筋ジスで車椅子ユーザーの出産体験記②
<前編はこちら>
2021年5月中旬、私は初めての出産を経験しました。
顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーで車椅子を使っている人の出産例は少なく、私も情報収集に苦労したため、体験記を綴ってみました。
※「顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーならでは」の情報は太字にしました。同じ病気の方の参考になればと思います。
人生初の下剤で灰になる
手術日の朝、ものすごい倦怠感とともに目が覚めました。
最初何が起こったのか分からなかったのですが、原因は昨晩寝る前に飲んだ下剤。
手術中、大惨事にならないように便秘じゃなくても飲まされるのです。
これまで便通にだけは恵まれた人生を送って来たので、下剤を飲むのは人生初。
効きすぎたのか、気持ち悪くて気持ち悪くて、手術時間の15時までベッドで灰になってました。
手術日当日は絶食なので、1日何も食べられず。生活の中に「食事」がないと、時間がものすごく長く感じられました。
人間、食べないと暇なんだなと思いました。
手術室へ
一般的に妊婦さんは歩いて手術室に行き、自分で手術台の上に横たわるそうです。
私は自力で手術台に登ることが難しそうだったので、ベッドのまま手術室に運ばれました。
三人がかりで、横になったままベッドから手術台に移してもらい、服を脱がされました。
いよいよ手術開始です。
帝王切開の手術室はかなり暑く、暖かいお腹の中から出てきたばかりの赤ちゃんが寒くない温度に設定されていました。
手術台から見える作業台の上には赤ちゃんのオムツが置かれていて、もうすぐ本当に赤ちゃんが出てくるんだなぁと胸が高まりました。
最大の難所、麻酔
麻酔は下半身のみに効かせて意識がある状態で、手術を行います。
背中に針を刺して麻酔薬を注入するため、横向きになり、エビのように背中を丸めます。
私の場合、これが一番大変。
腹筋がないと背中は丸められないんですよね。
また私の背骨は、重力に負けて強いS字に変形しており、いわゆる「反り腰」の状態。
「エビ」とは逆の方向に、背骨が変形して固まってしまっているのです。
また今回はお腹が大きいので、さらに難易度UP⤴︎
こちらも看護師さん三人がかりで背中を丸めてもらいました。
背中を丸めるとお腹の中が狭くなるのか、赤ちゃんは暴れ回っていました。
何度か神経に当たったりして、刺し直し。
強い痛みはないですが、背骨にズーンと響く感じと、左腰に鈍い痛みが出ました。
もともとの「反り腰」に加えて、重い赤ちゃんをお腹に入れて頑張って日常生活を送っていたため「背骨のねじれ」があり、かなり厄介な背骨の持ち主になっていたそうです。
局所麻酔をしっかり効かせてもらっているので、注射自体は痛くないのですが、背中を丸めるために渾身の力を振り絞っているので、それを継続するのが大変でした。
下手に力を抜いて、動いてしまったり、うまく刺さらなかったら怖いので必死です。
「いま力入れるべきですか!?抜いてもいいですか!?」とひたすら聞いていました。
力を入れるタイミングと抜くタイミングをバシッと指示してもらえるよう、あらかじめ伝えておけば良かったなーと後から思いました。
手術中の痛みを取る麻酔(脊椎麻酔)と、術後のための麻酔(硬膜外麻酔)の2回刺す予定が、結果的に5回刺されました。
今思うと、腹筋は弱いものの手脚の力はそこそこあるので、自分の腕を膝裏に回して抱え込めば良かったのでは?と思います。
お腹が大きくて難しいかったかもしれませんが…。
麻酔についてはこちらの動画が分かりやすかったです!私はこれから自分に行われる医療行為をよく知っておきたいタイプなので、出産前に何度も見ました。
麻酔科専門医のみおしんがかっこいいです。
いざ、出産
麻酔の処置が終わると、キンキンに冷えた保冷剤を身体に当てられて、体のどこまで麻酔が効いているか確認されました。
麻酔が効いている部分は、何かを当てられている感覚はありますが、冷たくは感じません。ポカポカしていて、しびれているような感覚です。
首元は冷たさを感じ、鎖骨から下は全く冷たく感じませんでした。
帝王切開の前に、早産予防のために子宮口を縛っていた糸を抜きました。これは2分ぐらいで済みました。(詳しくは子宮口を縫う手術についてまた書きます。)
何かがお股に入れられた感覚はあるものの、痛みも不快感もありませんでした。
そして、いよいよ帝王切開です。
意識がある中でお腹にメスを入れられるってめっちゃ怖いやん!どうしよ!って思っていました。
でも、全然大丈夫でした。
「今けっこう強くお腹をつねってますよ〜。痛くないですか?」と聞かれましたが、全く痛くなく、むしろ触られてる感覚すらありませんでした。
