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【短いおはなし】3月10日は「サボテンの日」
サボテンの救出を依頼され、いざ参る。
ねーちゃんは1か月前までアパートに彼氏と住んでいたらしい。詳しいことはよく知らない。が今は実家に戻ってきている。俺の部屋のマンガを片っ端から読んで、しかも順番通りに並べないから厄介だ。
「あんたさ、暇でしょ、ちょっとさあたしの住んでたアパート行って、ジャワ原人連れてきてくんない?」
「ジャワ原人って誰? 彼氏?」
「いや、ジャワ原人彼氏の訳ねーだろうよ。サボテンの名前だよサボテン」
サボテンの名がジャワ原人だということが分かっても、残念ながら少しも取りに行きたい気持ちは芽生えなかった。
「え、そこにねーちゃんの彼氏いんじゃないの? 嫌だよ俺行くの」
「うーん、たぶんいないから大丈夫。モウリさん春日部に行くっていってたから、大丈夫」
嫌がる俺に「頼んだぞー」とお気楽なねえちゃん。
***
住所だとこの辺りなんだけどな。ねえちゃん曰く「周りの建物から比較したら絶対にこのアパートには泥棒にはいらないと思うくらいぼろいアパート」とのこと。
目の前にアパート出現! 絶対これだ。屋根は赤くてかわいいが、とにかくぼろい。階段も金属が腐食して乱暴に上がろうとすると階段ごと崩れそうだった。ゆっくりと慎重に2階に上がり、角の部屋を目指す。
汚いベニヤ板のような扉の、昔のトイレのようなドアノブにねえちゃんから借りた鍵を差し込む。はじめての鍵と鍵穴だったので、どのように差し込んだらいいか分からずしばし苦戦。絶対キックした方が早い。
おもちゃの金庫のようにカチャと鍵が回り、扉をゆっくりと開ける。中は暗かった。そして、知らない家のあの独特の匂いがした。この匂いが自分の今着ているお気に入りのコートについたら嫌だなとほんの少しだけ思った。高かったんだこのコート。
「おじゃまします」誰にだ? ジャワ原人にか。
知らない部屋に入るのは、悪いことをしているみたいだった。泥棒はこんな気分なのか。手に汗をかいてきた。
玄関という名前にはとても名前負けしそうなほど狭い玄関でスニーカーを脱ぎ、0秒でダイニングキッチンだった。あそこにテーブルを配置したらちょうどいいというか、それしか配置のしようがない狭さ。奥にはもう一部屋あり、引き扉は空いていた。ダイニングキッチンの左奥にトイレやお風呂だろうか。水回りの湿っぽさがある。
電気をどうやってつけたらいいか分からない。しかたなく奥のこれまた狭い部屋まで歩みを進める。フローリングから部屋が変わり、カーペットになったのが、なんとも言えない足の裏の感じ。一つしかない窓のカーテンを開けると、薄暗かった部屋の全体が見えた。
その部屋には小さなテーブルと、ハンガーが数個かかるスチールラックと、小さな本棚、そして本棚の上には恐らくジャワ原人がいた。
サボテンのジャワ原人を見つけ、一安心。
この居心地の悪い部屋から早く出ようと、ジャワ原人を持ち玄関に向かうその時、小さなテーブルの上にメモ用紙が置かれていて、そこには走り書きで何か書いてあった。
ジャワ原人片手に覗いたメモには、こう書いてあった。
「平日のフランダースの犬、高橋さんとタイ古式マッサージ」
「???」
3月10日は「サボテンの日」