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黄色の少女
彼女はレモンを一生懸命に絞る。
それを見ていると、こちらの口の中が酸っぱくなる。
十分に搾ったレモンの皮を小さな口につけて、吸い始める。
吸い終わると、皮はゴミ箱に捨てて、搾りたてのレモン水をコップに入れる。白濁とした液体の中でレモンの細かい果肉が浮遊している。
「オレンジがよかったかな? それとも梅干し? まあ、レモンの方が刺激が強くて美味しいから正解かな」
私の目の前に座って、コップを傾けて見せる。
「……驚いた? ヴィーガンではないのよ。お肉も食べるし、野菜も食べる。でも、やっぱり酸っぱいものでないと生きていけないの。体に悪いとでも思ってるでしょう。でもそうじゃないの。私にはこれでしか合わなかった。それだけ」
そう言って水でも飲むようにレモン水を口にする。顔を顰めもしなかった。
「驚きはしません。……だって、世の中激辛が好きな人はいますし。激辛も刺激物です。たくさん摂っていると体に悪いです」
私は彼女へインタビューを設けたただの記者。彼女は見た目と共にこの謎の酸味への欲望に注目を浴び、インフルエンサーとなっている。そんな彼女の密着取材を行なっていた。
「激辛好きとは一緒にしないで。私はこれでしか満たせないんだから。さっきもお肉や野菜は食べると言ったけれど、味を感じないの。どれも。味覚障害なのかしらね」
「病院には?」
「行かないわよ。別に困ってないもの。味覚を感じないからと言って食事は楽しんでいるわ。だってレモンやカボス、オレンジを加えれば良いんだもの。みんなだってそうしているでしょう? 味付けに」
「え、ええ。味を楽しむために」
「それと同じよ。……さて、インタビューだったわよね? なんでも聞いてちょうだい。今までの1日は記録したでしょう?」
そう、もうすでに1日の密着取材は終わっている。
何らそこらの女性と変わりない1日だ。酸味のある食事を除けば。
「では、あなたのファンも聞きたいであろうことを。酸味のある食べ物の中でおすすめはございますか? 栄養価が高いものを聞いているでしょうね」
「そうね、やっぱり梅干しやレモンじゃないかしら」
「確かに……。ビタミンも豊富で疲れも吹き飛びますしね」
普通すぎて面白くない。これは却下だ。
「では、あなたにとって一番好きな酸味は?」
これもどうせレモンなど当たり障りのない答えになるだろう。だめだ、普通の質問ばかりだと面白くない。もっと踏み込んだ質問……そうだ、プライベートなことを……。
「涙」
…………。
「え?」
思わず彼女を見る。
彼女は妖艶な表情になり、私を見つめている。何か餌を見つけた蛇のように、舌舐めずりをし。
「涙。酸味なんてこれっぽっちもないけれど、塩っぱくて、美味なの。分かる?」
分からない。彼女が何を言っているのかが分からない。
「いろんな味があるのよ。喜んで感動した涙は弾んだ味がするの。痛くて苦痛に悶えた涙はピリッと刺激がする。悲しくて寂しい涙はひんやりと冷たくて、人の為に涙した味は甘い味がする。私は苦痛の涙が一番好きなの。ピリッとした酸味。刺激的よ」
「何を……言っているのか……」
「私は確かに、ここ1日でレモン水をがぶ飲みしたわ。だって、あなたがいるから苦痛の涙なんて飲めないじゃない。人の涙を飲んでいる、なんて良い記事にはなるでしょうけど、私にとっては問題だわ」
彼女は懐から果物ナイフを取り出す。
「果汁は搾りたてが美味しいの。あなたも苦痛を味わって?」