メキシコ感情録
2023年7月1日から7月7日、6泊7日でメキシコシティに滞在した。渡航の2週間前に不注意でNikonのカメラをこわしてしまい、iPhoneの撮影機能のみで過ごすことに。すでに忘れてしまっていることも多くあるけれど、今覚えていることをいつかも思い出せるように残してみる。
0日目
・空港にて(両親と):「うれしい」
両親が空港まで見送りに来てくれた。外国への長めの滞在はこれで3度目だけれど、毎回搭乗ゲートまで来てくれる。うれしい。いつものようにハグをした(今回初めて父からハグをしてくれて、それが彼にとって形式的なものだったとしても、とてもうれしかった)。
・空港にて(ひとり):「いよいよ」
出国ゲートを抜けてひとり、飛行機を待つ高揚感に浸るつもりが、仕事のミーティングを1時間半。ビデオカメラをオンにして参加するミーティングはここ3か月で随分慣れたと思う。
自分のフライトがコールされて、イヤホンはつけたままカメラをオフにした。いよいよメキシコに行くのだという昂ぶる気持ちと、イヤホンから聞こえる音声に集中しようとする仕事モードとが混在して妙な感じだった。
・機内にて:「きれいだなあ」「どうしてだろうなあ」
ANAのメキシコシティ直行便。機内のJ列(10列のうち右側3列シートの真ん中)に座る。わたしの右側に座っていた窓際のおねえさんが離陸前はスペイン語で書かれた本を読んでいたけれど、離陸後すぐに眠りに落ちたので、彼女の身体の前にわたしの右腕を伸ばすかたちで空を撮影した。
日本時間7月1日の16:59に1枚目を撮影したのち、4分後に2枚目、さらに43分後に3枚目、さらに8時間32分後に4枚目を撮影。
日本を16:30に出て、メキシコシティに同日14:00に着陸するまで、ずっと昼の空の中にいた。
1日目
・空港到着:「アッ(焦り)」
メキシコシティ国際空港に着いたとき、空港の地図とSIMカード購入場所を把握していなかったことに気がつき、少々焦った(旅を重ねるごとに事前調査が甘くなっている)。メキシコ人の友人が迎えに来てくれることになっていたので、広場のようなスペースの無料Wi-Fiを使って連絡。
・友人と再開:「やっと会えた」
10分もしないうちに合流。そのチェロ弾きのメキシコ人とは、2016年にパリで知り合った。ルーブル美術館近くで演奏していたのがとてもよく、声をかけたのをきっかけに仲良くなった。彼はその後2度日本に来ていて、3度目が決まるまえにパンデミック到来。次の来日のスケジュールが決まるよりも早く、わたしの初めての渡墨が決まった(「墨西哥」の綴りにならって「渡墨」と書いてみる)。
たった一度の異国での出会いから今もつながりが途絶えていないことに、未だに心が動いてしまう。
・Wi-Fiを買わないことにした:「はらはら」
宿や店やカフェにはたいていWi-Fiがあるとのことで、それならばとSIMカードは購入しないことにした(はらはらしつつも、「限られたときにしかネットが使えない」という状況は旅を有意義にするなと思う)。
・メキシコのメトロ:「安い」「きれい」「空いている」
治安がよくはないと聞いていたので、空港からタクシーに乗るつもりだった。しかし友人に伝えると「何言ってるのハハハ、こっち」とメトロの駅に連れられた。
-「安い」:以下は滞在中何度も見ることになるメトロの路線図。このときは知らなかったのだけれど、どこから乗ってどこで降りても、1回の乗車がたったの5ペソ(42円)。空港 (Terminal Aérea) から宿の最寄駅 (Patriotismo) までは小1時間かかるのだけれど、それも5ペソ。
-「きれい」:駅は薄暗いところが多く不気味さもあったが、ごみや落書きなどはほとんどなく、想像よりもずっときれいだった。異臭も感じなかった。さらに、メトロ車内は駅舎よりもきれいな感じがした。視界の端でペットボトルが転がったとき、近くのお兄さんが拾って自分のリュックに入れていて、「なんてすばらしいんだ」と思った。
-「空いている」:もみくちゃにされる覚悟だったが、車内は結構余裕があった。座れるときもあったし、立つことになっても、5kgのバックパックと15kgのスーツケースを持っているわたしと目が合った男性が席を譲ってくれた。
現地の方たちの乗車マナーのようなものも新鮮だった。混雑具合に関わらず乗車後は車内の中側に入り、自分の降りるひとつ前の駅あたりでドア前に移動して降車準備をしていた。また、年齢に関わらず女性に席を譲る習慣がありそうだった。
・乗り換え時:「すきだなあ」
空港から宿までの道中に乗り換えた駅 (Pantitlan)。メトロにまつわる表示はすべてこの角にアールのかかった丸っこいフォントで、なんだかすきだった。視認性はそんなに高くないのだけれど、メトロ全域で統一されているのがよかった。
・街へ:「思ったより都会」
Patriotismo という駅で電車を降りて宿へ向かう。道路は①コンクリートで整備されているところ、②石畳、③工事中のところ、などがあり、建物は①高いビル、②何十年住んでいるか分からないような民家、③配慮の行き届いたきれいめのお店、④屋台、などでつぎはぎのようになっていたが、想像よりも都会の空気をたたえていた(もっと石っぽくて土っぽくてだだっ広い風景を想像していたので、大きなギャップを感じた)。
・ゲストハウス到着:「いいかんじ」
Booking.comで1泊2,800円のゲストハウスを予約した。キッチンと水回りは共有で、6畳ほどの個室があてがわれた。中庭テラスや屋上スペースもあり、建物の中にいながら外の環境が充実しているのがよかった。
・トルティージャの店:「愛想がなくていい」
でこぼこしたコンクリート舗装の道を歩いていると、隣にいた友人が急に立ち止まった。樹木の影になっているせいで昼でも暗い住居街の並びに、小さな小さな店があった。友人が立ち止まらなければ、その店の家族を認識することはなかっただろうと思う。そこでトルティージャのシートを買った。友人が数字ーー枚数なのかグラム数なのかーーを言うと、店のお母さんが返事もなく手を動かしていた。奥から子どもがこちらを見ていた。愛想がなくてよかった(自分が観光客ではなく、ただの人間でいられる感じがする)。
・トルティッジェリア:(にやり)
ピザ屋をピッザリアと呼ぶように、トルティージャの店をトルティッジェリアと呼ぶらしい。先述の店の看板にも書かれていた。いつかオムスッビリア🍙とかスッシリア🍣とか出るかな(出ないな)。
・トルティーヤとチーズ:「おいしい」
一緒に道を歩いていた友人が急に視界から消え、きょろきょろするとそばの屋台何やら白い麺を買っていた。OAXACA (ワハカ) と呼ばれるチーズだった。弾力はモッツァレラチーズ。髪の毛のように細く裂け、生でも焼いてもおいしい。生では歯ごたえがあり、噛むときにジュワっと塩味が広がる。細く裂くほど塩味を強く感じられた。焼きでは塩味が減り、とろりと溶け、どこまでも伸びる。おいしかった。
