【短編小説】甘えと秘密
カタン...
待ち合わせの教室に勢いよく足を踏みいれる
先生に呼び止められてしまったから
間に合うよう急いで来たのに
そこに友人はいなかった
代わりに
夕陽を背に ひとり読書する少女がいた
ページをめくる仕草がやけに絵になるその人は
独特の近寄りがたい雰囲気をまとっていた
あれは知らない人だけど…先輩…だよね?
もしかして、ヒロは先に行ったのかなぁ
知らない先輩と一緒の教室にいるのは
なんだか嫌だし…よし!私も部室に行こう!
それにしても
待ち合わせしてるのに先に行くなんて
私、何か怒らせるようなことしたかな?
モヤモヤしながら歩いていると
いつの間にか部室に着いた
あれ?鍵がかかってる
まだ誰も来てないの?
ゴソゴソと鍵を探していると
後ろからふわっと首に手がまわり
「気づいていたくせに、ほっとかれて寂しかった」
と耳元で甘えた声
「さっき教室にいたの、私だよ。キミが来たことに気づいていたのに、声もかけずに行っちゃうなんてひどいよ。ミナトってば、ひどい」
キュッと、巻きついた腕が強くなる
「え!?ごめん!ヒロだって分からなかったのよ!3年の先輩かと思って」
だから無視したつもりはないのだと伝えても
なんの言葉も返してくれない
背中に感じる彼女の体温がさみしさを語るようで…
「...ごめんてば」
巻きついてる腕にやさしく触れる
本当に分からなかった、無視したつもりはないのだともう一度伝えて
「ね、せめて部室に入ろうよ
部室の前にずっといるのもアレだよ?」
これには納得してくれたのか、体温が離れていく
身長差があるので、首に腕を回されたままだと少し辛いものがあるのだ
ほっとしたのもつかの間
部室に入るやいなや、手を引かれ
彼女は私をいつものように膝の上に座らせた
そのまま流れるように背中から腕が伸びて
今度は腰からしっかりと固定されてしまった
「…ショックだったもん」
消え入りそうな声
私の肩に頭を乗せて
ひたすらさみしかったのだと訴える
一度離れた体温を再び感じながら
私は彼女の腕に手を重ねた
女子校の『王子さま』である彼女は
寂しがりで甘えんぼう
普段はそれを隠しているけど部活になれば話は別
私を膝の上に乗せて甘えたり
甘やかしたりするのは日常茶飯事なのだ
『王子さま』が甘えモードになったときは
それを受け入れ、心が落ち着くのを待つしかない
私はひとつ息を吐いて
『王子さま』に体をあずけた
この状況を後輩がみたら
また奇声をあげて撮影会が始まるんだろうなぁ
『王子さま』が甘えるのは部活限定だと知る
後輩たちは、ここぞとばかりに写真を撮りたがる
ふと、こんな時間も今しかないという思いがよぎる
来年には受験がある
あと一年で彼女とも元気な後輩たちともお別れだ
お互いの体温の心地よさに
この関係がいつまでも続けば…と
彼女の特別は私でありたい、と
そう思っている自分に気づく
この気持ちを言葉にしてしまうと
今の関係が崩れてしまいそうで
お互いに同じような気持ちなのかもしれないと
想いを胸に抱きつつ
「ヒロ、落ち着いたらさっき読んで本が何だったか教えて?」
と、いつもどおりに振るまった
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