トドマツの香りを嗅いだら、消えてしまいたくなった日:後編
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トドマツの香りを嗅いだら、消えてしまいたくなった日:前編|Kanako(香りと共に生きる人) (note.com)
『肉体に戻ってきた』かぁ。
そのフレーズをやんわりと頭の中に置きながら、
他の皆さんのシェアや、シェアから続く話を聞いていました。
11月から12月にかけて、
『あっ、こういうことをトラウマというのかな』と思う瞬間が何度かありました。
そんなもの自分にはないと思っていたけれど、
実は少し前から、特定の場面での自分の体や思考や心の反応の仕方が
独特だなぁと気づき始めて。
それは今に始まったことではなくて、子供の頃、そうだなぁ、
思春期の頃にはもうすでに、心身がそういう反応の仕方をしていたんです。
性格だと思っていたけれど、これは少し違うかもしれない。
そんなことを考えながら過ごした11月~12月からの、今回のイメージングの会だったわけです。
肉体、かぁ。
『もしかしたら、肉体を持って経験すること、それが大切なのかなぁ私にとっては。』
皆さんの話を聞きながら、そう思いはじめていました。
『トリートメントする人』になりたかった理由
アロマセラピーに初めて出会った約20年前。
そのきっかけは、アロマトリートメントでした。
その時の衝撃が忘れられず、
私は『トリートメントする人』になりたくて、アロマセラピストという仕事を選びました。
アロマトリートメントは直接、皮膚や体に触れて施術をします。
よくよく考えてみると私は、体にトリートメントをすることに
“こだわった”と言えるのかもしれません。
なぜだろう?
それは、もしかすると【私自身が自分の体を大切にするため】、
体を通して感じる間隔、体自体の感覚、
それを忘れないようにするため、
なのかもしれない・・・、そんな風に考えつきました。
私の中にトラウマというものがあるとして、
それらの体験で、私はきっとたくさんたくさん傷ついていたんだと思うんです。
傷ついていたんだと思う
そう書いたのは、自分に自覚がなかったからです。
傷ついている自覚がなかった。
でも、そういう視点で振り返ってみると、私はアロマセラピストでありながら、自分の体の感覚がとんでもなく鈍かった。
触れられている、という感覚が鈍い。
触覚が鈍い、といったらいいのか。
だから、アロマトリートメントという、体に触れながら施術をするというスタイルに惹かれたのかもしれない。
そうすれば、自分で自分の体の存在を忘れずにすむから。
“この体を通して体験する”
たくさんたくさん傷ついたことがあった。
でも、私はここに“いる”んだ。
もしかしたら私の中には、傷ついたダメージがたくさんあるのかもしれないけれど、
だからこそ、私は“この体を通して体験する”事をたくさんしなくちゃいけない。
そして、その体験は『楽しい』『幸せ』を感じる、味わう体験だ。
それで自分を塗り替えていく。
そして、いつかまた天に還るときには、
その『楽しい』『幸せ』を、もって還りたい。
そういえば、ひと月前のイメージングの会でも、そんなことを感じていたんだった。
『もっともっと楽しんで』って。
体が大事。
体で楽しいこと、幸せだと感じることをたくさん体験することが大事。
そんなことを思った、今回のトドマツのアロマイメージング®でした。
トドマツは、モミの木の精油。
モミは針葉樹。
その針のように細い葉から精油が採れる。
その精油は、『吐き出すこと』を助ける。
だから今回は、イメージングからこういう気づきが起こる流れになったのかもしれないな。
精油を使いながら、いつか、この経験を乗り越えていきたい、そう思う。