・スーパーへ:「食材がうれしそう」
宿近くのスーパーと八百屋さんへ行き、食材や水を買った。
皮のある野菜や果物はそのままごろごろと箱に入り、レタスはプラスチックのシートで巻かれ、きのこはパックに入れられていた。玉ねぎだけは茶色い皮を剥いだ状態で並んでいた(ので、へこんだり傷がついているものもあった)。どの食材も発色がよく肉厚で、いい環境で育てられたように見えた。マンゴーが1個15ペソ(126円)。
・写真を撮らない:(もったいなさと安心感)
現地の人がふつうに暮らしているエリアでは、なるべく写真を撮らないようにと自分に言い聞かせてみた。その気持ちは「お気に入りのカメラでなくiPhoneで撮影する」ことから来ていたかもしれない。だから八百屋やトルティッジェリアの写真はなく、見返せないことが残念なような気持ちと、それによって守られた生活があると信じられる安心感とが錯綜していた。
2日目
・寝たり起きたり:「ジェットラグだなあ」
身体を横にしても眠れず、夜の2時から朝の8時ごろに何をするでもない時間を過ごした。半日を超えるフライトは何度か経験があり、睡眠時間の調整が3日前後必要になることがわかっていたので、驚くことなく過ごすことができた(最長で8日必要だったこともあった)。全然関係ないけれど、「時差ぼけ」よりも「ジェットラグ」と言うのが状態にフィットする感じがする。
・料理をする:(よろこび)
初日に買った食材たちを調理して食べた。調理と言ってもほとんどは生食だったけれど、トルティージャをそのまま食べたりちぎってサラダに混ぜて食べたりと、アレンジするのが楽しかった。生の玉ねぎを粗みじんに切ってつまむと、辛味はなくジュワっと果汁が広がってくる味わい。レタスはシャキシャキ。アボカドは食べごろの熟度(日本やアメリカで買うときは追熟が必要なことが多いので、すぐ食べられるのはありがたい)。手でむいてつぶして食べた。外側は鮮やかな黄緑色、内側は爽やかな黄色。
・清掃係の女性と会話:(ドキドキドキ)
キッチンの水道の脇に、蛇口がもうひとつあることに気が付いた。朝、清掃係の女性が瓶に水を注いでいたのを見たので、おそらく飲み水なのだろうと想像がついた。が、これをわざわざ話題にすることでスペイン語で会話をするというミッションが達成できると思った。ドキドキドキド。女性の作業が途切れるタイミングを見つけて声をかけてみる。
会話になり、とてもうれしかった〜。
・さんぽへ:「太陽光を浴びて身体が喜んでいる感じがする」
仕事を持ってメキシコへ来たので、片付けておきたい仕事もあったのだけれど、初めての場所に足を踏み入れた高揚感とジェットラグとで思考力がぼやけていたので、さんぽに出ることにした。標高2,300mのメキシコシティは7月でも最低気温16℃、最高気温24℃ほどで、一日中軽装で過ごせる心地よさだった。太陽光を肌に心地よく浴びて、身体ーーとくに気管や肌ーーが喜んでいる感じがした。
・公園へ:「木の背が高いなあ」
宿の近くに大きめの公園があったので向かった。さまざまな種類の木や植物が、整備されているのかいないのか分からない無造作加減で歩道を覆っていた。首をぐいと後ろに曲げて仰ぐ高さの木が多かったのが印象に残っている。
・木洩れ日のかたち①:「目に痛い」
背の高い木ばかり見ていたので、不意に視線を足元まで落としたとき、鋭利な木洩れ日に驚いた(蜂が顔の前を横切った時のような危機感のある驚きだった)。
・木洩れ日のかたち②:「影がにじんでいる」
視線を低くしたままを歩いていると、今度は光が溶けているような、影がにじんでいるような木洩れ日に行き当たった。目が吸い寄せられて離せなかった。上を見たいような、でもまだ見ないでおきたいような、(妙な表現だけれど)うれしい葛藤の時間を過ごした。
満足したところで、上を見た(数学の問題集をひと通り自分のちからで問いた後に解答を見るときの気持ちに似ていた)。
上の葉が下の葉に陰をつくり、それが地面にこぼれているのだと思うと、たまらない気持ちになった。
・ひたすら歩く:「ひとりをやれてうれしい」
公園を出てもう少し歩いてみることにした。メキシコシティでは、車道と車道の間に遊歩道が整備されている場所を何度か見かけた。外国(あるいは自分のことを知っている人が誰もいない場所)で、ひとりで息をし、歩いていることに大きな幸福を感じた。
・地図を見ない:「迷子になりにいく」
太陽と風が気持ちよく、もう少し足を動かしたい気分になった。宿の位置の方向感覚を失わない範囲で歩いてみることにした。
自ら迷子になりに行くことを、ときどきしたくなる。好奇心なのか、冒険心(←勇敢でいたさ)なのか、何がそういう気持ちにさせるのかと考えるフリはするけれど、あまり言語化できていない。
・チェロとガットギター:(心を預けたくなるような)
地図を見ずに歩いていたら、本屋にたどり着いた。おしゃれな外観に立ち止まり、ガラス壁から中のようすを覗き見た。入口にはメニューもあって、カフェが併設されているレストランは居心地がいいだろうという確信のもと入店。入るなり、ショーケースの上の2畳ほどのステージでチェロとガットギターのデュオの演奏を聴くことができた。カフェのお客さんと本屋のお客さんのそれぞれの時間に、ふたりの音楽が溶けていた。わたしが入店したときに演奏されていたのが最後の曲だったらしい。幸運。
・店内を歩き回る:「ジャケ買いしたい」
「絵本かデザイン本を1冊迎えてもよいな」というゆるい意気込みで1階と2階を見て回った。あいにくほとんどの本がビニールでパッキングされており、中は確認できなかったので「ジャケ買いでもよいな」と考えを更新してみた。が、それほどのものには出会わなかったので、色やフォントを目に入れて店を後にした。
・タイルの絵:「とてもすきだなあ」
進んできた道に沿って歩き出そうとしたとき、右側から刺激を感じて顔を向けると、大きなタイルの絵があった。縦80センチ、横3メートルくらいだろうか。始めにギターを弾いているひとが目に入った。次いで、その傍に横たわるひと。その後、窓の外の雪のようすや彼らのいる場所などを認識した。しばらくその絵から目が離せなくなり、その間にさまざまな思考が巡った。ーー以前の(例えば去年の)わたしだったら魅力を覚えなかった可能性がある。何を好きと思うかによってその時の自分のことがわかるのはおもしろいものだなと思う。気持ちを寄せる滞在時間が長いものについて、味わいたいだけ味わっていたいなあと思う。
・帰宿:「ねむいね」
14時ごろに宿に戻り、中庭テラスで日記を書いていると眠気がやってきて、昼寝をした。3時間半ほどで目を覚まして、同じ時間をかけて画像編集の仕事を片付け、本格的に就寝。明日はいよいよピラミッドへ行くのだ、と興奮する気持ちで頭のなかは騒がしかったけれど、それでも体力を溜めるために眠った。
3日目
・朝4時起床:「起きられたね」
