最終端世紀魔女神話大全集〜マジコロジック〜

未完成。テスト


【最終章】
『おしまい』


 その雷が落ちた時、わたしはこの世に生まれ落ちた。
 これは単なるレトリックのような物。実際にはわたしの体には生まれ落ちてから十七年分の時間が重なっていた……と知ったのは後のこと。けれど……この時のわたしにはそれでもレトリックとは思えない、そんな確信があった。
 焦れったそうな二度目の雷で、わたしは覚醒する。
 目を見開き、雨に打たれ続ける泥に塗れた体を起こし、ゆっくりと振り向く。次いで、反対へと、ゆっくり。
 大きな大きな失くしものがあると、本能的に気づいていたから。
 けれど、この目は何も捉えない。
 なぜならわたし自身にも、自分が何を探しているのか。何を失くしたのか分からなかったから。
 遂には俯くわたしの背後で、責めるような三度目の雷が瞬いた。
 瞬間、泥の器に溜まった水に映った自らの顔を、わたしは見た。そして、何を失くしたのかも知った。

「わたし、は……誰?」

 そこにあったのは、知らない顔。

 わたしが失くしたものは――わたし自身だった。

 見慣れない手で、頬をブニブニと触ると、水面の誰かも真似をする。間違いない、これはわたしだ。それなのに、それが正しいかどうかが確信できない。よくできたお面を被っているとすら思ってしまう。剥がそうとして、爪を立てると、血が滲んだ。
 慌てて頭の中の記憶を全部ひっくり返そうとするも、何も……何も出てこない。

 まるで魔法にでもかかったかのように、わたしは自らに関する記憶の一切を失くしていた。

 巻き起こる風の音が、泥を叩く雨の音が、響く雷の音が、それらの全てが、万雷の拍手のように。
 ある少女の死と生と、そして世界の終わりが今ここに始まったことを、喝采していた。

 ※

「本当なんです! 信じてください!」
 両手に枷をはめられ、足を結ばれてわたしは狭い鉄格子の檻の中で叫ぶ。
 その周りを囲んだ、赤い蝋燭がバチバチと爆ぜては雫を散らす。
 少女を囲む、蝋燭を囲む……五つの仮面。
 素顔を隠した五つの人影は、少女の言葉一つ一つを聞き、そして意味がないことを知っていた。
 ここは広い。とても広い空間。
 そして暗い。とても暗い空間。
 何人もの人間が球技に興じても問題ないほどにも関わらず、わたしを含めた六人は、中央に固まっていた。まるで追い詰めるように。追い詰められるように。
「――」
「――、――」
「――?」
「――……――」
 くくっ、と一人が漏らす。審判の時が来たのだろうか、わたしの身は固くなる。
「お前」
 不意に仮面の奥からこぼれ落ちるような声。
 わたしの真正面に立つ、この場を取り仕切る、王。
 肌の一片も見ることはできないであろう、何枚もの布に覆われた体。
 息を呑むことに夢中で答えることのできないわたしにもう一度。「お前」
「は、はい」
「最後にもう一度、聞かせてみろ。お前は……“魔女”か? そうでないか?」
 “魔女”。
 そう、この場は魔女か、魔女でないかを問われる、魔女裁判。
 もしも相手の意にそぐわない答えだったならば……処刑が行われる。
 わたしも、記憶はなくとも事前に聞かされ、知っていた。
 だからこそ、答える。

「信じてください……私は、“魔女”なんです!」

 王たる彼女は。
 女王たるその魔女は。

 わたしの懇願を一笑に伏すわけでもなく、ただ言った。

「それならば……語るが良い。自らが犯した罪を。あの嵐の夜、【クロックワークス時計城】にてお前が犯した、【分割の魔女】、ハラハル・レンドヴィル首斬り殺人の、真実を」

 そう。わたしが生まれ落ちた時。目が覚めた時。あの夜、あの晩、あの中庭。

 そこにいたのはわたしだけじゃなかった。

 わたしの目の前には、【首を切断された女の子の死体】があった。

 そして、わたしは……大ぶりの斧を握っていた。

 あの夜の裁判が――始まる。


最終端世紀魔女神話大全集〜マジコロジック〜
【完】


【竜巻の章】

「魔女裁判とバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ殺人」


 魔女裁判。それは“魔女であるかどうか?”を問う裁判。

 魔女であれば、解放。
 魔女でなければ、処刑。

 それを聞いた私はすぐに思う。「だったら、魔法を裁判官の前で使って見せれば?」と。
 しかし、後に“彼女”から聞くところによると、それは難しいらしい。
 【火炎】や【氷結】と言った目で見える魔法ならともかく、箱の中身を当てる【透視】などはトリックを使って中身を事前に知っていれば魔法を使ったと言い張れるし、かつては【速度】の魔女とやらがいて、彼女は自分の動きを極度に遅くできたが、当たり前だが傍目からはただゆっくり動いているようにしか見えなかったらしい。
 さて、先ほどから当たり前のように連呼している、【魔法】について。
 “彼女”が後に教えてくれたことをまとめると、以下のようにルール付けがされる。

・【魔法】は一人につき一つだけ。
・【魔法】は呪文を唱えなければ発動しない。
・【魔法】は物理法則を飛び越える。
・【魔法】はそれを持たずして生まれることもある。

 ……なるほど。もし私が本当に魔女であるなら、ルール二つ目、呪文を忘れているからこそ魔法が使えない、というわけか。
 ちなみに、“彼女”にこの魔法についてを尋ねたときは本当に驚かれた。
 あまりに当たり前のことを尋ねられた、と言うような。
 それは例えば、「歩き方を忘れました」と尋ねられたような。
 なぜなら、魔法とは生まれてくる99%の人々が持ちうるもので、そうでなくとも学校教育の過程で必ず教えられることだから、らしい。
 そう、私の頭は、そんな人々にとって当たり前なものすら、消えていたのだ。

 一体、どうして?

