〖短編小説〗2月9日は「服の日」

この短編は1429文字、約4分で読めます。あなたの4分を頂ければ幸いです。

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とうとう今日が来た。なんとか今日が来ないように、神様に100回ほど祈ったが無理だった。祈り足りなかったかな。あとお賽銭も。とにかく時間の流れはだれにも止めることができなかった。

今わたしの選択肢は思いつく限り、2つある。その1、今日は学校を休む。ただしこれをすると、もう二度と学校には行かない気がする。その2、無理して制服を着て学校に行く。本来選ぶべきは確実にこっち。でも、どうしても無理そう。

昨日、制服着てみればとお母さんに言われて、着ようと思ったが、無理だった。どうしても着れない。「サイズとかどう?」と言われ、適当に答えた。

なぜ、中学校には制服があるのか。不思議だ。アメリカの学校とかは、なさそうなイメージ。日本だって小学校まではだいたい私服でOKなのに、中学校から制服のイメージが強い。みんな同じ格好にすることで、安心なのかな。生徒が?違うでしょ先生が。

いよいよ、制服を着なければ遅刻する時間になった。登校初日から遅刻はできれば避けたい。今ベットの上には、まだ袖を一度も通したことのない新品の制服が着られるのを今か今かと心待ちにしている。ごめんね、あんたは違う人のところにいったほうが幸せだったかもね。胸の校章が朝の光でまぶしい。希望の光。そのまぶしさにイラっとした。

「ちょっと、いい加減降りてきなー遅刻する」

1階からお母さんの声。

何回も頭のなかでリハーサルしたことを実行に移す。襟元がのびきったヨレヨレのパジャマ替わりのユニクロのパーカーを脱ぐ。のりがついてまだ硬いYシャツに袖を通す。慣れない手つきでYシャツのボタンを、ひとつひとつとめていく。リボンなるものをはじめて装着。少し緊張。いやかなり緊張。鏡をみて確認。リボンは重さ数グラムのはずだけど、私には重さ何トンもある鎖のような気がした。まだ付けて数十秒。すでに外したい。

上が終われば、次は下。これは映画が終われば映画館から退場。人が死ねば燃やして地面に埋める。これと同じ原理。わたしは制服の下を持った。リボンよりも重みを感じる。これはいったい何トン?ゆびのさきでつまんだせいかしら?
大丈夫だよ。新品で綺麗な制服なんだから、誰も着ていない制服だよ。と天使の声が聞こえてきそうだが、わたしは神経質なわけではない。この手にもっている物体が恐ろしいだけだ。

片足を入れる。もう片足もいれる。あとは重力に逆らって(ニュートンさんごめんね)はくだけ。そこで、わたしは立っていられなくなり、一度座った。両足の足首に、10秒ほど前まで皴ひとつなかった新品のスカートがくしゃくしゃで丸まっている。しかもわたしはパンツのままで、Yシャツも第一ボタンまできっちり閉めて、リボンまで左右ずれなく付けている。そんな姿を鏡越しに見て、少し笑えて吐くほど泣いた。息の仕方が分からなくなるほど泣いた。誰か息の吸い方、吐き方を教えて欲しかった。ラジオ体操はもう少し深呼吸に重点を置いて教えるべきだと思った。

そんなバカなことを考えながら、頭では何もかもどうでもいいと思った。ひどいことが、頭のなかに溢れていた。普通溢れては消え、溢れては消えのはずだが、わたしの場合は溢れっぱなしだった。まず浮かんだのが世の中の人全員いなくなること。学校の友達も両親も先生も町の人全員。学校は消えて、町は崩壊し、日本は壊滅し、地球は絶望する。絶望する人は誰もいないけど。

はぁ。やっぱり無理。

スカートは、はけない。

2月9日「服の日」


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