アラームより先に目が覚め、外の階段を通って洗面所へ行くと、戻ってくるときに階段の隙間から月が覗いていた。撮影を試みたが、動きの速い雲が月を隠してしまっていた(ことに今気が付いた)。
・高速バスのりばの駅に向かう:(空気がきんとしていて思考が冴える)
朝5時半に宿を出発。夜明けをすこし過ぎた時間帯で、きんとした空気でも寒くはなく、大股で歩き進んだ。野良犬がいる。カラスはいない。大きなごみ収集車が目の前すれすれを横切る。反対側を歩くおじさんがこちらを見ている(気がする)。スーツを着たふたりの男性が教会の前で話している。わたしが通り過ぎるときに少しだけ通り道を作ってくれた。頭がクリアになっているとき、自分や周囲の動きがモノローグのように聞こえてくる現象はなんだろう。
・高速バスのりばの駅に着く:(スペイン語ちょっと聞き取れた😊)
バス乗り場がある大きな駅 Terminal Central de Autobuses del Norte に到着。飲食店や雑貨店を抜けるとチケット販売の窓口が見えた。一番人が並んでいる列の最後尾に並んだが、列の人の装いを見るにビジネスマンが多い。「何かが違うな」と察して駅のWi-Fiを使って調べてみると、10ほどある窓口とは別で、少々奥まったところにピラミッド行きの専用バスの窓口があった。何度か声に出して練習しておいた「イダ イ ブエルタ (Ida y Vuelta = 往復で)」は言えず、しかし窓口の女性は慣れたようすで対応してくれた。彼女の「Ocho」が8番のりばを意味することがわかり、舞い上がって窓口を後にした。
・高速バスのりば:「やさしいなあ」
ゲートを抜け、Ochoーー8番のりばを見つけた。最後尾のひとに「これピラミッド行き?」と聞くと首を振られた。あれ、ときょろきょろしていると、近くの人が2人ほど寄ってきて「ピラミッドならあっちだよ」「いやそっちだよ」とさまざまに助言をくれる。どれが本当なんだ、となんだか面白くなって笑ってしまうと、そのうちの一人がきちんと案内板を見て「ここだね」と隣ののりばを示してくれた。どうやら先の窓口の女性から聞いたのはゲートの番号で、そのゲートの中ののりばの番号はまた別にあったらしい。こちらが訊く前から助けようとしてくれる姿勢がありがたかった。
・高速バスに乗る:「思ったより快適」
バスに乗ったのは3組だけで、わたしのほかに男性が一人と、英語でない言語を話すブロンドの家族連れだった。窓は砂埃がついていたが広く、座席もきれいだった。ここから片道60分をかけて目的の「太陽のピラミッド」と「月のピラミッド」があるテオティワカンに着く。
・高速バスの車窓:「ケーブルカー?!」
窓の向こうをぼんやりと眺めていると、道路の両側にある山のふもとに向かってケーブルカーが走っていた。全く想定していなかったので思わず声に出てしまった。ケーブルカーの向かう先にはカラフルな家が見えた。
・景色が変わる:「そろそろ目的地が近そう」
建造物や工場の風景から、畑や土の風景に変わっていった。
・まもなく目的地:「気球、乗れたんだ・・・」
高速を降り、ふただび建物や家や屋台が見えてくると、バスの乗客もちらほらと増えてきた。手ぶらの男性が多い。どこかへ仕事に向かうのだろうか。窓の外に目をやると、気球があがっていてきれいだった。「外国で気球に乗る」のはいつかやってみたいことのひとつで、それはモロッコで叶える予定だったのだが、メキシコにもその選択肢があるのを知らなかった。覚えておこうとおもった(残念というよりは未来の楽しみが増えた感覚だった)。
・バスで話しかける:(どきどき)
「そろそろバスが到着するかな」と思ってから何分経っても到着しないので、心配になって先ほど前の席に乗り込んできた男性2人組に「ピラミッドってそろそろかな」と聞いてみた(たぶん実際に発音したのは「ピラミッド?」とかだけだったと思う。目線や手で会話した)。2人はぱっと顔を見合わせたのち、もう少しだよ、大丈夫、みたいなことを言って安心させてくれた。
・到着:「土が赤い!」
到着すると、バスの運転手がわかりやすく「ピラミデス、ピラミデス」と言ってくれた。朝8時。降ろされた場所からはピラミッドが見えず、ただ赤い土が続いていた。遠くにTOYOTAのオフロード車が停まっていることになんとなく親しみを覚えながら入口を探す。このときに道を間違えて、正しい入口に着いたときには開場時間は5分ほど過ぎていたが、それでも少し待たされた。列の前のほうには、バスで一緒になったブロンドの親子連れもいた。
・太陽のピラミッドが見える:「ついに!」
開門して入場料を払い、最初に太陽のピラミッドへ向かった。気球に歓迎されているような気分になって、ざくざく大粒の砂を踏みしめて歩き進める。
・太陽のピラビッドの正面に到着:「いざ!」
太陽のピラミッドの正面まで到着。一緒に入場した人たちはどこへ行ってしまったのか、前方の商人らしい人とわたし以外は誰もいなかった。じゃりじゃりとした足元の感覚を確かめながら、ピラミッドの登り口を探した。
・看板を見つける:「・・・登れないの?」
ピラミッドの四辺すべてを歩いても、それぞれにオレンジ色のネットがかけられていて入口が見つけられなかった。それで、遠すぎて見えないことにしていた案内らしき表示に目を凝らすと、「PROHIBIDO el acceso (通行禁止)」と書かれていそうだった。信じたくなかったので、そばにいた商人の女性に尋ねてみると、「ノ、〜〜、コビッド、〜〜」とスペイン語で何かを言っている。パンデミック以来登れなくなったのだろうと想像した。彼女にグラシアス、と手を上げてその場を離れた。ぼーっとする頭を自覚して、次の行動を決める前に自分を落ち着かせる必要があるな、と思った。
・別のエリアへ:「太陽を浴びよう」
月の太陽のピラミッドを背に、月のピラミッドとは反対側の道を選んで進んだ。博物館が近そうだったので入口に向かってみると、メキシコ国内の美術館はきほん、月曜定休とのこと(踏んだり蹴ったり)。
周囲を見ると、建物の脇から続く道では見覚えのないさまざまな植物が自生していた。中でもさまざまな種類のサボテンがとにかく至るところにあって、5種類ほどは識別できたように思う。それらを見て回ることにした。日本でもしばしば「太陽を浴びたい」という気分になるけれど、夏に長時間外を歩けるのはメキシコシティの湿度が低いおかげだろうかと思った。
・歩きながら考える:「ただそうである」
そういえば、と思い出したことがあった。2017年にデンマークのコペンハーゲンに1泊したときのこと。目的地はブラック・ダイヤモンドと呼ばれる国立図書館へ行くことだったが、到着したその日は図書館の定休日だった。
また別の日、都内で友人と待ち合わせて気に入りの店に行ったときのこと。すこし久しぶりに行く店だったので開店時間をばっちり調べたのに、入口に「定休日」の文字。
どうもわたしは定休日に弱いらしい。調べないならまだしも、調べてもだめなら仕方がない。ただそのタイミングなのだなあと思って、石混じりの土を踏みしめながら、またここに来よう、と思った。