 ※

「では、証人たち、前へ」
 最も威厳のある声が響くと、四人の裁判官と、檻に閉ざされた私の間に、四人の人影が現れた。
 女王はもう何も喋らない。あとは裁判官に任せると言わんばかりに、玉座に腰を下ろしていた。
 現れた証人たちは全員フード付きのマントを着ているが、今は顔をあらわにしている。
「名前を、そちらから」
「クレア・アミール」「あ……セルセト・ユーステス」「……ネグル・クエルクルだ」「えー、ワセト・ティーテでーす」
 こちらに背を向ける彼女たちがめいめいに名を名乗る。証人……何を証言するのだろう。私の無実? それとも。
「宣誓」クレアと名乗った金髪のショートヘアの魔女が、右手をあげ女王に向かって言う。「私たちは女王様の名の下に、真実のみを告げると誓います」
 誓います、と残る三人も右手をあげて声をそろえる。
「では」……と、裁判官の一人が促す。「証言しなさい。あの夜あなたたちが見た全てを。その魔女が、いかにして【分割の魔女】、“ハラハル・レンドヴィル”を殺したかを。そして、その魔女が、魔女でないと断ずるかを!」



「私たち、普段は時計城の管理をしているんです」
「あの日はひどい嵐……いや、竜巻が近くを通ったせいで雷や雨がすごくてよ、手分けして城中の戸締りをしてまわっていたんだ」
「あ……クレアが、東側。ネグルが、北側。私、セルセトが、西側。ワセトが、南側を担当していました」
「で、なんですけどぉ。何度かすごい雷が鳴ってぇ、中庭が稲光で照らされたんです。そしたら、人影があってぇ。なんだろなー、危ないなーって見てたら、その子が」

 ワセト、と名乗る間延びした喋り方の魔女が、不意にこちらを向いて、私に指を向ける。
 ようやく見えた彼女の顔は……私を、睨んでいた。まるで、凶悪な罪人を見るかのような目つきだ。

「……その子が、抱えていたもう一人を中庭の中心に置くところでした。で、私は何度か呼びかけたんですがぁ、反応なくて。そしたら……」
 ワセトは俯き、言葉を弱める。
「いいよ、ワセト。アタシが言う」ネグルと名乗る魔女が、こちらに振り向いた。攻撃的な目で、同じく私を貫く。「コイツが、マントの下から取り出した斧を振り上げた。アタシは何をするのかを察して、泡を食って東側、中庭への扉に向かっていったんだが、中庭への扉には鍵がかかっていて、クレアも鍵を持ってなかったから開けるのに手間取っちまった。開ける頃には……全部終わってたよ」
「その間のことを、私は見ていました」続けたのはセルセトと名乗る黒髪の魔女。後ろ姿からでもわかる。ブルブル震えた肩。「こ、この人、なんども、なんども、なんども……ハラハルさんに、斧を……なんども、なんども、なんども……!」
「その後、彼女は倒れました」クレアの言葉に、ガクガクとセルセトは頷いて同意した
「あ、私も倒れたところ見たなぁ……で、みんなで合流してぇ、鍵を開けて私たちが同時に中庭に入ったときぃ、足跡は片道分が一人分……その子の足元に伸びてたんでぇ……絶対、その子がやったとしか思えなくてぇ……」

 間延びした口調を最後に、証言は終わった。


 ※

「そ、そ、そんな……!」
 全身から血の気が引いていくのがわかる。決定的。決定的ではないか。私が彼女の首を刎ねたそれを見た四人の目撃者がいる。
 私は……人を殺したことを、忘れたのだ。
 人の首を切り落としたことを、忘れたのだ。
 足元に大穴が開き、私はそこに落ちていく。無論それは幻覚で、けれど視点は落ちる。なんのことはなく、その場に頽れただけのこと。
 けれど、そこに待ったがかかった。
「お待ちを」
 フードで顔を隠した裁判官の一人、最も年老いた声だった。ローブの下から覗く手は、どことなく死人を想起させる。死神……と言っても想像するものと違いはないだろう。
「貴方たちにいくつか聞きたいことがあります」

 ※

「まず一つ目。事件当時の夜、暗闇と竜巻に伴う嵐で視界は悪かったはず。なぜその魔女だと分かったのですか?
 二つ目。貴方たちは戸締りという同じ目的のためとはいえ、示し合わせることなく動いていたはず。なぜ、貴方たちは同時にその魔女を見ていたのですか?
 三つ目。貴方たちがその魔女を【非魔女】とする理由を、まだ聞いていません」

 は、と息を呑む音が四人分聞こえた。そして彼女たちはキョロキョロとお互いの顔を見合う。

「さ、裁判官様」クレアがもたつきながら答える。「一つ目の質問についてです。なぜ、この魔女だと分かったか……それは、雷です。あの夜は何度も稲光が中庭を照らしていました。確かに見づらかったですが、フードから除く輪郭は、確かにこの魔女でした。何度も続いた稲光は、断片的ではありますが、この魔女がハラハル様の首に斧を落とし、その場に倒れ伏せるまでを写しました」
「二つ目に関しては……アタシが。確かに裁判官サマの言う通り、同時に四人が中庭を見た理由についてはアタシも気になってたんだ。後からみんな見てたことに驚いたくらいだ。で、よくよく思い出したんだが……あの時、変な音がした気がするんだよ。音っつうか……声が。いや、あれは……笑い声だ。大雨の中、竜巻が近づく中、雷鳴の中……大笑いが聞こえたんだ。で、足を止めて窓に近づいたんだ」

