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「私はまちがっていない」―ハラスメント加害者の心理

本稿は、『臨床心理学』第24巻第6号(2024年11月刊行)の原稿として執筆したものを、メンバー向けに特別に先行公開するものです。



1.はじめに

近年、職場のハラスメントに関する問題は労働者のストレス要因の大きな部分を占めるようになっている。例えば、精神障害・自殺に関する労働災害認定で最も多いのがハラスメント関連項目である。しかし、労働災害の認定基準にハラスメントに関する項目が追加されたりと、被害者を救済する動きがある一方で、ハラスメント加害者に対しての直接的なアプローチは少ない。ハラスメント発生後の事後措置として懲戒処分が行われるケースはあるが、加害者に対するそれ以外の再発防止対策は未だ発展途上と言える。

職場のパワーハラスメント(パワハラ)の防止対策が事業主(大企業)に義務化されたのは2020年6月のことである。その後中小企業にも、2022年4月から防止対策が義務化された。しかし、対策が義務化される前も後も、ハラスメント問題対応者から最も多く寄せられる質問は、「ハラスメント加害者に自覚してもらうにはどうすればよいのか」「どうすれば加害者が自分で気付いて行動を改めてもらえるだろうか」である。ただ、残念ながら、ハラスメント加害者が自ら自分自身の言動に気付いて態度を改めることは難しい場合が多い。

なぜなら、ハラスメント行為をしていたり訴えられたりした人は、ハラスメントをしている自覚や悪気がないことが多いからである。逆に言えば、自分の言動が他者に対しどのような影響を与えるのかが正確に理解できていなかったり、悪意がないからこそ、ハラスメント加害者となってしまっているとも言える。それだけでなく、むしろ自分は組織に貢献している、部下を熱心に育て上げているという自負を持つ者も多い。

例えば、過去2年間にパワハラで訴えられたことのある管理職19名を対象にインタビュー調査を行ったオーストラリアの研究1では、なんと参加者の9割が「これまで誰に対してもパワハラをしたことがない」と回答している(残りの1割は「ごくたまにパワハラ行為をしたことがある」と回答)。そして参加者全員が、指摘されたパワハラ行為に対して「合理的なものだった」「管理職としての仕事を全うしただけだ」と説明したのである。

ではなぜ、ハラスメント加害者はこのような思い込みを持ってしまうだろうか。本稿では、ハラスメントの種類と定義について整理した後、ハラスメント加害者の心理としてどのようなことが研究でわかっているのかを解説する。

2.ハラスメントの種類とその定義


ハラスメントの種類は無数にあると思われがちだが、法的な定義が存在するものは職場で起こるセクシュアル・ハラスメント(セクハラ)、妊娠・出産等に関するハラスメント(マタニティハラスメント:マタハラ)、育児休業・介護休業等に関するハラスメント(いわゆるパタニティハラスメント[パタハラ]、ケアハラスメント)、そしてパワハラの4種類のみである。そのほか、厚生労働省の公的な定義があるものに、カスタマーハラスメント(カスハラ)、就活ハラスメントがある(表1)。 

表1.ハラスメントの種類と定義

他にも、一般に広く使用されているものにアカデミックハラスメント(アカハラ)があるが、発生場所が大学であることと被害者に学生も含まれるという違いがあるものの、起こるハラスメントの内容自体はセクハラ、マタハラ、パワハラ等に包括される。

厚生労働省の令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査2によると、男性労働者の19.4%、女性労働者の19.2%が過去3年間にパワハラを、男性労働者の3.9%、女性労働者の8.9%がセクハラを、男性労働者の10.4%、女性労働者の11.1%がカスハラを受けていたことがわかっている。なお、過去5年間に就業中に妊娠/出産した女性労働者の中でマタハラを受けたと回答した者の割合は26.1%、過去5年間に勤務先で育児に関わる制度を利用しようとした男性労働者の中でパタハラを受けたと回答した者の割合は24.1%であった。

就活ハラスメントに関しては、セクハラに関してしか調査されていないものの、2020~2022年度卒業でインターンシップ中に就活等セクハラを一度以上受けたと回答した男性は32.4%、女性は27.5%であり、インターンシップ以外の就職活動中のセクハラについては男性の34.3%、女性の28.8%が経験していたことがわかっている。このように、日本では、少なくない数の労働者や就活生が仕事の場でいずれかのハラスメントを経験している。

3.ハラスメント加害者の特徴


厚生労働省の令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査2で「過去3年間に、勤務先(現在の勤務先だけでなく、過去3年間に勤務していた他の勤務先も含む)でハラスメント行為をしたと感じたり、したと指摘されたことがあるか」を聞いたところ、男性の5.8%、女性の4.6%が「経験した」と回答していた。具体的なハラスメント内容で見ると、加害者のうち男性の59.7%・女性の63.2%がパワハラを、男性の9.1%・女性の15.5%がセクハラを、男性の7.8%・女性の6.9%がカスハラを、男性の10.3%・女性の4.6%がマタハラ・パタハラ・ケアハラを、男性の5.8%・女性の2.9%が就活セクハラを、それぞれ「したと感じた/指摘された」と回答している。

厚生労働省調査では全体的に男性の方がハラスメント行為を行った/指摘されたと回答した割合が高いが、研究ではどうなのだろうか。ここでは、ハラスメント加害者の特徴として報告されている事柄を、主なハラスメントであるセクハラ・パワハラ・カスハラに分けて解説する。

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