・休憩:(サボテン、丸型のものに惹かれた)
丸型の、濃い赤ピンクの花をつけたサボテンが印象的だった。
・月のピラミッドの正面に到着:「混んできた」
午前11時。到着から3時間ほどで、観光客も商人もかなり増えてきた。来た道を戻って太陽のピラミッドを通り過ぎ、もうひとつの月のピラミッドに向かう。
・「死者の道」を歩く:(自分が存在しなかった時代と今この瞬間とのつながりのようなものを捉えにいく)
紀元前を生きた人と同じ道(もはや同じではないが)を踏みしめて、過去を思う。日本では100年かけてやっと1cmの土ができるらしい。メキシコではどうだろう。石はあったか。大きさは。形は。土の色は。柔らかさは。
・旅行者に話しかけれた:(ほぐれるなあ)
写真を撮っていたら、自分に向かって声が聞こえた気がした。振り返ると「写真をとってもらえないか」と一人の女性。同世代くらい。結局20分くらい一緒に過ごし、自分の気持ちや表情がほぐれていくのがわかった。ドイツ出身でフィンランドに住んでいるのとこと。別れる前に別の観光客に撮ってもらったふたりの写真が、彼女に送りそびれたままわたしのiPhoneの写真フォルダに残っている。
・遺跡を出る:「また来ます」
11時30分に遺跡の門を出発する高速バスに乗車。自分がまたここに来ることを知っている感じがして、軽い挨拶のようなものを唱えた。
・ギタリスト乗車:(いろいろな生き方があるなあ)
バスに揺られて眠気を溶かしていたら、ギターの音が聞こえた。目を開けると現地人ふうの小柄な男性がアコースティックギターを弾きながら歌っている。
後から友人に訊いたところ、メキシコシティでは、運転手の了承を得て運賃を払わずに乗車し、演奏でチップを稼ぐということが可能らしい。スペイン語の小気味良い音楽にいい気持ちになり、3曲か5曲か終わったのちに紙幣を渡した。彼は他の客からもチップを集めたあと、途中のバス停で降りていった。
・朝のバス停に到着:「サブウェイが呼んでる」
13時前。朝と同じバス停まで戻ってきた。そこにサブウェイがあるのを朝のわたしが確認していた。外国でサブウェイを見つけると「買わなければならない」という使命感が湧く。肉の気分ではなかったのでベジーデライトをおすすめドレッシング(オニオン)で注文。受け取ってから、別におなかが空いていないことに気が付いてカバンにしまい、気になっていたメルセー市場に向かうことにした。この時点で身体がかなり疲れているのを感じ取れたが、短い滞在期間をできるだけ味わいたい気持ちが勝った。
・駅工事中:(♪わたしはどこへ向かっているのか〜)
線路だか駅舎だかの工事で、目的の駅よりも前で降ろされてしまったわたしは路面バスに乗ることになった。行き先の駅名を何度もスマホで確認しながら、前の人の波に乗って歩いた。どこに向かっているかわからないような気もしたけれど、どこでも良いような気もした。
・陽気な婦人:(何言ってるか全然わからないけど楽しい)
ちょうど来ていたバスに乗れたのは、わたしのひとり前の人までだった。乗り口の先頭になってしまい、やや不安できょろきょろしていると、後ろに並んでいた買いものバッグを両脇に抱えた体格のいい婦人と目が合った。
にこっとしてみると、「〜〜〜!〜〜〜、〜〜〜。〜〜〜?アッハハッハ」と一人で喋って一人で笑っている。わたしもつられて表情が緩むが、スペイン語で、早口で、初対面で、彼女が言っていることを想像できる材料があまりなかった。
「バスに乗り換えなきゃいけないなんて災難ねえ。まあ晴れててよかったけど!」と言っていた気もするし、好きなアジア料理について話してくれていたような気もする。わたしはニコニコしているしかなかったのだけれど、彼女の陽気な口調と笑い声が気持ちよくて、それだけでいいなと思った。
バスが来ると、彼女がわたしを促してくれて、そのまま前後の席に座った。彼女は座席に腕をついて振り返ってまで陽気に話しかけ続けてくれた。
・陽気な婦人下車、ショッキングピンクの婦人現る:(愉快)
陽気な婦人が下車し、空いた席に別の婦人が座った。数駅前から夫さんと思われる方と乗車してきた方だった。なんとなく彼女のほうに目をやっていると急に振り返って「I speak English. 」と言われて面食らった。メキシコシティで会う英語話者は、そのことがなんだか誇らしそうだった。真っ黒のサングラスからショッキングピンクのアイシャドウが覗くその婦人は、どこから来たの、どこへ行くの、まあ私達もそこで降りるのよ、何をするの、マンゴー?へえ、あと数駅くらいよ、としきりに質問や世間話をしてくれた。その様子を黙って見ている夫さんが優しそうだったので、なんだかこちらも安心して会話を続けた。
・老人乗車:(愉快②)
ショッキングピンクの女性と話を続けていたら、白髪の男性が乗ってきたので席を譲ろうと試みる。しかし「大丈夫だよ、でもありがとう」と芯のある言葉と目線と手で動きを止められてしまったので席に着いた。英語だった。先ほどの再放送かと思うほど同じ質問をされたので、同じ返答をすると、彼は随分前に東京に行ったことがあるそうで、懐かしそうにその話をしてくれた。話を聞きながらも、3人のメキシコ人がわたしを囲んでいる構図が可笑しく、話の内容とは関係ないところで笑ってしまった。
・マルセー駅到着:(マンゴー♪)
夫さん、ショッキングピンクの婦人、わたしの順でバスを降りる。いつの間にかバスはぎゅうぎゅうで、我の出身や行き先がこれだけの人に聞かれていたのかと思うとゾッとしかけたが、結果的には、とくに危ないことにはならなかった。
・3人で手を繋いで歩く:(やさしさがしみる)
婦人がわたしの手を握り、歩きながら言った。
気がつくと夫さんが婦人の手を握っていた。市場が近づくほど狭くなっていく歩道で、向かいから来る人の群れを避けながら大人3人が手を繋いで歩いている。なんだか不思議な時間だった。この人が最後まで笑って生きていくことを願った。
・市場のなかの八百屋街に到着:(身体大事にね)
赤や紫や緑のぎらついた照明の店群を抜けると、食材が並ぶ八百屋街に着いた。人で活気づいているのをイメージしていたが、思ったほどの人はいない。
夫さんが婦人に何かを言い、婦人がわたしに「ここからまっすぐ行けばお店があるわ」と伝言してくれた。そこでご夫婦と別れる。ハグ。行ってくるね、と言おうとして、Take care of yourself. (からだ大事にね) と口をついた。
婦人は「知らない人について行っちゃダメよ」と言う。まるで説得力が無いなと思っていると、顔に出てしまったのか「私は例外だったわね。フフ」と言いながら夫さんと人の波に向かっていった。
・帰りのバス停を探す:(むりゲーです)
