見出し画像

師走です。月並みですが、光陰矢の如し。あっという間に「寒いさむい」と、お布団から出たくない朝が続いています。いや、まだそんなに寒くないか。(冷え性低血圧には、これからの季節、要用心!)そして、note書きたい!!と思いながらも書かず(また理由は後日)、密度の高い日々が過ぎていきました。


さっき浮かんできたこと。


心は鏡だということ。


仕事でもプライベートでも、目の前の相手の言動に、あれれ?と思う時、自分の心に聞く。「これはどういうこと?」と。すると「自分が源」という言葉が返ってくる。

大体のことは、自分の選択、行動の結果だと思っている。良くも悪くも。


そんな今日は、嬉しい気持ちになった(^^)


よく分からないなぁと愛着を持てずにいた人がいて、コミュニケーションに少し困っていた。ふと、力を抜いて、スラスラと出てきた言葉を文面にして送ってみた。すると、その人も思ったままを私に送ってくれた。

その文章を読んで、初めて、やっと本音を知れたな、と思った。と同時に、肩肘張っていたのは、私かぁ!と気付かされた。

私が強張っていると、相手もそうなる。(多分、お互いに影響し合っている。)警戒しているのか、信頼しているのかなんて、どんなに繕っても丸わかりだ。(私がよそ行き声で標準語を話している時、大概繕っている。すなわち、これ、仕事中。笑)

私が素直でいるとき、目の前の人も、起こる出来事も素直だ。

そうやって、相手の肩もふっと落ちて、本心を見せてくれたとき、愛着が湧くのだと感じた。愛着というと大袈裟かもしれないが、レベル10まであるとして、0が1になったくらいだと思って欲しい。でもこうやって、心が溶け合う瞬間が嬉しい。きっと相手も感じているんじゃないかな。大事なのは、自分からそうすることだ。

愛着といえば、私には宝物がある。それを見たある人は「かなえちゃんにすっごく懐いているし、喜んでいるよ」と言ってくれた。それもそのはず。たくさんの日々を共に過ごし、手間暇かけてきたのだから。好きだからそうできたのか、そうしてきたから好きなのか、もはや分からない。笑

同じ「物」というカテゴリーからすると、私はクラリネットを贔屓し過ぎている。友達と称して名前をつけているクッション(ぬいぐるみ?)だって、ほとんどうつ伏せになってベッドの下にいるんだから、それはもう、クラリネットには溺愛と言ってもいい。だからなのか、ここぞ、というときにいい仕事をしてくれる。(ありがとう、大好き!)

「人」だって、同じだと思う。

めちゃくちゃハマってたドラマ「逃げ恥」(懐かしい!!)の名ゼリフ「運命の人なんていない。運命の人にするの(byみくり母)」も、多分、そういうことじゃないかなー。これ覚えている人いたら、語り合いたい。笑



この12月は、私にとって、重要な1ヶ月で。そうでなくても、駆け足で去っていく師走である。だからこそ、毎日を愛おしいと思えるように、大切に過ごしていこうと思う。

まずは自分から!

愛おしいと想い合える毎日を作っていきたいです。

お読みいただき、ありがとうございました(*^^*)








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?