〖短編小説〗11月26日は「いい風呂の日」
この短編は950文字、約2分30秒で読めます。
先日久しぶりに銭湯に行ってきたが、少し妙な体験をしたのでここに綴っておこうと思う。
都会の銭湯も年々、数が減っていき家の近くに2つあった銭湯の1つは潰れてしまったようだ。残された銭湯に久しぶりに行ってみようと思ったのは、家の給湯器が壊れてしまいお湯がでなくなってしまったからだ。
久しぶりに行く銭湯、前に行ったのはいつだったか。靴を木の下駄箱に入れ男湯から入り、半世紀以上もそこに座っているのでは?と思われる番頭のおばあちゃんに、代金を払った。
浴場に入ると誰もいなくラッキーだと思ったが、なにやら違和感があり、その正体にすぐに気が付いた。奥の壁一面に以前は富士山の絵が書いてあったと思うのだが(銭湯のペンキ絵)今は、なぜか躍動的な相撲の絵になっている。
なぜ相撲?土俵の中に力士と行事がいる。力士は今まさに体と体がぶつかった瞬間が描かれている。まぁ、日本の伝統的な絵にするものなのかなと思い、体を洗ってから湯舟につかった。
いやーやっぱり広い風呂はいいなー足が伸ばせるしな。と風呂を楽しんでいたところ、もう一人お客さんが入ってきた。背が低く骨だけが歩いているようなガリガリのおじいちゃんだったが、足取りはしっかりしていて体を洗ったあと湯舟に入った。
さて体も温まってきたし、そろそろ上がろうと思ったところおじいちゃんが話しかけてきた。
「なかなか良い絵でしょ?」
ぼくは自分に話しかけているんだよなと思いつつ
「えぇ、すごい立派ですよね。この相撲の絵は」と答えた。
「近くのカッパの湯が最近潰れて、向こうの従業員がこっちの、幸福の湯を手伝っているそうですよ。その時に描き直したそうです」
なるほど、そういえば近所の潰れた銭湯はカッパの湯という名前だったなと思いだした。「そうですか、番頭のおばあちゃん一人では大変そうですもんね」
「銭湯の仕事は体力勝負だから、きっと彼らは生き生きと働くでしょう。ただ困ったのはコーヒー牛乳がすべてキュウリサイダーになってしまったことだね」
キュウリサイダー?と思いながら、ぼくは先に湯舟から上がった。脱衣所で着替えているときに冷蔵庫を見てみると確かにキュウリサイダーと書いたビンしか入っていなかった。
相撲にキュウリってまるで…いやまさかねと思い銭湯を後にした。
11月26日は「いい風呂の日」