20180606 余談8
初鰹はっきりと置かれる休日
犬さえもうまく鳴けない五月闇
国語科の暗唱に跳ね金魚かな
ひきがえる揺らす二丁目五番地を
日が陰りひとりで過ごす蝸牛
むかしから話すことが苦手だったので、頭のなかで喋れないままにしていることがたくさんあった。いろんな場面で、状況にたいして思うことがあって、でも言えなくて、もじもじしながら開きそうな口を閉じる。そんなにも言いたいことだったのに、言えないままにすると、何もなかったように消えてしまう。
noteをはじめてから毎日とても気分がいい。もちろん浮き沈みはあるし、日々にはかなしいこともあるのだけど、昔にくらべてのびのびといい気持ちで生きている。
いまはむかしよりも、少しは話すことをやれるようになってきたので、時々は思いを喋ることもできる。でも、やはり、表にはできなかった思いはたくさんあって、最近はそれを日記のような形で文章にするのが日課になった。できるだけ、あかるいことをね。形にすると、気付く。表現をしていると、自分だけじゃなくて、たくさんの表現者の思いにも気付く。noteは本当に素敵な場所だと思う。
昨夜、文坂ノエさんの素敵企画 #自分から自分にインタビュー に参加させていただいた。とても楽しい体験だったので、みなさんもぜひ。というか、みなさんのも読みたいな。
自分へインタビューするなかで、表現することの愛おしさを再確認しました。ありがとうございます、文坂さん。
・ほぼ日20周年、おめでとうございます。毎日をたのしくするためのヒントを、ほぼ日からたくさんいただいているなあと思う。こういうのもあるんだ!素適!だいすきだ!って、毎日更新される情報に感動している。これからもたのしみ。
・踊り場、台所、電車のホーム、街灯の下、病院の待合室、手洗い場。湿気があって、多少の不潔さも漂う。そんな場所に惹かれる。こういうところで起こるドラマに興味がある。ひとの匂いのするところ。
・テレビの『バラエティ的演出』がめっぽう苦手になってしまった。仕事にしていた時期もあったのに。…仕事にしていた頃も、そういうの、本当はやりたくなかったけど、企画書にいくつかいたことだろう。でももう、そういうの、見る側も求めてないように思うんだけどな。
こどもたちは、YouTube、YouTuber、好きなんだよね。YouTuberのかたたちが作品でされている、バラエティ的演出はテレビのそれと似ている。こういうのが娯楽だよって、慣れてしまっているからかな。