
「……。」
「だから、そんな寂しい事…言わないでくださいよ。」
「…ありがとうね。」
「ほら、いつもそうやって寂しそうに笑う。」
「だって…ねぇ。」
「照れ笑いでもいいんです。素直に、喜んでください。」
「フフ、嬉しい。本当に、ありがとう。でも、119番を鳴らすのは本当にやめるわ。」
「なんで…。」
「いつまでも、同じことは出来ないわ。」

そう言ったおばあちゃんは、やはり寂しそうで。
119で救急車を呼んでおばあちゃんを病院に送り届けた後も、その顔が頭から離れなかった。
だから何とかしたかった僕は、この話を消防署の人や松原のおばあちゃんを知っている人へ相談した。
何かできないか、助けられないかと。すると、多くの人が動き始めた。
近隣の住民は時間があるときにおばあちゃんの家に顔を出し、少しでも助けられるように動き。
病院も孤独な老人の為の訪問看護が出来る様に働きかけたり、僕たちも非番の時に訪れたり。
松原夫婦の優しさを考え、行動するようになった。
松原のおばあちゃんや、他の優しい先輩たちが、寂しくならない様に。

「おばあちゃん、来たよ。」
「いらっしゃい、来てくれてありがとう。」
「いいんだよ、今週は結構人来てくれた?」
「ええ、毎日…本当楽しいし、嬉しい。」
「みんなが動いてくれて本当良かった。あ、おばあちゃんコレ。」
「なにこれ…携帯電話?」
「うん、これみんなの電話番号入った携帯。良かったら使って?」
「え、どうして…。」
「松原のおばちゃんのベルが鳴らないとみんな寂しいからさ。その携帯で、話したいときに、ベルを鳴らして。」
「フフ、ありがとうね。」

その笑顔は、寂しそうじゃなくて、きっと旦那さんと一緒に居る時のような満面の笑顔だった。


【あとがき】

最後まで読んでくださった方々、
誠にありがとうございます。

流れ的に無理あったかなとか反省中。

では次の作品も楽しんで頂けることを、祈ります。
お疲れ様でした。

カナモノユウキ


【おまけ】

横書きが正直苦手な方、僕もです。
宜しければ縦書きのデータご用意したので、そちらもどうぞ。


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