 私は耳を塞ぎたくなった。裁判官は別に私を庇おうとしたわけではないのだ。確実に私を処刑するため、細部を詰めているだけなのだ。
 それに……大笑い、だなんて。
 私は、どこまで残虐な人間だったのだろう。
「三つ目の、なんで非魔女かって話なんですがぁ……」

「失礼します!」
 突然、凛とした声が響いた。カツ、カツ、と靴の音を鳴らして蝋燭の灯りの元へと現れたのは二人の人影。彼女たちのことは……記憶にある。
 目が覚めた私を拘束し、馬車へと放り込んだ二人だ。あのときは何が何やらわからなかったけれど、この態度からして、もしかして、裁判官側の魔女……ということなのだろうか。
「鑑定結果、出ました。事件当時、確かに【中庭で魔法は一種類使われた】ことはわかりました。しかし、種類は不明。申し訳ありません」
 裁判官に向かって礼をする二つの人影。老婆の裁判官が「まあ、なにしろ竜巻ですからね。魔力粒子も飛んでいきますよ。下がっていいです」と促した。帰っていく影の手の中に、【本】……のようなものが見えた。

 今のやりとりは……?
 把握するより前に、三つ目の答えを遮られたワセトが、「……って言うわけです。あの二人が城に来たときも見てもらいましたが、使われた魔法は一種類だったんでぇ」とまとめた。
 ど、どういうわけ?
 私一人を置いて、他の全員が「ああ、なるほどね」と言わんばかりに頷きあう。何が起こったの?
 だとしても、まだ私が魔女で、私が魔法を使ったって可能性だって――。

「あの日の夜、嵐が来る前……時計城の中庭で行われるはずだったのは、【ハラハル・レンドヴィルのバラバラショー】でしたね」

 あの夜の雷が、今度は私の脳天に落ちた。

「ええ、だから、あの日……ハラハル様は中庭で何度もリハーサルを行っていました。【分割の魔女】であるハラハル様による、バラバラショーの……です」
 だから、つまりは、使われた一種類の魔法というのは……私のものでは、ないのだ。

 いつのまにか、静寂が裁判場を包んでいた。
 いつのまにか、誰も何も言わなかった。
 いつのまにか……語るべき議論は尽くされていた。

「では、無名の魔女。お前に判決を言い渡す」

 頽れたままの私に、裁判官は告げる。

「お前は、魔女ではない。忌むべき非魔女であり、断ずるべき罪人でもある。よって、天罰によって裁きを下す」
「え、ちょっと……ちょっと待ってください!」私は叫ぶ。「私、何にも覚えてないんですっ! 本当なんです……だから魔法使えるかもしれないんですっ! 思い出せば……ちゃんと思い出しますからあっ!」
 渾身の命乞いを、しかし聞く人は誰もいなかった。私は檻の中を囚われの動物みたいに暴れ回る。何の意味にもならない。
「今ここに、刑を執行する!」
 そしてわたしは見る。暗闇に包まれた裁判場に、天から一筋の光が差し込んでいくところを。
 その一筋は、やがて太く、大きくなる。天井を見上げると、正体が分かった。

 青空。

 屋根が円形に開いていき、そこから丸く青空が大きく広がっていく。
「何これ」
 私の声ではない、証人のうちの1人……クレアだ。青空を見上げるのをやめて、彼女の視線の先を追う。床だ。私を中心にして、何かが広がっている。
 四角い石が敷かれた石畳。それら一枚一枚が、バラバラに、不規則に、白黒に、塗られている。意味がわからない。どういうこと?
 広がる青空、差し込む光が最大限に当たりを照らすと、分かった。

 これは、【魔法陣】だ。

 その中心にわたしはいるのだ。
 とん、とん、と足音が聞こえる。これまでずっと黙っていた裁判官のうちの一人、一番小柄な魔女が、魔法陣の端に立っていた。

「――――……」

 何かを唱え始める。
 いつのまにか、証人たちは空からの光を避けるように、影の中へと身を潜めている。わたしから目を背けず、睨みつける者。わたしから目を逸らし、震える者。彼女たちの様子から、何が行われるのかは分からずとも、その結果どうなるのかは、簡単に察することができた。

「いや、嫌……!」
 助けて。ガクガクと震える顎ではこれしきの言葉も出てこない。
「ちょっと、ねえ……!」
 わたしは何もわからない。何も思い出せない。何も知らない。
「こんなの……おかしいよ……」
 誰も――助けてくれない。
「だれか……誰か! 助けてぇ!」
 わたしは深い深い絶望の中、せめて何も見ないようにと、うずくまって目を閉じた。

「ああ、助けてやろう! この私、【真実の魔女】がっ!」

 ……はい?

