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原点に遡る。 ー エレファントカシマシと宮本浩次の融合とは。ー

※2021年6月1日ロッキングオン「音楽文」に掲載していただいたものです。「音楽文」終了に伴い、こちらへアップいたしました。


2019年6月12日、LIQUIDROOMでのソロ初ライヴで、栄えある一曲目を「もう一回やる!」と言い放って仕切り直しを宣言した時。
2020年6月12日、自身の作業場からのソロ配信ライヴで、開始直前にギターを抱えて「嬉しい。」とつぶやいた時。
2020年10月4日、エレファントカシマシ31年目の日比谷野外大音楽堂に登場し、目の前にいる観客を一瞥した時。
その瞬間、わたしの緊張は一気に解けていった。
バンドだったりソロ弾き語りだったり、有観客だったり無観客だったり、配信ライヴだったりそうでなかったり。
わたしはLIQUIDROOMと野音を現地で、作業場を自部屋で目撃したが、それぞれが全く異なる状況下で、全く異なる形態で、全く異なる質の緊張感をもって挑んだコンサートだった。

エレファントカシマシは野音が似合う。もっと言ったら宮本浩次はエレファントカシマシが似合う。わたしは野音のステージに立つエレファントカシマシを前に、改めて思った。
宮本さんはソロ弾き語りライヴでは『デーデ』や『ファイティングマン』を歌ったのに『星の砂』は歌わなかった。そのことにひどく納得してしまったくらい野音の『星の砂』は生々しいバンドの音だった。40年近く前の曲を今なお必死に歌い演奏するエレファントカシマシに、わたしはいつだって胸が熱くなる。宮本さんがギターを掻き鳴らし、トミのシンバルが響き、成ちゃんのベース、石くんのギターが重なってスタートした『地元のダンナ』の高揚感は凄まじく、「これは冗談じゃねぇ 戦いの歌だ」と歌う怒号のような『パワー・イン・ザ・ワールド』は、今も最前線で戦い続けている事実が張り巡らされているようだった。崩壊ぎりぎりを持ちこたえるような歌と演奏は、確かに今ここで生きているという実感に満ちていたし、秋虫の鳴き声が響き渡る中『晩秋の一夜』を歌う宮本さんからは、華やかなソロ活動とは対極みたいなしっとりとした雰囲気が漂っていた。でもその全てが宮本浩次なのだ。感情が溢れ出し無我夢中で伝えようと努める宮本さんをしっかり受け止め、食らいつくように支える石くんと成ちゃんとトミは、とにかく頼もしかった。

世界がかつての常識で動いていた時、宮本さん53歳のお誕生日にLIQUIDROOM弾き語りライヴは開催された。素朴であたたかいコンサートだった。コンパクトな箱で、だけれど単純に距離だけではない“近さ”を強く感じた。何というか、宮本さんも東京に暮らす市井の人なのだ、ということを肌で感じたのだ。
中盤『冬の花』を歌いはじめてすぐに演奏が止まった。具合が悪くなった人を発見したらしい。
「緊張しちゃうよね。少し休めばよくなると思うから。」
スタッフが救護している間、宮本さんは穏やかな口調で語りかけた。
わたしはこの言葉に少なからず動揺した。宮本さんもわたしたちと同じ世界で生きているひとりの人間だ、ということがリアルに感じられ、なんだか今まで触れることが叶わなかった部分が開かれたような、そんな感じがしたのだ。
宮本さんはコンサートでよく
「良い顔してるぜ。よくみえないけど!」
というけれど、全く嘘つきである。本当にびっくりするくらい観客のことをよくみている。
「好きな曲ばかりをわがままに選びました。」と語ったセットリストも“近さ”を感じた理由のひとつだった。
『悲しみの果て』ではなく『四月の風』を歌ったこと。
『今宵の月のように』『俺たちの明日』ではなく『風と共に』を歌ったこと。
弾き語り定番『涙』ではなく『桜の花、舞い上がる道を』を歌ったこと。
憧れだった『偶成』『孤独な太陽』『太陽ギラギラ』を初めて生で聴くことができたこと。
異質にすら感じたこのセットリストに、わたしは宮本さんの心の中を覗いたような、現在進行形で考えていること、感じていることをシェアしてもらったような、そんな気分になった。
いつもはハンドマイクで歌う『ファイティングマン』『やさしさ』『待つ男』を宮本さんがギター1本で歌いあげた姿は忘れられない。部屋にこもってギターを掻き鳴らしながら曲を作っている背中が目に浮かぶようだった。何度だって聴いてきた曲たちは、こうやって宮本さんがギター片手に作ったものなのだ、と今更ながら実感したのだった。
袖にいるスタッフにお願いするような表情を向けて、最後の『花男』が始まった。多分、予定外で余計にやってくれたのだと思う。その前に歌った『友達がいるのさ』では、キーが分からなくなってスタートがもたついたり、感極まって涙したりした。だから大団円という雰囲気は既に充分あったのだけれど、それでもなお歌を届けたい、喜んでもらいたい、その強い想いが伝わってきた『花男』はとてもあたたかく、とても楽しかった。最近よく耳にする“三密”の極致だったLIQUIDROOMで、わたしは思いきりフロアで跳ね上がり「お誕生日おめでとう!」と何度も叫び、宮本さんの歌と演奏に身を委ねたのだった。
「みんなもお誕生日おめでとう!」と、宮本さんもお返しとばかりに何度も繰り返した。わたしたちは宮本さんから祝福されている。それは嬉しい衝撃だった。

