玄関にナスそうめんが置いてあった
先日某家にお邪魔させていただいていたところ、帰る際になって玄関に無造作に蓋の閉まった鍋が置いてある。
家の方が蓋を開くと、はたして近所の方がお裾分けに持ってこられた「ナスそうめん」であった。
「ナスそうめん」は石川県の郷土料理である。基本の作り方はだし汁でナスを煮て、そこにそうめんを入れるというシンプルなものなのだが、これにはいろんなバリエーションが存在する。
1:温かいもの or 冷たいもの
だし汁でナスを煮て、そこに硬めに茹でたそうめんを投入して、温かいままで食べれば、ナスの入った普通のにゅうめんである。味の印象も皆さんの想像の通りで、普通に美味しい。
しかし、ナスそうめんには冷製のものがある。これが一般的な日本人が思うそうめんとは全く異なる概念の食べ物なのである。
冷製ナスそうめんの作り方
①乱切りにしたナスをだし汁で煮る。
②①に硬めに茹でておいたそうめんを入れる。
③火を止め粗熱をとり、鍋ごと冷蔵庫に半日ほど入れておき完成。
問題は③である。茹でたそうめんをだし汁に入れておけば当然だし汁を吸った麺は伸び切り、ブヨブヨとした食材へと変貌する。そうめんのツルンとした喉越しも、プチプチと噛み切る食感も微塵も感じられない。通常のそうめんとして味わうと間違いなく失望するだろう。
しかし、そこがこの調理法の狙いなのだ。半日冷蔵庫に置くと、ナスもそうめんも目一杯だし汁を吸いこむ。そうして、だし汁とそれがしみこんだ具材の味を一緒に楽しむのが、このナスそうめんなのだ。だから料理の種類としては、そうめんというよりも、煮物とかおでんに近い。
重要になってくるのが”だし汁”である。これも様々なバリエーションがあるが、大きく分けると以下の2つになる。
2:昆布やかつお節のだし汁 or 魚の煮汁
現在我われが普通にだし汁といえば、昆布やかつお節、椎茸やアゴ節などだし汁専用の素材で取ったものが思い浮かぶ。これらでナスそうめんを作れば間違いのない形でウマいものができ、現在では金石でもこの作り方が主流である。
一方は魚の煮汁を使うという昔風のやり方で、金石ではカレイなどの白身魚やコゾクラ(ブリの幼魚)などの煮魚の汁をそうめんのだし汁に使用してきた。
金石流煮魚ではほぼ醤油100%の煮汁なので、水で伸ばして用いる。温かいにゅうめんにしても美味しいのだが、魚の煮汁を使ったものは何といっても冷製のものが面白い。
昆布やかつおぶしなどの一般的なだし汁と魚の煮汁の一番の違いは煮凝りができるかどうかである。魚の煮汁は冷やすとゼリー状の煮凝りができる。水で伸ばしても、冷えたものはネットリとして粘着性があるのだ。
そのため魚の煮汁で作った冷製のナスそうめんは、煮汁の味の沁みたそうめんとトロっと煮汁に溶け込むほど煮込んだナスを、ネットリとした煮汁が包み込むというすべてが一体を成す味わいのものである。
金石のナスそうめんの作り方
①乱切りにしたナスを金石流煮魚の煮汁で煮る。少量の水で割っても良いが、ナスは濃いめの汁で煮る。
②①に硬めに茹でておいたそうめんを入れる。
③火を止め粗熱をとり、鍋ごと冷蔵庫に半日ほど入れておき完成。
3:そうめんを… 別に茹でる or だし汁で直接茹でる
これまで紹介したナスそうめんの作り方では、あらかじめそうめんを硬めに茹でておくバージョンを採用していたが、ナスを煮ただし汁に直接乾麺をぶっこんで作る方法もある。
だし汁にとろみも加わり好き嫌いが分かれるが、手間なく簡単に作れるというメリットは大きい。
金石は商売人や職人が多い。昼食は家でとるのが一般的であったそうだが、特に夏には各家庭から魚を煮る醤油の匂いがしたという。魚を煮て、その汁をそのままナスそうめんに使っていたのであろう。
いまでも大変親しまれており、冒頭でもあるように、お裾分けで玄関に鍋ごと置いてあったりするというほどである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?