プールの影
美容室で働いているmさんから聞いた話
mさんはダイエットと運動不足解消を兼ねて、週一回、プールに通っていた。大体、一時間ほど泳いで帰る。
2か月、ほど通っていたら、年配の女性から声をかけられた。
知った顔の人だった。泳ぎに来るといつも泳いでるか、友人の方と歩いている女性だった。
「こんにちは、よく泳ぎに来るの?」
「こんにちは、週一回のペースで泳ぎに来てますね。」
「そうなのね、いやね、泳げ方が綺麗だなと思って、学生の時に水泳やっていたの?」
「高校生の時に水泳部でした。あまり、泳ぐのは速くなかったので成績は振るわなかったんですけどね。」
「私ね、60になってから、泳ぎ始めたの、友達に誘われてね。最初の頃は大変だったんだけど、段々慣れて来て、今は平日に来れる時は来るようにしてるの」
そこから、mさんはkさんとプールで顔を合わす度に会話をするようになった。
kさんはおっとりとして、よく笑い、愛嬌がある方だった。時折、手土産などを渡しあう程、仲良くなっていった。
半年もした頃、kさんと顔を合わす事がなくなってしまった。
mさんは欠かさず毎週火曜日に通っていた。毎週、毎週、kさんとは会っていなかったのだが、月に二回以上は会っていた。
なのだが、ここ1か月、会っていない。kさんとは連絡先を交換していなかったので連絡の手段がない。何かあったのかと心配だった。
翌週になりプールに泳ぎに行く、kさんとよくお喋りしていった人がいたので思い切って聞いてみた。
「すいません、kさんのお友達方ですよね。」
「はい、そうですよ、何かありました?」
「ここ最近、kさんを見かけないので、何かあったのかと思って声をかけてしまったんです。」
「あぁ、そうなのね、kさん体調を崩しちゃって、今、入院してるの」
「入院、大丈夫なんですか?」
「肺炎だって、でもこないだ、お見舞いにいったらもう少しで退院だって言ってたから、大丈夫よ」
「そうなんですね、ありがとうございます。」とお礼を言い、泳ぎを始めた。
安堵もあったが、もしかしたら術後は泳ぎに来れなくなるかもしれないと少し悲しさも感じながら泳いで、帰って行った。
そこから二週間が経ち、いつもの様にプールに通う。
泳ぎ終わり、更衣室で帰り支度をしていると、この前、声をかけたkさんの友達にばったり会った。
「こんにちは」とmさんが話をかけた。
「こんには」kさんの友達は少し暗い感じがした。
「実はね、kさんね、亡くなったの」
「えっ、」突然の事で言葉が出なかった。
「肺炎が悪化して、ほんと急よね」と少し涙ぐんだ様子だった。
「そうだったんですね、教えてくれてありがとうございます。」
言葉が出てこなかった。kさんとはプールでの交流しかなかったが、親しくさせてもらっていた。
kさんと二度と会えなくなってしまった、現実を受け止めきれずに帰路につく。
家に帰ってから、kさんのお見舞いに行けば良かった、もっといろんな話をしたかったと、後悔の念が頭の中に埋め尽くす。重い気持ちのまま一日を過ごした。
次の週はプールに行けなかった、まだ心の整理が出来なく、kさんを思い返してしまうと思ったから。
ようやく、行く気になったのが二週間後だった、いつまでも、気持ちを引きずっては行けないと思いプールに赴いた。
久しぶりの泳ぎはただ無心で泳ぎ、時間があっという間に過ぎていく。
帰ろうと更衣室で支度をしていると、kさんが入院していると、教えてくれたkさんのお友達と会った。
「こ、こんにちは」「こんにちは」二人共ばつが悪い感じがした。
kさんのお友達が口を開く。「いきなりで、ごめんなさいだけど、最近、プールで起こってる事、知ってる?」
「噂ですか、いや、何も知らないですね。何かあったんですか?」
「実はね、最近、プールの1レーンと2レーンに影が出るのよ」
そのプールではレーン事に振り分けをしていて、1,2レーンは年配の方が泳いだり、歩いたりするレーンだった。
「影ですか?」
「そう、影だけが移動してる、いや泳いでるってかんじなの」
「見たんですか」
「私も見たし、私の友達も見たの、あと係の人も見たって言ってるのよ!何なのかしらね」
その時、mさんはkさんの事が思い浮かんだ。
「それって、いつ頃から、見だしたんですか?」
「ここ、一週間くらいかな、なんかちょっと怖いわよね」
「そうですね…すいませんがkさんお家って分かりますか?」
「えぇ、知ってるけど」
「kさんはここのプールでしか交流がなかったんですか、とてもよくしてもらいました。亡くなったと聞いて、気持ちを整理するのに時間がかかってしまい、遅くなってしまったのですが、kさんお線香を上げたいと思っています。」
「そうだったのね、分かった、待ってて今、確認するから」
kさんのお友達に確認を取ってもらい、弔問の許可を得れた。
来週の火曜日に行く事になり、kさんのお友達には感謝を述べ、プールから出ていった。
当日になり、教えてもらった住所に向かう、向かう途中、花と手見上げを買って、約束の時間に着くことが出来た。
チャイムを押すとkさんの旦那さんが迎えてくれた。小柄で痩せていて、笑うととても可愛らしい人だ。
仏壇の前まで案内してもらい、仏壇の前に座る。仏間にはkさんの写真があった。
会っていた頃より、少し若く、微笑みを浮かべ、優しい顔をしている。
お線香を上げ、手を合わせる。短い付き合いだったが、とてもよくして貰った事や、お見舞いに行けなかった事、思いの丈を心の中でkさんに伝える。
最後に「もう、泳がなくて大丈夫だよ、ゆっくりしてね」と言葉にして、席を立った。
kさんの旦那さんはわざわざ来てくれた事を大変喜んでくれた。
別れぎは「家内はね、本当に素敵な人だったんだよ」と涙ぐみながら話をしてくれた。
帰り道、花束を買って行く。その足でプールに向かう。
プールのスタッフに話をし、花束を1レーンに献花する。
前日に献花する事の許可を貰った。「プールの影にの事についてなのですが、私は霊感がある訳ではないですが、もしかしたら、あの影はkさんかもしれないと思っています。kさんが安らかになる為に献花をしたいのですが、了解は得られるでしょうか?」と連絡をした。
困っている、様子だったが最終的には快く承諾してもらった。
花束を1レーンに置き、手を合わせながら「もう、泳がなくて大丈夫だよ、ゆっくりしてね」ともう一度、伝えた。
そこから、影が出る事は一切なくなった。
現在、そのプールは老朽化の為、取り壊されてしまっている。
mさんはkさんの命日には毎年、kさんのご自宅にお線香を上げに行ってるそうです。