スピーチは誤魔化せない
今日は、「スピーチは誤魔化せない」というテーマの文章を書きたいと思います。
誰しも人生において、スピーチを求められることって何回かはあると思うんですね。
このスピーチ、これがなかなか難しかったりすると思うんです。
限りある時間のなか、伝えるべきことを伝え、しかも、聞いている人になるほどなと思わせたり、感動させたり、笑わせたりする。
こんなスピーチが一般的には素晴らしい内容だとだと思うんですね。
昨日、何人かのスピーチを生で聞く機会があったのですが、そのなかでスピーチが上手な人がいました。
スピーチって、その人の生き方や生き様がやっぱりどうしても出てきちゃうんですよね。
スピーチが上手かった人は、真剣に仕事に打ち込んできた事とは別に遊びもしっかりとやってるんだろうなぁということを思いました。
人間の幅とか面白さが言葉に滲んでるんですね。
一方で、真面目一辺倒で生きてきたんだろうなぁというスピーチからは、凄いなぁという感想はあるものの、幅の広さや面白さは感じられませんでした。
幅の広さや面白さが感じられなかったことは悪いことではなくて、そういう生き方も全然アリだと思うんです。
ですが、私は、この幅の広さやおもしろさを獲得しながら生きていきたいと思ってます。
スピーチが上手になりたいとか、そういうことではなくて、いざスピーチを求められたときにサラッと良いことが言えて、笑いが取れたらカッコいいじゃないですか。
ってことは、寄り道をしまくりながら様々な苦労や楽しさを味わいながら生きていくのが結果的におもしろい人生に繋がっていくんじゃないか、という結論に至りました。
馬鹿になれよって言葉がありますが、アレは本質を突いている言葉で、そうしないと獲得出来ない何かがあるんだろうなぁと思いました。
今日は東京に来ていますが1日まるまる遊びたいと思います。
では