「断言しよう。この少女は恐るべき殺人鬼ではなく……そして同時に、魔女であると!」

 ※

 ガァン! とわたしの閉じ込められる箱型の檻を揺らしたのは、ついに処刑が始まったからだと思った。
 けれど、いつまで経ってもわたしの体には何も起きない。かわりに……ざわざわとしたざわめきが裁判場を埋め尽くしていた。
「何をしている! 警備兵!」
 裁判官の一人が叫んだ。
 駆け寄るような複数の足音は、わたしを囲んで止まった。なんで? 違和感に、わたしはようやく目を開く。あたりを見る。声の主はいない。でも……兵士たちが向ける槍はわたしを中心に、【上】を向いていた。上?
「こんにちは、無実で無知で無能な魔女クン」
 少女が、わたしを見下ろしていた。
 顔立ちからわたしと同年代か。派手なマントに身を包み、艶やかなステッキを持ち、反対の手は大袈裟なポージングで頭に乗ったシルクハットの鍔をつまんで、彼女はわたしの檻の上に立っていた。
 天から降り注ぐ日の光をまるでスポットライトかのように浴び、シルクハットの影に不適な笑みを浮かべている。
 音と衝撃から察するに、飛び降りたのだ、開き始めた天井の大穴から、わたしの檻の上に。
「貴様……何者だ!」
「おいおい、私が何者か、なんてすでに名乗っただろう」猛る兵士にも彼女は余裕の口振りで答える。「私は【真実の魔女】。全ての謎の答えを一瞬にして解き明かせる、唯一無二の魔女さ」
 そう言って彼女は檻からトン、と一足で降りると、くるんと回ってマントを広げ、注目を集めるように両手を広げる。天からの光を浴びて行うそれら一つ一つの所作は、優雅な舞にすら思えた。

「さて、こんな簡単な謎すら解けない愚かな皆様に朗報です。私が真実を持ってきました」

「な、何を言っている……」裁判官の一人、魔法陣の前で呪文を唱えようとしていた小柄な彼女が狼狽える。「お前……き、貴様ッ! ここをどこだと思っている! そんなふざけた真似が許されるわけがない!」
 彼女の言い分はもっともだ。おそらく助け出されるであろうわたしすら、彼女が怪しくてたまらない。今にも「助けるは助けるでも、死こそ救済なのですがね!」などと言ってマントの下から体にぐるぐる巻きにした爆弾を見せつけ、全員木っ端微塵にしても全くおかしくない。
「警備兵、何をしているの! 早くそいつを――」
「まあ、まあ」
 老婆の裁判官が、止めた。突如現れた異分子を、可愛い子猫が庭先に転がり込んできたと言わんばかりの、穏やかな声。
「真実の魔女さん。貴方は言いましたね、真実を持ってきた、それによると彼女は殺人者ではないし、魔女である、と。それが真実であるならば、私たちは無実の魔女を処刑することになります。困りましたねぇ、とても困ります。そんなことはあってはなりません。なので……教えてください、貴方の持つ真実とやらを。もしもそれが【嘘】と断定されたときは……貴方も、処刑の対象となりますが」
 それは挑戦状のようでもあった。明らかな挑発。とはいえ、この挑戦、彼女たちにデメリットはない。真実が手に入ればそれでいいし、嘘だと分かっても処刑をすればいい。
「ええ、もちろんです」
 けれど、【真実の魔女】はシルクハットの鍔をあげて、裁判官と相対する。
「私は私の魔法によって真実を見た。その一部始終を、皆様に語って聞かせましょう」

 再び彼女はくるんと回る。マントが翻り、場の全員の目をしっかりと見て、告げた。

「お待たせしました。真実の解決編です」

 ※

「皆様の話を陰ながら聞かせていただきました。私が見た真実と照らし合わせても……そこに嘘は無いと断言できます。四人の証人が見たものは真実なのです」
「お待ちを」老婆が止める「貴方が魔法で見た【真実】を基に話をするのは、やめましょう。そこに説得力はありません」
 真実の魔女は恭しく頭を下げ、「確かにその通りだ。改めましょう」と不遜に言った。
「では、まず四人の証人がなぜ嘘をついていないとわかるか、を語りましょう。これは逆に考えればわかります。つまり、もし【彼女たちが嘘をついていたら】どうなっていたでしょうか」
「私たちが、嘘をついていたら……?」クレアが考え込むように呟く。それを受け、真実の魔女は続けた。
「ええ、もしも貴方たちのうち一人から四人が嘘をついていたとしたら、どんな共犯関係が成立していようとも、【死体を中庭に運び込む】、【気絶した容疑者を中庭に運び込む】、そして【自分の脱出】の三つのタスクが行われたことになります。さて……そうなれば、先ほどの証言と矛盾が生じます」
「証言って……誰のぉ?」
「貴方のです! 可愛い口調のお嬢さん!」
 ステッキで指し示されたのはワセトだ。
「貴方たちがどんな共犯関係であれ、三つのタスクをこなす以上、足跡が片道一人分なのはありえない! 特に【自分の脱出】というタスクがある以上、どうしても復路の分の足跡は残ってしまう」
「あ、でもぉ、自分で証言しといてなんだけどぉ……自分の足跡の、行きの分を踏んで帰るのはどぉ? もし別の人が犯人なら、その子に罪を着せれるかも!」
「うーん、かわいい口調のお嬢さん。それも難しいだろうね。なぜなら、君の足跡の証言とは別に、『怪しい人影はその場で倒れた』という証言もあるんだ。クレア、セルセト、そして君、ワセトの三人分。ネグル、君は見たかい?」
 突然水を向けられるネグル。一瞬目を丸くしたが、「いや……」と俯いた。
「だろうね、君は斧を振り上げる人影を見て中庭へと向かったのだから。しかし、君はすぐにクレアと合流し、相互監視にあった。つまり……この四人は事件発生まで、中庭に入っていないのは確定となる」

 な、なるほど……ん?
 そうなると、どうなるの?

