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誰かに何かを伝えるときに気にかけていること

本日は誰かに何かを伝えるために気にかけていることについて。

誰かに何かを発信することが多い私ですが、思いついたことをポンポン言っているように見えると思います。そして、確かにそれはある。(笑)
しかし、それは全てこれまでの経験とか、知識とか、そういうものから来ている、と思います。

誰かと話したこと、読んだ本、視聴したテレビやラジオ、映画、美術品、見た景色、聞いた音、触れたSNS。道端のお店や広告、田んぼや畑、すれちがった人。
あらゆるコンテンツが溢れるこの現代で、何の刺激にも接さない方が難しいでしょう。

触れたもの全てが自分自身をつくる、と考えています。
幼い頃の、覚えていないこともそれに含まれます。

家族で旅行に行ったことも、子どものまちで起きたことも、私はあまりエピソードを記憶していません。
だけど、あらゆる感覚を肌で感じ、記憶しているように思うことがあります。

そういうことの積み重ねを、自分の言葉で語れるか?図でもいいし、数字でもいい、音楽でもいいし、あらゆる表現のアートでもいい。人に伝える手段を持っているか。

それが大切です。

発信することと、伝えることは少し違います。

発信していても、伝えたいことが相手に伝わっていなかったらそれは一方通行です。
言葉が、表現する手段が、自分に合っていないのかもしれません。

ミニさくらについて、インタビューや取材、登壇する機会が多いものの、うまく伝えられない、という時があります。子どもたちとの対話のシーンでもそういうことがあります。
そういう時は大体インプットが足りていません。

ミニさくらと全然関係のない話をするような相手とでも、色んな話をする前と後では私から出てくる言葉が変わります。
また、ミニさくらと直接関係のない話をするからこそ、ミニさくらや会の運営について、気づくことが多くある場合があります。

ひとりの世界に向き合う時間が必要な時もあります。それも重要な時間です。

一方で、部屋から出ずに、誰とも連絡を取らずにいる時間が長くなると、自分の頭で考えたことしか出てこなくなって、相手の知りたいことがわからなくなる気がしています。

自分の言いたいことだけしゃべって、相手の心に届いていないことがないか?伝えるための正しい表現を選択できているか?いつも気にかけています。

その実感があるからこそ、色んなものに触れて、人と話す時間は大切にしたい、と思います。

その時間が、いつかの自分の支えになります。


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