LIQUIDROOMからちょうど1年後、54歳のお誕生日に開催された作業場での弾き語りライヴは無観客配信という形となった。本来ならホールを予定していたようだが渦中での開催を断念。
ソロ初アルバム『宮本、独歩。』を引っ提げての全国ツアーも度重なる延期を経ての中止、だから今回は『宮本、独歩。』初めてのコンサートなのだ。アルバム収録曲に加え、エレファントカシマシの『孤独な旅人』『俺たちの明日』、あの『珍奇男』を一番だけ歌ったのにはびっくりした。続く「金があればいい!」と高らかに歌うデビュー曲『デーデ』からのカバー曲『赤いスイートピー』という流れは画面越しにも破壊力抜群だった。
後に編集された映像では修正されていたのだが、生配信時は時々画面からフレームアウトする宮本さんに「いつもの調子だ。」という謎の安心感を抱いてしまったくらい全力の歌唱だった。無人の画面から力強い歌声だけが響き渡る様はちょっとしたカオス状態である。もはや無観客配信など関係なく、これは『宮本、独歩。』初めてのコンサートだ、という強い意志を感じた。
ラストはソロでも随一のバンドサウンドを誇る『Do you remember?』だった。歌う直前に一瞬見せた鋭い眼差しがとても印象に残っている。
LIQUIDROOMではソロの良いスタートが切れたと思うし、アルバム『宮本、独歩。』は素晴らしく、この配信ライヴは、その時にできうる限りを尽くした最善のものだった。
「これはこれで楽しかった。次はライヴで会おうぜ。」
この言葉と、鋭い眼差しと、敢えてバンドを前面に出した曲でひとりきりのライヴを締めたことに、宮本さんのコンサートに対する信念をみたような気がした。

エレファントカシマシ日比谷の野音。宮本さんは作業場からの配信以来ライヴをしていない。ジャパンのインタビューでも「他を全部やめてエレファントカシマシの野音だけにしました。」と語った通り、バンドとして31年目野音のステージに立つことを優先し決意したのだ。ソロ活動は絶好調、初のカバーアルバム発売を控えるこの時期に、宮本さんがエレファントカシマシとしてどんなステージをするのか。また、世界中を襲っている渦の中、キャパシティ半分以下とはいえ有観客で、かつバンド史上初のオンライン同時配信という意味でも関心が高まるコンサートだった。
エレファントカシマシはそれらには一切触れず、常時さながら2部構成の上にアンコールまでやり切った。絶賛ソロ活動中であっても、何一つ言い訳にならないし、するつもりもないだろうし、実際する必要はなかった。
一曲目は『「序曲」夢のちまた』。石くんのギターが響き渡り、そこに宮本さんの歌がのる。ソロとかバンドとか配信とか渦中だとかそんなことを考える隙を与えない圧倒的に重くて力強い、いつものエレファントカシマシだった。
2部に披露された『今宵の月のように』が特に印象的だった。20年以上も前の曲だというのに、誠実かつ丁寧な歌と演奏には慣れが一切ない。4人の姿は曲をリリースした30代の頃のようだったし、その音は20年を経てなお戦い続けている現役のものだった。

わたしはエレファントカシマシが40年近く不動のメンバーでバンドを継続しているという事実に、勝手にロマンのようなものを抱いている。わたしが手にしようとしなかったもの、手にすることが叶わなかったものを4人は共有している。ある種の憧れや理想を彼等に重ね、だからエレファントカシマシの音楽をこれからも聴いていきたい、と大いなるエゴのもと無責任にも願ってしまう。4人が紡ぐ重くて真っすぐな音が大好きなのだ。歌謡曲を歌ってもどうしたってロックの影がちらついてしまうくらい、宮本さんにはエレファントカシマシが沁み込んでいて、そんなところが大好きなのだ。
宮本さんの歌の原点は子供の頃に聴いていたお母さんの歌声であり、小学生の時に所属していた合唱団であり、テレビやラジオで流れていた歌謡曲だという。中学生以降の友達同士でエレファントカシマシを結成、それから今までずっとロックバンドのボーカリストとして生きてきた。
「そのすべての融合がここで行われていて。」
ソロについてそう語っていた。
宮本浩次には歌謡曲もクラシックもエレファントカシマシも全部詰まっている。
そう考えるとソロ活動はまるで歌手としての原点を、エレファントカシマシとして敢えて触れずにきた部分を回収する作業のようにもみえる。
「切り替えっていうか素のままでよかった。ソロをやらない時の自分とソロをやってエレファントカシマシをやるってのは理屈が凄く通っている。」
野音直前の宮本さんの言葉だ。
エレファントカシマシは宮本浩次の一部であり、歌謡曲が大好きで合唱団に所属していたことも宮本浩次の一部なのだ。
LIQUIDROOMで感じた“近さ”は、“エレファントカシマシである前に宮本浩次である”ということの現われなのかもしれない。それは思いがけない嬉しい感触だった。
歌手としての原点を拾い集める宮本浩次を、開かれた宮本浩次を、ソロ活動を通じて歌うことへの理屈を通す宮本浩次を、わたしは思った以上に歓迎しているみたいだ。
エレファントカシマシに対する周りのひとやファンのひと、何よりメンバーや自身の想いを背負い、だからきっと宮本さんはソロでも無観客配信でもエレファントカシマシでも何一つ変わらない熱量をもって歌うのだろう。「一日でも長く歌いたい。」とさらりと言ってしまうひとなのだ、宮本さんは。



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