想像したような魅力を感じない市場だったので、申し訳程度に種類の分からないマンゴーを1個だけ買って早々に市場を出た。が、帰りのバス停が分からず一瞬焦る。視界に制服姿の警察官が見えた。屋台の店員と気軽にお話しをしているようだったので、「バス停はどこですか」と(たしか)英語では尋ねた。すぐに返答はなく、「ちょっと待ってなさいね」と言われた。言われた通り待っていようと思ったが、彼がけっこう遠くに行きそうだったので、視界の中に収まる程度の距離を保って近づいた。
遠いまま「こっちらしい!」と呼びかけてくれて近づくと、すでに8人くらいの人が列をなしていた。バス停のマークやベンチのようなものは何もなく、「どうやってここにバスが来ると分かるんだろう」と思った。人を頼ってよかったと思った。お礼を言うよりも前に警察官は視界からいなくなっていた。
・両替をしてもらう:(や、やさしい・・・)
列に並んでいた全員がわたしと警察のやりとりを知っているように思われた。みんなの視線がどこかやさしかった。一番近くにいた男性が「何か困っていることはあるか」「私の連れが英語を話すから待ってなさい」と単語を繋いだ文章で話しかけてくれた。ほどなくして白いタンクトップに短髪姿の快活な女性が現れた。
「何か困ってるって?」と話しかけてくれる。「実は何も困っていなくて、ただこのバスを待っているだけなんだけれど、あなたのお連れの男性が気を利かせてあなたを呼んでくれたの」と伝えるとニカッと笑って「そういうことね」と言い、「ところで、このバス8ペソでお釣りが出ないけどあなたぴったり持ってる?」と訊かれた。なんと!と自分の口から洩れるのを聞きながら確認すると、ない。「ぴったり8ペソはないや〜」と、10ペソ払ってお釣りをもらわない覚悟でいると、「じゃあ」と10ペソを細かく崩してくれた。どうもありがとう、グラシアス、と言うと彼女は何でもないふうにまたニカッと笑って男性のほうへ戻っていった。
「この街の人はどうしてこんなにわたしのことを気にかけてくれるのだろう??どうして??」と思っていると、遠くから聞き覚えのある声がした。
・笑い:(中国人に間違われることが多いな)
「チーノ?」という大きな声に顔をあげると、先ほどの警察官がようすを見に戻ってきてくれていた。こらちに向かって何かを質問していた。最初は意味がわからなかったが、もう一度訊かれて「Chino (チノ)」=中国人かと尋ねられたのだと理解できた。とっさのことで「Japonesa (ハポネサ)」という単語が出てこず、代わりに「Soy de Japón! (日本出身)」と叫ぶと、警察官は「2択で(あるいは3択で)外した」というような悔しそうな表情をしているように見えた(遠かったので定かではないけれど)。
列に並んでいたひとたちは笑っていた。これがわたしだけに対する嘲笑ではなく、警察官とわたしのコミカルなやりとりを面白がってくれたような笑いに捉えられたのでよかった。境目は分からないが、もしあれを嘲笑と受け取っていたら、いたたまれなくなっていたかもしれない。
・バスを待つ:「実食!」
代わるがわる続いた会話が一段落したとき、とてもおなかが空いていることに気が付いた。リュックを開けると、昼に買ったサンドイッチのいい匂いがした。
・バスが来た:「やっと帰れる」
サンドイッチを食べ終わるのと同時にバスが来て、乗車。件の工事中の駅で下車し、電車に乗り換える。16時ごろゲストハウスに戻った。とてもつかれていたが、もう少しだけおなかを満たした。
・清掃係の男性と話す:(ことばがなくても)
夕方、キッチンにいると、昨日とは別の清掃係のひとがいた。目尻を下げてニコニコで「ジェリーだよ」「カナエ?よろしくね」とやりとりがあった。表情やまなざし、しゃんとした姿勢から、あっという間にジェリーがすきになってしまい、もうすこし話していたくなった。
スペイン語で「今朝ピラミッドに行ったの*」と言うと、「いいね! ¿Te gusta?」と訊かれる。「テグスタ」ってどういう意味だろうと困り顔になっていると、ジェリーが胸の前で両手をハートの形をつくりながら「like ?」と言う。これが、とても、好きだった。「ピラミッドよかった?」の意味だとひと目でわかった。文章が作れないので Sí (スィー) を連発した。
・庭先のテラスにて:(中南米か〜)
ジェリーと分かれ、テラスで食事をしていると、カップルらしい男女が来た。オラ、と挨拶をすると、「Hablas español? (スペイン語話せる?)」と訊かれ、「少しだけ。でも、英語のほうが」と答えるとすぐにスイッチしてくれた。コロンビア出身のカップルとのこと。彼らもピラミッドに行ったらしい(そして気球に乗ったらしい!)。互いの旅のシェアをして、いい時間を過ごした。
このゲストハウスには1泊利用者が多く、彼らのほかにフランス、デンマーク、メキシコ国内の旅行者もいた。
さまざまな国名が耳に入ってくるなかで、コロンビアやグァテマラ、パナマなどが頭に残った。次にメキシコに来るときは、南の国とつなげたらおもしろいかもしれない、と思った。
4日目
・友人と街散策の日:「わくわく」
電車、バス、タクシーとさまざまな交通手段でさまざまな場所へ行き、最終的には2万歩歩いた。
行った場所を箇条書き。
- ソウマヤ美術館
- チャプルテペク公園
- チャプルテペク城
- メキシコ国立人類学博物館
- イダルゴ駅のケバブ屋さん
- メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂
- メキシコシティで歴史のあるレストラン(名前を忘れてしまった)
- 友人の友人のレストラン El Cabrito Astur
- 郵政宮殿
5日目
・自転車で走る:(無敵モード)
朝、清掃係のジェリーに言って、自転車を借りた。知らない土地で自転車に乗るのがとても好きだ。
レンタルのお代を「5ペソ(42円くらい)」だと勘違いして、驚きつつも喜んで差し出したら正しくは「5ドル(当時725円くらい)」か「100ペソ(840円くらい)」とのことだった。こちらの勘違いにも急かすことなく対応してくれるジェリーの姿勢がうれしかった。また、妥当な金額を請求してもらえてよかったと思った(安すぎる自転車はなんだかこわいので)。
ジェリーに見送られて、ゲストハウスが提携しているというコワーキングスペースに向かった。
・予定変更:(仕事どころじゃなさそう)
コワーキングスペースまで自転車で片道20分の予定が、走れど走れどたどり着かない。しかもGoogleが案内してくれた道にはハイウェイが直交していて自転車で渡ることができない。自転車を担いで歩道橋を渡ってみたらへとへとになってしまい、これをあと3回やるのはむりだし、すでにパソコンのキーボードを打つための握力すら残っているか怪しかったので、予定を変更してカフェを目指した。汗だくである。
・カフェ探し:(るんるん)
複数の候補を出し、店頭まで言って雰囲気を確かめる。3店目に訪れたお店の雰囲気が気に入り、歩道の脇の席についた。英語を話さないと思われる大学生くらいの店員さんが、自転車は店内に停めるよう目配せで教えてくれた。
