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赤い少女

「姫様! また裸足で出歩いて! いけません、怪我でもなさったらどうなさるおつもりですか!」
 城外に響くしわがれ声。それに続く少女の声はそれとは正反対の元気で溌剌とした声。
「では、どうしてくださるの? その怪我を治してくださる? いえ、治すのはどうせ私自身。近づいても来れないでしょう?」
 少女は駆ける。野原を。草木を。石の上を。
 足が擦り切れてもその肌はすぐに元通りに戻る。血を出す間もなく傷が治るのだ。故に痛みもなく、永遠に駆けていられる。ただし、疲れはするが。
「ひ、姫様! こ、この老耄ですと、姫様に追いつきません!」
「分かってるわ。私も疲れちゃった。おじい、癒してあげる。こっちに来て」
 少女は駆けていた足を休ませるため、河岸に腰をかけ、その足で水を弾いて遊び始める。
 おじいと呼ばれたその老紳士は、少女の行動にため息をつき、渋々と少女の横へ座り込む。
 隣に座ったことを確認すると、少女は老紳士の手を両手で包み込む。しばらくすると手の周りに薔薇の花弁が散りばめられ、香りが鼻をくすぐる。
「ごめんなさい。おじいの手、怪我させちゃって。これで良くなったから」
 老紳士はさっきまで草木で切ってしまって傷だらけだった手を見るとはなしに見る。今はその傷は綺麗さっぱり無くなっている。少女の治癒能力は国内のみならず、国外でも噂が流れ、尊敬の念や畏怖の念を持たれている。
「姫様、お言葉ですがこんな夜に場外へ出てしまっては、旦那様や奥様方にご心配をおかけしてしまいます。今一度、戻ってはいただけませんか?」
「ふんっ、出て行けと言ったのはあの二人よ? 私はそれに従ったの。心配? ええ、するでしょうね。家を継ぐ一人娘がいなくなったんですもの。家の存続が心配で心配で仕方ないでしょう」
「姫様、そんな言い方……」
「ごめんなさい。でも、あなたもお分かりよね? お父様やお母様はそういう人。私は間違ったことを言っているかしら」
「……」
 老紳士は少女の強い目線に耐えられず、俯いてしまった。それと同時に、少女を説得することないし城へ連れ戻すことは難しいことを悟った。老紳士も薄々と勘づいてはいた。両親の少女への無関心さを。その証拠に、一国の姫が城を抜け出せたというのも、一国の姫が抜け出したにもかかわらず兵の一人も追いかけてこないというのも少女の言葉を裏付けている。
「私は……むしろこれで良いと思うの。一生あの城から出れない人生を選ぶより、外の世界でどんな人がいて、どんな風景を見られるかをこの目で、耳で、肌で感じたいの」
「姫様……」
「だから、姫様なんて仰々しくて肩書きで呼ぶなんてやめて。名前で呼んでほしい。そして……おじいはどちらを選んでも良いの。あの城に戻るか、私についていくか。どの道を選んでも、私は否定しない」
 老紳士は悩んだ。
 それはもちろん、執事としての気持ちと個人としての気持ちで揺らいだからだ。執事として仕えている身としては城に戻り、少女のことを報告しなければならない。個人の気持ちとしては自由をつかんだ、掴もうとしている少女を応援したい。
 長く悩んだ上で決心する。
「もちろん、お供いたします。ひめっ……いえ、ローズ」
「……! 心強いわ、ルビー」

__薔薇の姫と赤い宝石

__「こうしてお姫様は一人一人と真っ赤で耽美な宝石に閉じ込めましたとさ。めでたしめでたし」


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