〖短編小説〗2月8日は「にわとりの日」
この短編は1014文字、約2分30秒で読めます。あなたの2分半を頂ければ幸いです。
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ヒトラーが演説する時のような、有無を言わせない圧倒的な力が今、目の前を横切っていた。その圧倒的な力は、生来のカリスマ性か?はたまた溢れ出るセンスか?答えは否だ。
では、圧倒的な力とは何か?それは圧倒的な違和感だ。違和感のなさを大事にしてきた民族の代表が我が国だと長年思ってきたのだが、いかがであろうか。そもそも、国民は人の顔色を伺い、目立ちすぎず、かといって最低ラインの個性は発揮する。そのラインの見極めも大変難しいながらも、見事にやってのけている。そして、そのラインから一ミリでもはみ出せば、あなたも立派な違和感だ。
そんな違和感に敏感なこの国の平和な私の目の前に、違和感の塊が姿を現した。順に説明しよう。
違和感のない具合の人数が、違和感のない服装をして、違和感のない電車に乗って通勤していたある朝。そこに現れたの違和感の権化だった。
ある駅から乗り込んできた男の顔は違和感なし、服装は違和感なし、身長体重は違和感なし、よしよし順調だと電車内の誰もが思ったその時
「コケコッコー!」
男の肩にとまった一羽のにわとりが盛大に鳴いた。そしてわたしは泣いた。こんなことがこの国で起こっていいのか。もはやテロだ。違和感のない国へのテロ攻撃だ。
もちろん電車内はざわついた、この知らない人同士が乗ったこの違和感のない車内がだ。信じられるだろうか。こんなこと起こるはずもなかった出来事のはず。規則正しく違和感なく過ごしてきた市民が、たった一人(正確には一人と一羽)の男に、完全にやられてしまったのだ。
しかし、ざわつきは一瞬だった。その後、何事もなかったかのようにスマートフォンを見つめる者、新聞を読む者。平和はすぐに戻ったかと思いきや大間違い。皆、実際には固唾をのんで、席の中央に座った男の様子を伺っていた。
その後、男の目立った動きはなく、時より肩にとまる、にわとりの毛並みを愛くるしそうに撫でていた。
この違和感のもたらした電車内の空気は、その後男が下車するまで変わることがなかった。その間に、男にしゃべりかけたりした者はおらず、一見して静かな車内だった。しかし、そこにいた誰もが違和感に気が付き、濃密な違和感の空気の中を揺られていた。
『ご乗車ありがとうございます。只今この電車は車内換気を徹底し、窓を開けて走行しています。窓開け車内換気にご理解ご協力をよろしくお願いいたします』
おいおい、まったく空気が変わっていないのだが。
2月8日は「にわとりの日」