「中庭にいたのは、名もなき魔女と、首と胴体が泣き別れの魔女。それ以外誰一人いないことが確定した」

 え、つまり……。
「ちょ、ちょっと!」わたしは檻を掴む。「それじゃあ……わたし以外に誰もハラハルさんを殺せた人はいないって……」
「言ってないさ」
「え?」
「あの中庭にはもう一人いたんだ。ハラハル・レンドヴィルをバラバラにできたやつが」

 ※

「さて、四人の証言は真実だと確定しました。では、それぞれどんな意味を持つのか。要約すると以下になります。
①犯人は自分の足で中庭に現れた。
②犯人は高笑いした。
③犯人は自分の手で被害者を中庭に置いた。
④犯人は何度も斧を振り下ろした。
⑤犯人の顔は名もなき魔女だと、稲光の中だが複数人が視認した。
 これら全てが真実だと言うことになる。ところで……皆様に聞きたいのですが」
 真実の魔女は微笑んだまま、首を傾げて尋ねる。
「旅の大道芸人、ハラハル・レンドヴィルの固有魔法、【分割】とは、どういうものだったのでしょう。なぜ、【分断】や【切断】でもなく、【分割】なのでしょう」
 証人一同は一様に首を傾げる。
「さ、さあ……リハーサルも私たちは見ることはできませんでしたので、どういった魔法なのかは……」
「なるほどなるほど……私は真実を知ってはいますが、皆様も思い至ることはできるでしょう。ヒントは【バラバラショー】です。なんせ、ショーなのですから、ただちょんぎって終わり……ではなかったのでは? 例えば……【バラバラにしたけど戻せる】。あるいは……【バラバラにしたけど動かせる】。【バラバラにしたけど生きている】……とか」
 ざわ、と空間が蠢いた。その中のざわめきには、わたし自身のものもあっただろう。
「さて、この二つが特性としてあったとすると……どうなるでしょう? 全てに辻褄が合い始める気がしませんか?」
「それって、つまり……」
「皆様が見た、死体を運び、斧を振り下ろす人影……【それは本当に名もなき魔女だったのでしょうか】……詳しくお話ししましょう。
 犯人は、あらかじめ名もなき魔女を昏倒させると、【自分の首】と、【名もなき魔女の首】を分割しました。そして、自分の首から上に別人の頭部を設置することで、頭部を入れ替えたのです。
 こうして、名もなき魔女の顔を手に入れた犯人は、自らの足で中庭へと、自分の頭と別人の体を抱えて現れます。
 高笑いしたのは、犯人自身。この姿をできるだけ多くの人に見せるためです。この場合、立っている人影の頭部ではなく、その腕に抱えている頭が笑ったことになります。不気味ですね。
 さて、犯人は注目を集めると、中庭へと体と頭のチグハグセットを下ろし、用意した斧を、【すでに別れている首と胴体の間】に何度も振り下ろたのです。自分を照らす稲光は予測できませんから、念を入れて何度も振り下ろす必要があったのです。
 こうして自分の行動を印象付けると、犯人はその場で崩れ落ち、稲光の無い闇夜のうちに自分の頭と名もなき魔女の頭を再び入れ替えます。かわいそうな名もなき魔女の首の切断面を元に戻すと、自分はそのまま……
 そこへ証人の四人が入ってくると……
 あの日の夜の状況が完成するのです。
 以上、真実の解決編でした」



 ※

 真実の魔女は、仰々しく……恭しく、礼をする。
 全員の顔が、魔法にかけられたように固まり……老婆の裁判官の声が、響いた。
「警備兵」
「……はっ!」
「ハラハル・レンドヴィルの死体はどこに?」
「安置所に置かれています!」
「確認しなさい」
 バタバタと数人が消えていく。
 そんな喧騒の中、老婆と真実は向かい合う。
「貴方の話が真実ならば、ハラハル・レンドヴィルはなぜそんなことを?」
「その少女を自分殺しの犯人として処刑させたかったから……貴方もわかっているくせに」
「おや。私が?」
「ええ、私は真実の魔女。全てがわかります。だからこそわかります。貴方は……【最初から全部わかっていましたね】? わかっていた上で、彼女を守らなかった。なぜか? 貴方は……【この私を引き摺り出したかった】」
 この会話は、なんだろう。彼女たちは何を話しているんだろう。隙間だらけの檻一つが、分厚い壁のように、彼女たちの言葉が、その意味が、遠くに聞こえている。全くつかみ取れない。
「貴方は……」真実の魔女の声は、これまでの余裕がほんの少し欠けそこから怒りが滲む。「いや、お前は……どこまで、何まで知っている?」

「……ふ、うふふ」

 裁判官の席の人影が、すっと縦に伸びる。
 立ち上がったのだ。

「うふ、うふふふふふ……」

 老婆の裁判官が、私に、いや真実の魔女に歩み寄る。その行動は他の裁判官からも信じられないらしく、残る人影がぐらりと揺らめく。
 開かれたままの天井から差し込む日の光に当てられ、深く被ったローブの影が濃くなり、顔を完全に隠す。それでも、私は見た。その奥を見た。

「うふふふふふふふふふふふふふふふふ――」

 仮面だ。老婆の裁判官の顔面には、妙な木彫りの仮面が張り付いていた。【他の三人の裁判官とは違うデザインの仮面】を、老婆は、わたしと、真実の魔女に、たったそれだけを見せつけた。
「――ばあ」
 息を呑む音。でも、その仮面を見たのは、わたしと真実の魔女だけのはず。わたしは息なんて呑んでない。ならば――。
「おっ、お前ぇ!」
 真実の魔女は、それまでの洗練された、ポーズじみた所作をかなぐり捨てたように老婆の裁判官へと掴み掛かろうと――。

「報告です!」

 その瞬間、先ほど消えた警備兵の魔女の一人が、裁判場へと転がり込んでくる。
「ハラハル・レンドヴィルの遺体が……消えました! 今すぐ! 今すぐに……【天蓋をお閉めください】!」

 ――ギャァアッハハハハハハハハハハハハハハハハハアーッ!
 ――ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
 ――ギャハ! ギャハハ! ハハハハハハハ!

