〖短編小説〗1月6日は「まくらの日」
この短編は1450文字、約4分で読めます。あなたの4分を頂ければ幸いです。
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駅前にまくらの専門店『枕詞~まくらことば~』ができていたことは知っていたが、特に新しく枕を買い替えようとは思っていなかったので立ち寄ることはなかった。
しかし、テレビを見ていると「人生の三分の一は睡眠です」というフレーズだけを武器に枕を売りつけてやろうという司会者と、「はー」だの「ほー」だの言っているだけの気楽なゲストの一連のお決まりの流れの通販番組を見ていると、ほんの少しだけ枕を変えたくなってきたのは事実だった。
そんな時、ちょうど駅前にまくら専門店があることを思い出し、通販ではまくらは買わず、お店に行ってみることにした。なんでも首の高さなども調べてくれるらしい。
ここが店?変な名前の店だな、枕詞って意味違うよね。そんなことを思いながら店に入る。決して広くはない店には、真ん中にベッドが置かれ、左右すべてに棚が設置されており、至る所に様々なかたちのまくらが収まっていた。
まくらの棚に近づいて眺めていると「いらっしゃいませ。ようこそ枕詞へ」店員さんが元気に声をかけてくれた。
「あのー、自分に合うまくらがほしいんですけど」
「はい、承知しました。ではこちらのベッドに横になっていだだけますか」先ほど店内に入ったときに目についた大きなベッドを店員さんは指さした。
「こっちが頭で、、こんな感じで大丈夫ですか?」靴を脱いで、慣れないベッドに横になった。
「はい、結構ですよ」なにやら奥のほうに何かを取りに向かい戻ってくる店員さん。首の高さを測る道具かなにかと思いきや、巻物のようなものを持って戻ってきた。
「では、いきますね…」巻物を見ながら店員さんは言う。
「あをによし…はい!」
「あれ、では…からころも…はい!」
「あれ、では…」
「ちょ、ちょっと待ってください!何なんですか、急に!あをによしって何ですか?あとはい!ってなんですか?」ボクは慌てて質問した。
「あをによしは、枕詞ですよ。中学生の時に習いましたよね?はい!は、そのあとにお客様に、かかる語句を答えていただきたいんです」明るく笑顔で言う店員さん。
「え、あの、ここってまくら屋ですよね?関係なくないですか枕詞。確かに枕の漢字が入っていますけど…それに中学校で習って以来なので忘れてますよ、枕詞なんて」
それを聞いて、同じセリフを100回は聞きましたという顔をして店員さんは答えてくれた「はい、皆さんだいたいそのようにおっしゃいます。ただ、覚えている枕詞が必ず1つや2つあるはずです。その覚えている枕詞が大切なのです。それが良いまくらを探す上で重要なんです」
聞いてもよく分からない説明を受け、よく考えてみればなぜベッドに横になる必要があるのか謎に思えてきたところで、一瞬の無言の時間があり、その間に店員さんは次の問題を出してきた。
「あづさゆみ…はい!」「………」
「そらにみつ…はい!」「………」
こんな感じで、その後も様々な枕詞が出題されるも一向に答えることができず、店員さんにも焦りが感じ始めたその時っ!
「たらちねの…はい!」
たらちねの…聞いたことがあるぞ、確か母ではなかったか。そう思いボクは自信なさげに「母?」と言った。
目をつむる店員さん、どうなの正解なの?どうなのよ?と思いながら見守っていると、店員さんは「おめでとうございます!大正解です」とこの日一番の笑顔で言ってくれた。
「おー!やった!当たったぞ」
こうして初めてのまくら専門店で買ったのは、母のような優しさに包まれながら眠れる商品名が『安らかな眠り、おふくろさん』だった。
1月6日は「まくらの日」