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【忌憚幻想譚6話】音の正体【ホラー短編集】
とん、ととん、ととと……
とん、ととん、ととと……
上の階の住人は、いつもなにかを床に落として遊んでいる。
ビー玉かなと僕は睨んでいるが、とにかくちょっと弾んではまた落ちて転がり、やがて止まる。
それの繰り返しが昼夜問わず始まるので、僕はそれなりに疲弊していた。
ほんと、やめてくれないかな。
受験を控えているというのに眠れやしない。
小さな部屋に布団を敷いて横になっているとその音は耳の奥によく届く。
天井から壁を伝い床にまで響くからだ。
ある日、僕は我慢できなくなって上の階を探ることにした。
どんな奴が住んでいるのか、それくらいは確認したっていいだろう。
なんだか危なそうな奴ならそっとしておくし、優しそうな奴ならどうか夜中はやめてほしいとお願いできるかもしれない。
僕の住むアパートは二階建ての横長で、階段は塗装の剥げた金属だ。
上ればカァンカァンと音が響き、ギシギシ軋む。
だからその音がしたら外に出て、それとなく振り返ればいい。
カァン、カァン。
そら、来たぞ。
僕は出掛けるふりをしながら玄関から出て、ドアの前で足音の主へちらと視線を這わせた。
そして足音の主は俺の部屋の真上あたりで鍵を取り出していた。
何処にでもいそうなオッサンで――だけど。
下にいる俺に気がつくと鬼のような形相でガァンガァンと強烈な音を立てながら降りてきた。
「おいお前! 坊さんかなんかか? 四六時中数珠鳴らすのやめてくれないか! じゃらじゃら、じゃらじゃら……。それに毎回紐切ってんだろ、物は大事に扱え!」
「え? いやいや、僕のどこが坊さんなんですか。いつもいつもビー玉かなにか転がしてるのはお宅ですよね? 僕も参ってるんでやめてほしくて……あの……」
「は?」
「……え?」
僕たちはしばし見詰め合う。
オッサンと見詰め合うような趣味はもちろんないけれど、彼の驚いた顔は嘘を言っていないと物語っていた。
「お、おいおい。やめてくれ、俺ぁこう見えて恐い話は大嫌いだ」
「ぼ、僕だって好きじゃないです……!」
「よしじゃあお前、いまから少し俺の部屋こい。それで下から鳴らなけりゃお前の仕業――」
「いやいやいや! 鳴らなかったら僕の仕業って! むしろ鳴らなかったら貴方の仕業……」
なんて実のない話し合いだろう。
「そうだ! なら僕の部屋、いま覗いてください! 数珠なんてないですから!」
勢いで言ってドアを開けた僕は……しかし泣きそうになった。
じゃらじゃらじゃらぁッ……ばらばらばらッ……とん、ととん、ととと……
聞こえたのだ。
誰もいない、僕の部屋から。
「…………」
嘘だ。
じゃあ、僕……ずっと……得体の知れない音の主と同じ部屋にいたってこと?
「あー……兄ちゃん、その、悪かったな……俺ぁ引っ越すぞ、即刻引っ越す。うん」
「あ…………ええ、はい……」
「…………。なあ、むさいオヤジの部屋でよけりゃあ、それまで泊まっていくか」
「は、はい……!」
僕だって、好きでオッサンの家に泊まりたいとは思わない。
だけど、背に腹はかえられない。
「おう、そうしろ。俺も恐ぇからさ……」
オッサンは小さくそう言ったが、そればかりは同意する。
僕たちはそれから間もなく引っ越した。
音の正体がなんだったかって?
そんなの、恐くて調べたいとも思わないね。