 裁判場が、真っ赤に染まる。

 血、血――?
 肉、肉――?
 声、声――?
 血だ。
 肉だ。
 声だ。

 裁判場に血と、そして肉が竜巻のように吹き乱れる。あの日の夜の再現。声はさしずめ、雷鳴だ。
 誰の血? 誰の肉? 誰の……声?

 いや、わたしには全部わかる。これら全部……あの人のものだ。
「ハラハル……レンドヴィル……!」
 これら全て、彼女のものだ。【分割の魔女】、ハラハル・レンドヴィルは……自らの肉体を超超超細分割しているのだ。
 バラバラでも繋がる彼女は、バラバラでも動ける彼女は……そうして、全身をバラバラバラバラバラバラにして、通風口からこの場へと躍り出たのだ。超超超再分割した、キューブ状の自分の肉を、骨を、その他全てを、裁判場中に撒き散らし、渦を巻くように回転させているのだ。

「ギャアアアアアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「天蓋を……閉めろぉ!」
 笑い声がこだまする中、警備兵が天蓋のスイッチレバーへと走っていく。しかしそれでもハラハルは竜巻のままだ。
 その竜巻はぐるぐると渦を巻くと、わたしの檻の中へ吹き溜まる。隙間から血肉がずりゅずりゅと擦れる音を立てて入り込む。
「よよよううよううよう」
 その竜巻は、人型の竜巻は――そんなふうに、わたしに気さくに声をかける。声が何重にも重なってはいるが、「よう」と声をかける。
「は、はぁ、は……!」
 おぞましき竜巻に、わたしは息を吸っていいのか吐いていいのかわからなくて、ただただ立ちすくむ。
 だけど竜巻はそんなわたしの耳元に、回転し続ける血肉から組み上げた口を近づけ、囁いた。

「お前、失敗したな」

「は――」
 思考が全て停止する。空っぽだった頭蓋の中に冷水が注ぎ込まれる。心臓が一瞬で爆発した。
 そんなわたしの目の前で、竜巻は歪に組み上げて作った大口を、凶悪に笑みへと歪める。

「借りは返した。手伝うのは……これっきりだ」
「ど、どういう――」
「天蓋、閉めまァす!」
 警備兵が叫ぶ。
 刹那、全ての竜巻が消えた。
 いや、消えたのではない。彼女は、そこにいた。
 わたしの檻の中に、裸ではあったが、先ほどまでキューブ状だったその体を、今は全身を揃えて正しく組み上げていた。
 美しい――優しげな微笑みを湛えた、幼い魔女がそこにいた。まだ、少女だった。
 ウェーブがかかった金髪は腰まで伸び、日の光に碧眼はキラキラ煌めき、可愛らしく両手を前に組んで、彼女はにっこり笑って……そのまま口角を、耳元まで吊り上げ、【唱えた】。