メスを入れられても何も感じず、へっちゃらでした。
赤ちゃんは、お腹にメスを入れてから5〜10分程度で生まれてきます。
「赤ちゃんを出すときにお腹を押される感覚がある」と聞いていましたが、麻酔がよく効いていたのか、さっぱり分かりませんでした。
手術中、私はずっと麻酔科の先生のメガネを見ていました。
麻酔科の先生は横たわった私の頭上にいます。
鎖骨あたりに布の仕切りがあるので、自分のお腹が切られているところは直接見えません。
しかし、先生のメガネにうっすら反射して見えるのです。
反射がうっすら赤っぽくなり、体が大きく揺さぶられました。
「もう生まれますよ〜」という産科の先生の声のあと、赤ちゃんの産声が聞こえました。
想像していたより、高く、力強い声でした。
「あぁ、よかった、生きてる…」と涙がじわっと溢れてきたそのとき、顔とお腹を仕切っていた布の向こうから赤ちゃんの姿が現れました。
綺麗なピンク色で、丸くて、小さくて、顔をくしゃくしゃにして泣いていました。
エコーで見た鼻と口がそのまんまで「この子だ!やっと会えた!」と思いました。
お腹から出してすぐに見せてくれたのでしょう。3秒ほど顔を合わせて、小児科の先生の診察のために連れて行かれました。
手術室には元気な泣き声がずっと響いています。
私は声が出ませんでした。ただただ嬉しくて、幸せで、泣いていました。
あの幸福感はなんなのでしょうか。
今でもその時間を思い出すと涙が出ます。
この瞬間のために生きてきたと言っても過言ではないです。また、これからもその思い出だけで生きていけるような気がします。
赤ちゃん誕生から数分後、だんだんと呼吸が苦しくなりました。
麻酔が舌や唇にまで効いてきてしまったようです。
手術前の説明で体質によって麻酔が効きすぎることはあると聞いていて、呼吸が苦しくて我慢できなくなったら鎮静麻酔で眠らせて呼吸を補助するとのことでした。
私はいろいろ経験してみたい性格なので、自分の胎盤も見てみたかったし、意識がある中でお腹が縫われるのはどんな感じなのか、体験してみたかったのです。
なにより、生まれたてほやほやの赤ちゃんに会いたかったので、なるべく起きていたいと思っていました。
しかしどうにもこうにも苦しくなり、我慢できなくなりました。呂律も回らなくなった口で「眠りたい」と麻酔科の先生に伝えました。
そのときです。
「待って!赤ちゃん見る?」との助産師さんの声。
私は最後の力を振り絞って、必死に頷きました。
目の前には綺麗にしてもらった赤ちゃんが!!!
「はぁ〜〜かわいい〜〜」とその瞬間は息苦しさを忘れました。
本当に苦しくありませんでした。
眠らされなくても、コレ、手術終了まで持つんとちゃうかと、本気で思いました。
10秒ほど赤ちゃんを見たあと、「じゃあ、新生児室で預かるね」と赤ちゃんは連れていかれました。
一気に息苦しさカムバック。死ぬかと思いました。
そのまま意識がなくなりました。
眠れない産後ハイ、痛すぎる術後
名前を呼ばれて目を覚ますと手術は終わっていました。
麻酔が効いているので、ベッドに乗せられて病室に戻りました。
帝王切開の場合、翌日の朝までベッドに寝たきり、絶対安静です。
左手には点滴、お腹には子宮収縮を進めるためのアイスノン、お股には排尿のための尿道カテーテル、両脚には血栓予防のためのマッサージポンプ。
全身ガッチリ固められていました。
とりあえず自由な右手で夫と両親に出産報告をしました。
赤ちゃんには会いに行けず、助産師さんにスマホを渡して写真を撮ってきてもらいました。
出生体重は2960g、とても元気な女の子だということを聞きました。
ひとしきり家族で喜びを分かち合ったあと、だんだん麻酔が切れてきました。
傷と子宮収縮の痛みがつらく、発熱もしたのでぐったりと目をつぶりました。
産後ハイなのか、疲れているのに全く眠れませんでした。
出産直後は悪露(おろ)といって下から多く出血します。
助産師さんは1時間おきに来て、悪露を受け止めるパットの交換、血圧の測定、子宮の戻りを確認しました。
この子宮の戻りの確認が第一の地獄でした。
切りたてホヤホヤ、縫いたてホヤホヤのお腹を手でグリグリ押されるようなもので…。
「同室の人すまん…」と思いながら、うめき声を我慢できませんでした。
このグリグリ地獄が1時間おき、夜通し続きました。
術後の痛みを軽減するための麻酔(硬膜外麻酔)を入れたのですが、背骨のねじれでカテーテルがうまく入っておらず、麻酔液が全部漏れていました。カテーテルは早々に外されました。
「帝王切開、硬膜外麻酔あるとかなり傷みマシだよ〜」と産前いろんな人から聞いていたので、がっくり…。
座薬と服薬の痛み止めでしのぎました。
続きはこちら。
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