・店員さんとのコミュニケーション:「わたしもかくありたい」
席につくと、別の女性店員さんがメニューを持って英語で話しかけてくれた。野菜メインの食事がしたいと伝えると、メニューの中からヴィーガンやベジタリアン対応のカテゴリを紹介してくれた上で「決まったら呼んでね」とその場を離れる。メニュー表自体はスペイン語だったので「分かる単語がすくないなあ」と思っていると、同じ店員さんが再び来て「よかったら店のWi-Fiいる?それで翻訳すればメニューわかりやすいんじゃない?」と言ってくれて自分の顔がにこにこになっていくのがわかった。よろこんで自分のiPhoneを差し出す。
相手が何に困っているかを想像して、自分にできることを(おそらく自分の判断で)見つけてくれた彼女をとてもproudに思った。お礼を伝えると、にこりとわわって「ゆっくりしていってね」とわたしをひとりにしてくれた。
・会計時:(どうすればよかったかな〜)
食事も含め2時間ほど居座って、仕事をしたり、書きものをしたり、自転車の疲れを癒やしたり、気持ちを落ち着かせて、ようやくカフェを出ることにした。
顔を上げてお会計の合図をすると、ほりの深い顔立ちの若い男性店員がレシートを持って席まで来てくれた。カードがうまく使えなかったので現金で支払う。チップは会計に含まれていて、お釣りが出る計算だったので待ったが、一向に来ない。ちょっと不安になってその男性店員にお釣りのことを聞いてみると、眉毛をハの字にしながら(英語わからないの〜〜僕でごめん〜〜誰か別の人呼んでくるので待ってて〜〜)という表情を全面に出してコミュニケーションが取れず、結局Wi-Fiを貸してくれた店員さんが来てくれた(お釣りもちゃんともらえた)。
彼が申し訳なさそうだったのが申し訳なかった。こちらの不安が移ってしまったようにも思う。どうすれば彼とコミュニケーションが取れたかな、と今でもときどき思い出す。
・メキシコ人の友だち爆誕:(トントン拍子がここちよい)
会計後も店内販売の野菜やドライフルーツ、調味料を見た。なんだか離れがたい気持ちだったのを認めつつ、いつまでも居るわけにもいかないからと自転車を停めたスペースに向かうと、さっきの女性店員さんが駆け寄ってきた。
こちらを見上げながら「今わたしは英語の勉強をしているんだけど」「メキシコにいつまでいる?」「よかったら話し相手になってくれないかしら」と言われて、何を考えるよりも前に「ぜひ!」とわたしの口が答えていた。インスタを交換し、「あとで連絡するね」と言って分かれた。つながるときはつながるものだなあ、と帰りながら思った。
・いいアイディア:「明日彼女に会えるかもしれない」
自転車に乗りながら明日の予定を思う。もともとの予定を午後からにすれば、午前中にできたての友だちに会えるかもしれない、と思った。「明日午前中このエリアにいるんだけどよかったら会わない?」とメッセージを送ってみた。わくわくが止まらない。自分の決断や行動が早くなっているのも実に旅らしく、気持ちよかった。
・お天気雨:(しずくがきれいだなあ)
帰り道、晴れ間からぱらぱらと雨が振ってきた。太陽のおかげで、服が濡れるより前に乾いていく感じがあった。街路樹をすりぬけて風にあおられるながら降る軽やかな雨が目にも肌にも心地よかった。雨宿りせずに自転車で走り抜けていると、結局10分ほどで降り止んだ。
・帰宅、返信が来た:「会える!」
できたての友だちにメッセージを送ってからおよそ3時間後に返信が届いた。「午前ヒマなの」「そのエリアだったらこのベーカリーがおすすめだから行こう」とぽぽぽんと話が進んだ。スムーズにコミュニケーションが取れることがうれしかった。
(自分がたまたま心をひらいていたタイミングだったこともあるし、彼女の気質のおかげもあるかもしれないけれど、瞬間的な偶然というよりは、わたしたちが合っていったのだろう、という必然的なつながりにも思えた)
6日目
・最終日:「冷蔵庫をきれいにする」
友だちに会う前に荷物をすべて整理した。冷蔵庫のものを最終日の朝でぴったり食べ切れるのはなんとも言えない快感がある。3日目にマルセー市場で買った名前のわからない種類のマンゴーを腹に入れる。お気に入りのマニラマンゴーとは異なり、さっぱりとした口当たりで朝食向きだと感じた。
・ペットボトルのごみを捨てる:「分別がよくわからない」
滞在中に5Lのペットボトルを2本分消費した(このサイズの水がコンビニで売っていることにメキシカンサイズを感じた)。メキシコのごみの分別が最後までよくわからなかった。ゲストハウスのごみ箱は1種類しかなく、そこに燃えるごみも生ごみもプラスチックも入れているらしかった。ペットボトルはその中に入れず、ごみ箱の脇に置いていくことにした(一緒に燃やされていないといいなと願った)。
・ベーカリー到着:「とてもすきな雰囲気」
メキシコシティ中央区の雑多な屋台ばかりを見ていたので、こんなにおしゃれなベーカリーがあるのかと驚いた。有名店らしく、朝でも人が大勢並んでいて、店内も車道脇のテラス席もいっぱいたった。テイクアウトするスーツ姿のひと、ヨガウェアのひと、パソコンのキーボードを打っているひと、読書しているひと、楽しそうに電話をするひと、犬を連れたひとなどほんとうにさまざまなひとがいた。
・待つ:「ほんとに会えるのかな」
彼女から「30分くらい遅れそう!」というメッセージが届いていたので、「先に席とっとくね😊」と返信して列に並ぶ。とても混んでいたが、10分と待たずに通された。
・ストリートミュージシャン:(心が踊っているなあ)
席についてすぐ、歩道のほうからギターの音が聞こえてきた。6本の弦の上でタップダンスをしているみたいな陽気な音に、もともとわくわくしていた心がさらに踊らされた。ちらりと見えた帽子にサングラス姿のその男性の歌声が、わたしの日本の友人の歌声を思い出させた。
チップを渡そうとしてポケットに硬貨1枚が入っていたことで、ベーカリーに来る前に会話をした女性のことを思い出した。
・道端で両替:「こんなこともあるのね〜メキシコ」
メキシコの広い通りでは、たいてい車道に縦列駐車ができるようになっていて、駐車スペースの近くにはチケット購入用のマシンが設置されている。ベーカリーに向かう道中、全身をピンク色で包んだ女性がそのマシンの前に佇んでいるな、と思っていると、急にこちらに振り返ったので目が合ってしまった。
「お嬢さん、」声をかけられる。なんとなくすぐにその場を立ち去る心づもりでとりあえず目だけで返事をする。「小銭ない?」「このマシンお釣りが出ないみたいで」と20ペソを差し出され、そういうことなら、と1ペソ5枚、5ペソ1枚、10ペソ1枚を出して交換した。差し出された20ペソ硬貨をよく見ると、それまでに見たことのない十二角形のシルエットで、彼女曰く「なにかの記念に発行された“特別な“硬貨」なのだそう。それをポケットに雑にしまって彼女と別れ、ベーカリーへ向かった。