「【ジグソルド】」

 それは、わたしが初めて聞いた、【魔法の呪文】だった。

 ぼごん。
 レバーを掴んでいた警備兵の、手首が分割された。

 ぼごん。
 彼女に向かっていた槍の全てが、真ん中で分割された。

 ぼごん。ぼごん。ぼごん。ぼごん。
 その場の全員の、首が分割された。

 ぼごん。
 そして、わたしの首も。

 重力に引かれ、頭は落ちる。
 揺らいで落ちていくわたしの視界に、それは映る。
 ぼろぼろと落ちていく、全員の首に嵌め込まれた目玉も、それを映していたはずだ。

 ハラハル・レンドヴィルの体が再び超超超細分化されて、天へと昇り、青空の向こうへと霧散する姿が。

 そしてついには、ごん、とわたしの頭は重力に引かれたまま床に打ち付けられ、ほんの一瞬の激痛の後に――暗転。

 わたしの裁判は終わった。

 あまりに多くの謎を残して。

 わたしを処刑させようとした彼女を逃して。

 それでも、終わった。

 ※

 長い……永い、悪夢を見ていた気がする。
 わたしの意識は覚醒する。覚醒してすぐに、わたしはわたしの連続性を確かめる。
 頭の中を浚って、何があるかを確かめる。
 ある……記憶が、ある。
 あの嵐の晩のように、何もない、連続性の絶たれた私ではなかった。
 わたしは、わたしとして、連続した。
 ほっ、と一安心すると、頭部のズキズキした痛みにようやく気づく。
 そうだ、確か、このタンコブは石の床に頭を打ち付けたからだ。あの悪夢のような悪魔、【分割の魔女】に首をちょんぎられ――。
「く、首っ!」
 慌てて両手で確認すると、私の首は体と完全にくっついていた。包帯すら巻かれていない。
 それでも、あのぼろんぼろんとその場の全員の首が転げ落ちる光景を思い描いてしまって、「うぅぅ……」とわたしは布団を頭まで被る。
 ん? ベッド? ここはどこ? わたしは誰? ……これは前からだけど。
「目が覚めたかい」
 隣から声がする。恐る恐る布団から顔を出すと、隣に同じようなベッドがあり、そこには一人の少女が上体を起こしてこちらを見ていた。傍の小さな机にはシルクハットが置かれている。
 そうだ、彼女は【真実の魔女】だ。
「ここは病院さ」
「あ、あの……」
「礼なんていらないさ。どうしてもと言うのなら、受け付けるけどね」
「……」なんだか素直にお礼を言いにくい。「ありがとう、ございました」
「いいよ。当然のことをしたまでだからね」
「では、続きをどうぞ」
 耳元でわたしたちのものではない声が響く。声の方向、わたしの後ろを振り向くと、“それ”はすぐそこに居た。
「きゃあっ!」
 裁判官の一人、仮面の老婆だ。檻の中からではわからなかった、暗い裁判場ではわかりにくかった、かなり高い背を腰からがっくりと折り、枯れ木のように髪を垂らして、わたしの一センチくらいのところから目を覗き込んでいた。
「こんにちは」
「は、えっ、あっ?」
「挨拶されてるんだ、返しなよ」真実の魔女は呆れたように言う。
「こ、こっここ、こ……こんにちは……?」
「はい、こんにちは」
 仮面の老婆は背を伸ばす。やっぱりかなり高い。
「二メートルはあるね」
「二メートル弱、ですよ」
「お見舞い、ありがとうございます。貴方はもう良いのですか?」
「体が丈夫なのが取り柄なので」
「枯れ木のような体で?」
「ふふ」
「ははは」
 なぜ、その二人は割と和やかに語り合っているのだろう。と思ったところで、認識を改める。和やかなんかではなかった。お互いに言葉は柔らかいが、その間の空気――つまりちょうどわたしのあたり――が歪むような、殺気に似た何かが充満していた。
 覚えている。空っぽのわたしでも覚えている。
 これはあの時の、裁判場に満ちていた空気だ。
 これは……あの続きなのだ。
「続きを、しましょう。名もなき魔女、この子が【非魔女】であるという話だけ、あの日、あの時……今から四日前の裁判では成されませんでした」
 えっ、わたし四日も寝てたの?
「そうですね。確かに……私は説明をしませんでした。しかし、それには理由があります」
「理由、とは?」
「名もなき魔女の魔法、それはあの事件から論理立てて説明することはできないからです。あの事件で、彼女は魔法を使っていない。だから魔力痕はハラハルの【分割】以外見つからなかった。それでも、私は【真実の魔女】として彼女が魔女であると知っています」
「ふぅん……なるほど。なるほど……へぇ」
 仮面の老婆は満足そうに何度も首を振って頷いた。四日前、転がり落ちた首を。楽しそうに。
「魔法省の私としては、本来ならばその答えに満足せず、改めて処刑しても良いのですが」
 えっ、とわたしは目を見開く。
 あれで終わりではなかったの?
「でも、私はね、すごく優しいんですよ。すごぉおおおく、ね」
 仮面で覆われた顔を、二度、三度と左右に振って老婆は言う。超不気味だ。
「だからチャンスをあげます」
「チャンス?」
「世界の終わりを防ぎなさい」
「はい?」
 途端、話のスケールが巨大になった。世界の、終わり?
「改めて、自己紹介を、します」
 仮面の老婆は、わたしたちのベッドの正面まで歩くと、両手を広げ、ローブを広げる。巨大な蝶のように、あるいは蛾のように。
「私は、魔法省裁判官、【ガラク】。固有魔法は……【予言】です。年齢は115歳。好きなものは世界平和と天罰による処刑を見ること。一日八時間寝ます」
 仮面の老婆、いや、ガラク。その正体は【予言の魔女】。
 後半の情報はどうでもいい。けれど、その魔法は――。
「私は一ヶ月前、ある未来を予知しました。それは」
 ガラクは両手を広げたまま、今もまさに予知をするかのように仮面ごと顔を天に向ける。

「これから一週間に一度、誰かの命が強引に断ち切られる。
 そこに紛れる【魔女でなし】は、四度それが繰り返された後……世界を滅ぼす」

 ばさり、と腕を下ろし、翅が降りる。

「以上です」
「い、い、以上って……」
「これ以上のことは、わかりません」
 正直に言って、めちゃくちゃ胡散臭い。嘘臭すぎる。
 つまりは、四回の殺人の後、世界が滅ぶわけだ。魔女でなし、つまりは非魔女によって。
 いやいや、世界って。滅ぼすって……
 何かの冗談だろうか、笑うべきだろうか、年寄りのブラックジョークってこんなものなのだろうか、と隣の真実の魔女の顔を見ると……彼女の顔は青ざめていた。
 この話を、真実だと……確信しているかのような。
「だから……なのか? 非魔女を処刑しているのは……!」
「あっ!」そうだ、ようやく思い至る。あの裁判の異常性に。
 ただ魔法が使えないからと言って、処刑するのはやはり異常だ。
 けれど、この予言があったのなら、話は変わってくる。世界の終わりが本当なら、非魔女を探し出して処刑するくらい不自然ではない。
「ちなみに貴方の今の予言。公表されているのですか?」
「いいえ、機密事項です。魔法省の魔女と、今教えた貴方たちしか知りません」
 ? 違和感。今の話、なんか変だ。
 ちらり、と隣を見ると、真実の魔女はすでにわたしを見ていて、目だけで頷いた。
 でも、何が変なのだろう。そこまではわからない。
「さて、チャンスの話に戻しましょう。【真実の魔女】、そして【無能の魔女】」
 無能って……。
「貴方たち二人はコンビを組んで、これから起きる、残り三つの殺人事件に挑みなさい。もしも三つの事件を解決し、世界の終わりを阻止したならば、今度こそ無罪放免。
 しかし、その過程で【無能の魔女】が非魔女であると確定したなら、処刑。
 あるいは、【真実の魔女】が語る真実が間違っていたなら、非魔女として処刑。
 ちなみに、【無能の魔女】が非魔女であると確定した場合、同時に【真実の魔女】の語る真実は嘘だったと言うことになり、非魔女とみなして貴方も処刑。
 ……いかがでしょう」
 ここまで何度も【処刑】と連呼されれば、無罪放免への道はどこまでも狭く見える。
 正直、決めかねる。はいと首を縦に振るしかないのに、それ以外は処刑なのに、それでも決めかねる。
「なあ、君」
 隣から声がする。わたしにかけられた声だと気づくまで、少しかかった。
「一つ、真実を教えてあげよう」真実の魔女だった。「君の名前はね、【カエデ】だ。【カエデ・イェストラトス】」
 彼女は、わたしが欲しかったものを簡単に投げてよこした。
 わたしが失ったもの、その断片。それでも大きな大きな、かけらの一つ。名前だ。
「わたしの名前は……カエデ。カエデ・イェストラトス……」
 口に出して繰り返す。繰り返すたびに、それは暖かな自信となって胸に落ちていく。胸の奥に、落ち着いていく。
「そして、私の名前はね、【マコト】だ。【マコト・ウルガルア】。よろしく」
「あぁ、えっと……」
「よろしくと言われているのです。返したらどうですか?」予言の魔女は呆れたように言う。
「よ、よっよよ、よ……よろしく……?」
 でも、それでも。先ほどまでの不安はいくらか消えていた。
 ただ名前を教えられただけなのに。
「決まりましたか?」
 予言の魔女はわたしたち二人を見て、再度問う。
「覚悟は、決まりましたか?」

 二人分の首は縦に、振られた。

「よろしい。では、貴方たちに新たな予言を伝えます。次の殺人は、【三日後】。
 場所、【ドロッセルフィールド寄宿学園】
 死因、【射殺】
 状況、【超密室】
 関係者の固有魔法、【使役】、【時渡】、【爆裂】、【切断】、【融合】、【サメ】
 この中に犯人と、この中以外に非魔女がいます。見つけ出しなさい。
 以上です」

 ※

 予言の魔女、ガラクが去っていった病室には、まだ緊張の余韻が残っていた。
 真実の魔女、マコトの表情を見ようと視線を送ったけれど、西日によって塗りつぶされてわからない。
 だから、独り言のように呟く。
「処刑、処刑、処刑……って言ってたけど、大丈夫ですよね。だって、マコトさんは真実の魔女で、貴方が、わたしは魔女だって言うなら、それは真実で……実は処刑される確率って、すごく小さいんじゃ……」
「いや」
 マコトがそれを遮る。
 いつのまにかこちらに顔を向けていて、沈む太陽が彼女の顔の半分を赤く染めている。
 悲しげにも、自身ありげにも見える、不思議な表情だった。
「すまないが、処刑の確率は、実は高い」
「どうして……どうして?」尋ねるけれど、本当はわかっている。
「実は……私は君に嘘をついた」
 やっぱり、そうだ。
 やっぱり――

 わたしは魔女じゃない。
「私は魔女ではない」

「……やっぱり、そうだったんです、ね……わたし、魔女じゃないんだ……え?」
 確かに想像通りの言葉が聞こえたけれど、いや、変だ。何かニュアンスが違う。

「魔女ではないのは、この私だ」

 真実の魔女は、まっすぐわたしを見て、言った。
 気づかず、口があんぐりと開いていく。
「君は、魔女だよ。でも私は違う。私は、【真実の魔女】なんかでは、ない。ガラクが言っていた、【魔女でなし】だ」
「えっと、でも、いや……え? だ、だって、裁判では……」
 あんなにスラスラと真実を言い当てていたのに?
「あれはただの証拠と証言から考えた推理だ。魔法じゃない」
「そ、それじゃ、わ、わたしたちって……! 貴方は魔女でなしで、わたしも魔女でなしかもしれなくて、しょ、しょ、処刑される可能性って、すごく、すごーく高くて……! ていうかそもそも、三つの事件にマコトさんが絡むってことは、予言の通りってわけで……!」
「ああ」
 マコトは優しく微笑む。

「すっげ〜やばい」

 許容量を超えて、わたしは再び気絶する。
 薄れゆく意識の中、わたしは不意に思い至る。
 世界の終わりの予言が機密事項ならば、つまりは非魔女が処刑されることも秘密裡に行われていると言うことだ。
 事実、わたしが裁判所に送られるあいだ、魔法省は漏洩に対してかなり気を遣っていた。
 で、あるなら……。裁判の時のマコトの言葉を思い出す。

『その少女を自分殺しの犯人として処刑させたかったから』

 どうして、【分割の魔女】は私を処刑させようとできたのか?

『お前、失敗したな』
 ハラハル・レンドヴィルは言った。
『お前、失敗したな』

 わたしは何を失敗したの?

 わたしは……誰?

 ※

 神は人を作った。

 人は神を殺した。

 人は仲間を作った。

 仲間は人を殺した。

 仲間は人を蘇らせた。

 人は仲間を殺した。

 人は――人は。

 人は、人を殺す。

 そうして紡がれてきた、この世界。
 何千年と続いてきた、この世界。

 世界は積み重なる度に歪に歪み、先が細り、倒れないだけで精一杯。

 そんな世界ならば、ただの少女の力でも、きっとあっけなく倒れてしまう。

 たった一人の魔女と。
 たった一人の人間の。

 世界の終わりの、はじまりはじまり。


【カカシの章】
「魔法学園寄宿舎と秘密の部屋の超密室殺人」

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