・硬貨を眺める:「偽物の可能性があったかも」
ギターの演奏に気持ちを弾ませながら、硬貨について考え始めた。記憶の中の彼女の身なりが服というよりは布という感じがしたことや、マシンのそばにあった車が彼女のものであったかどうかの確証がないことなどを考えているうちに、この硬貨が偽物で、20ペソをだまし取られた可能性について思考が及んだ。そうであったとしても困る金額ではないのだけれど、そうでないといいな、と思った(のちに調べたらたしかに公式に発行されているものらしかった)。
外国生活に危機感のようなものを無くしてはいけないな、と思いながら、その20ペソ硬貨をギター弾きに渡した。
・再会:「ほんとうに会えたな」
電動キックボードのようなものに乗ってできたての友だちが到着。年下の学生さんだと思っていた彼女(好奇心旺盛なようす、人懐っこさ、目の輝きからそう感じたのだと思う)は、実際には同じ西暦の生まれだった。わたしが春、彼女は夏。日本では学年違いだけれども、同じ西暦に生まれたわれわれがメキシコシティで出会ったことに別質のよろこびがあった。
それまでにも、予感に似た心地よさを相手に感じていたけれど、同い年であると知っただけで心近くに感じられる移ろいがあったことに自分自身驚いた(自分より若い人に感じる遠さや羨望やあこがれをもつ必要がないと思えたのかもしれない)。
・夢の話:「よころばしいなあ」
ふいに彼女が夢の話をしてくれた。週4で昨日のカフェでバイトをしながらオンラインの学校でフライトアテンダントになるための勉強をしているらしかった。「飛行機でいろいろなところに行き、各地の人に自分のサービスを体験してもらいたい」と言っていた。すばらしいなと思った。彼女にとてもあっていると感じた。
わたしが昨日彼女にもてなしてもらったとき、店のWi-Fiを貸してくれたり、スープの説明をしてくれたり、メニューにお肉が入っていることを事前に伝えてくれたりと、彼女のはからいで添えられたことばが嬉しかった。彼女自身になにが必要でなにができるかをもう知っているんだなと思ったら、そのことがとてもよろこばしかった。
・It's Destiny:(息が止まるような)
彼女が発したスペイン語が英語になってわたしの前に差し出された。
ーーIt's destiny. 運命だとおもう。
目的語はなかったが、文脈から察するに「(彼女が人にサービスを提供することが)運命なんだと思う」というふうに聞こえて、感動した。
このときのわたしは「天職を見つけたんだなあ」と思った。でも、今こうして書きながら、もしかすると仕事の枠を越えて「生き甲斐」なのかも知れないとも思う。彼女の応援団になりたいな、という気持ちが芽生えた。
・注文:「実食!」
彼女におすすめを聞きながら、Guava roll と Concha chocolate を注文。それぞれ半分こずつにしていただいた。グァバを飲みものではなく果実として食べる初めての体験だった。Concha は日本のメロンパンのようなイメージで、ふわふわの生地の上にクッキーのようなざくざくが乗っかっていた。どちらもとても美味しかった。
店員さんが、わたしには英語のメニュー、友だちにはスペイン語のメニューを渡してくれたのも、安心感のひとつだった。
・公園へ:「また会える気もするし、会えなくても悲しくない」
店を出てゲストハウスにもどろうとすると、「そちら方面にすきな公園があるので途中まで一緒に行く」とのことで、聞くと2日目にわたしが散歩した公園だった。なんだかうれしい。彼女は読書するらしく、わたしはチェックアウトをしてチェロ弾きの友人と会うことにしていた。
公園にゆっくり到着し、入口のところでハグ。また会える気もするし、会えずともいい。悲しくない。と心から思った。それでも、未来にわたしが挫けそうになるとき、彼女が現れてくれるだろうなという確信があった。軽やかに別れた。
・追い込み:(仕事が終わらずやや焦る)
宿に戻って仕事。翌日がアメリカへのフライトだったので、どうしても終わらせておく必要があった。そうこうしているうちにチェロ弾きの友人との約束の時間になる。宿のドアを開けるといつからその姿勢でいたのかと思うようなくつろいだ姿勢で歩道のへりに座っていた。余裕のない表情で共有のリビングに招き入れる。それから30分ほどで終わった。彼がいつでもいいよと言いたげにどっしり構えてくれたので、こちらも焦らずに済んだ。自分の表情が少し晴れるのがわかった。
・チェックアウト:(よい滞在だった)
出よう、というところでタイミングを見計らったように清掃係のジェリーが来た。友人とふたりでスペイン語で何かを話している。私はその間にジェリーに手紙を書いた。途中わたしの話もしていたようすで、なんだかこそばゆかった。
書き終えた手紙をマスキングテープで綴じてジェリーに渡すと、あのニコニコの笑顔で見送ってくれた。またメキシコに来られたらこの宿に来るねと言った(もしかしたら声には出ていなかったかもしれない)。
・ケーブルカーの駅へ向かう:(わくわく)
最終日は友人宅での晩ごはんに招待されていた。ママが私を待ってくれているらしい。疲れが出たのか満身創痍だったが、予定通りに向かった。
どういう経路で行くのかを尋ねると、友人はニヤリとして「ケーブルカー、乗りたいでしょ」と言う。よくご存知で、と思う。ピラミッド行きの高速バスから見たあのケーブルカーに乗れるのかと驚いて、一瞬疲れをわすれて前のめりに頷いた。
・ケーブルカーに乗る:(感じたことのない類の怖れ)
電車を乗り換えてたどり着いたケーブルカーの乗車口は思ったよりも人がいた。数人の係員が乗る人と降りる人を上手に分けている。誘導されるがままに友人と駆け足で乗った。10人乗りだった。
始めはときめきの気持ちが大きかったが、窓の向こうに広がる家並みが、土っぽく、茶色っぽく、天井がなく、布っぽく、変わっていくたびに、あれ、と思った。
屋根のない家やお隣同士で壁面を共有している家が見えた。体感では40分ほどで1つ目のケーブルカーを降りて2つ目に乗り継ぎ、そこからさらに20分ほど行ったように思う。ケーブルカーが進むほど、それまで見ていたメキシコシティの予想外の都会感とはかけ離れて、当初イメージしていたような土っぽさと淋しさがあった。それをなんだか怖いと思ってしまって、思ってはいけないことのように感じた。
・ケーブルカーを降りバスに:(いつ到着するのだろう)
やっとケーブルカーを降りたと思ったら、すでに満員のバスに乗客を押し込むかたちで乗り込んだ。友人が2人分の運賃を近くのひとに渡すと、それがバケツリレー式に運転手のもとまで届けられてちょっと感激だった。
結局バスにも体感で30分くらい乗っていた。行き先や交通手段や時間がわからないまま移動するのは心底性に合わないと実感したが、その性分を知れてよかったねと自分に言い聞かせながら友人の後についた。
・バスを降り、友人宅着:(しんどい〜!)
今にも倒れ込みそうな体調だったけれど、ママと犬2匹と猫数匹が出迎えてくれた。地図に書けなさそうな、一度はぐれたら二度と戻れなさそうな場所に家があった。そう言えば、とあることを思い出した。東京から手紙を送ったとき、届くまでに80日ほどかかったのだった。郵便網が整備されていないエリアかもしれない、と思った。
・八百屋へ:「バナナがいい」
夕飯に必要な何かしらを買いに、せっかく到着した家を出ていちばん近いという八百屋に行った。アボカドをひとつだけ手に取り、欲しかったというモッツァレラチーズは品薄とのことで別の店に行くことになった。友人が八百屋の店主と話している間、わたしは吊り下げられたバナナのことが気になって仕方なかった。
一度家に戻った。「自転車で行ってくるから休んでて」と言われて言葉に甘える。ママと2人きりになってしまうな、と思っていると、ママが英語を話し始めたので驚いた。元旦那さんとアメリカに住んでいた時期があったらしい。聞き取りやすい発音に安心しながら、わたしも自分の話をすることができた(帰ってきた友人は、急速に仲良くなった私達を見て驚いていた。それをママと私で笑う時間がなんだかとてもよかった)。
・想定外のこと:(シャイが発動した)
友人が買ってきたチーズを見てママがせかせかと動き始める。何か手伝おうかと尋ねると、大丈夫よ座っていて、とのことだったので、座ったり立ち上がったり、キッチンや中庭をうろうろした。
レンガや土でできた、日本では見たこともないようなその家の構造が気になって仕方なかった(ただ、日は暮れていて照明も必要最低限だったのであまりよく見えなかった)。
ふらふらしていると2階から女性が降りてきてハッと驚きつつ互いにぺこり。「妹だよ」と後ろから友人に紹介されて緊張がほぐれ、自己紹介をしてみた。ほかにひとがいると思わなかったので脳内で話題を検索していると、キッチンからママの声がした。またあとでね、と言って妹さんと分かれる。
・家庭料理を作っているところを見る:(ひとの料理を眺めるのが最近すき)
「何本?」と訊かれて、何がなんだか分からず「おまかせで」と言う。ママが前日から仕込んでいてくれたスープに、トルティージャの皮で野菜を巻いて煮込んだものが6本投入され、さらにぐつぐつ煮込まれる。ママも一緒に食べるなら2本ずつ、食べないなら3本ずつか〜などと皮算用する。
火が通ったものが皿に盛られ、アボカドとチーズとパクチーが乗る。「生玉ねぎは平気?」と訊かれ、だいすき、と答えると、それもたくさん載せてくれた。席について、どうぞ、と差し出された(写真)。
・家庭料理をいただく:「じゅんわり味がしみておいしい」
いただきます、とわたしが言うと、隣で友人がその言葉と動作を真似した。うれしい*。皮に野菜のだしがしみこんでじゅんわりととても美味しかった。・・・のだが、よく見るとわたしの分のお皿に先ほどの"6本"がすべて乗っていて、友人の分は別にあった。皮算用が上振れすることもあるのか、と心の中で笑った。食べきれない分は出発前の夜食として残しておいた。
・仮眠:(チェロが心地良い)
体力の限界だったので、ママにお礼を言ってキッチンを後にし、仮眠をとることにした。すぐにでも眠りの森に落ちてしまいそうだったけれど、友人がチェロを弾いてくれたので耳の神経だけ起きていてくれと祈った。やっぱりいつの間にか眠ってしまった。
・出発:(あったかいなあ)
深夜1時に起きて残っていたいちごやコーンの甘煮、ママの料理を食べ、身支度を済ませる。仕事もちょっと片付ける。ほんとうにどこでも仕事ができるんだなと自分のことが面白くなっていたら、友人と妹ちゃんが起きてきてくれた。妹ちゃんが空港までのUberをアプリで呼んでくれることになっていた。10分くらいで来てしまうので、カナエの準備ができたら呼ぶね、とのこと。おんぶにだっこになってしまっているなあと思いつつ、申し訳なさよりも有り難さに包まれていた。
・Uberを呼ぶ:(空港行けない?!)
準備ができたことを伝えると、「番号を教えて」と言われて戸惑う。SIMカードがないので、メキシコで使える電話番号はなく、それは事前に伝えてあったはずだった。内心、ウワ〜Uber呼べなかったら飛行機間に合わないよな、どうしよう、と深刻に考え始めそうになると、「あ、クレジットカードの番号だよ」と言われた。安堵して伝える。
こういう語の省略は同じコミュニティで生活していないと理解できないこともあるものだなと思った。3人で外に移動した。
・ママと話す:(その愛はどこから来るのだろう)
パジャマ姿のママが2階から降りて見送りに来てくれて、4人になった。
「いいかい?」とわたしの手をとり、ママが言う。
ことばが出てこなかった代わりに、手をつよく握り返して、ハグをした。「また会おうね (You will see me in the future.)」のようなことを伝えた。Uberの車が来るまでママと手を繋いでいた。どうしてそんなことが言えるんだろう、その愛はどこから来るのだろう、とママのことばを反芻していた。
「もし彼女が日本に来ても、わたしは同じことばを言えない」と思ったら、急に、わたしも誰かの家になりたい、という考えが頭に浮かんで、とてもびっくりした。これを考えているのはほんとうにわたしなのかと思った。
・無事にUberが来た:(ビッグラブ)
ママと妹ちゃんにハグをして、友人とタクシーに乗り、空港へ向かった。
出発
・ワシントンD.C.へ:(ありがとう)
迎えてくれた友人家族と、ゲストハウスや出先で出会ったすべてのひとへのありがとうを胸に、次の目的地へ。
(以上、25,622文字)