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人生あと5年と言われたら?


こんにちは! 58歳”じぃ”と言います。
おじさん本音トーク~ブログリレー~ 二巡目の投稿です。
もう7年前になりますが、51歳のとき大腸がんの手術を受けました。
その時意識したのが「5年生存率」という単語。
それまでの不完全燃焼な人生を意識しました。

1.人間ドックからの大腸内視鏡検査

人間ドックのメニューの中に、便潜血検査というものがありますが、2012年に一度引っ掛かりました。医師からは、痔かもしれないし、ひょっとすると大腸がんかもしれないので、一度内視鏡検査をしては?と言われました。ただ、体調も悪くなかったのでそのままスルー。

2年後2014年にも人間ドックを受けたところ、便潜血検査でまた陽性となりました。体調は特に問題ありませんでしたが、痔でもない(名前はじぃだけど)ので、意を決して大腸内視鏡検査を申し込みました。

2.大腸内視鏡検査

身体の中に何かを入れられた経験がなく、内視鏡検査のイメージもできず、だいぶ抵抗がありました。
検査の日は、午前中にモビプレップという下剤と大量の水を飲み続け、身体の中をきれいにします。身体の中のものを出し切ると、午後からいよいよ内視鏡検査。
「眠くなる薬を使いますか?」と聞かれ、迷わず選択。それでも最初は完全に意識のある状態からスタートします。事前に病院の売店で買った、お尻側にスリットの入っている紙パンツをはいて検査に臨みます。
ベッドの上で、やや丸まって横になるように指示をされ、少しお尻を突き出す感じになります。こんな姿、家族や会社の人には見せられないなどと考えていると、不意に先生の指?が入ってきました。思わず「あっ・・・」という声が出て経験したことのない感覚に。恥ずかしさ絶頂。。。
なんだか今まで守ってきた羞恥心やプライドみたいなものをすっかり失ってしまい、自分より少し若い先生に自分の身体を委ねるしかないなと思っているうちに、意識は朦朧とした感じになり、気がつくと終了してました。

この恥ずかしい検査が、自分にどのような影響を与えたかわかりませんが、世の中で偉そうにしているおじさんにも、ぜひこの検査を受けていただくといいように思いました。

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3.検査結果

先生からは、「いくつか大きなポリープを取りました。ひょっとするとがん化している可能性もあるので、検査機関からの結果は次回診察の時に連絡します。」ということで、その日は帰宅。
一週間くらいしてからでしょうか、病院の先生から職場に電話がかかってきました。「じぃさんなら大丈夫だと思うので、お話ししますねー。落ち着いて聞いてください。」と。
もう職場に電話があった時点で「がんでした」と言われているようなものなので、言われた通り落ち着いて聞くことができました。
ところがその電話以降、診察の日まで、まったく落ち着かない時間となりました。
「死ぬようなことはないよな?」
「自分のステージはいくつなんだろう?」
「抗がん剤治療はたいへんなんだろうか?」
「会社は休職になるのか?」
「その間の収入は?」
「家族の生活はどうなるんだろう???」
などと考えてもわからないことばかり考えてしまいます。
そんなこんなで、診察の日を迎えましたが、医師が明るくなんでも率直に話してくれるので救われました。「病理組織検査結果報告書」と「大腸がん治療ガイドライン」というものと照らし合わせながら、
・大腸の表皮上でがん化しているが、若干浸潤している可能性もある
・高齢であれば手術しないが、若い人は切除することが勧められている
とのこと。
迷わず切除することを選びました。

4.5年生存率

手術までだいぶ期間があったのですが、その間、とにかくネットで情報探していました。
気になるステージは、手術をして取ったリンパ節を検査してみないとわからないとのことで、ⅠかⅢのどちらかと言われていました。
大腸がんの統計などで、5年生存率というものを見て、自分は生きる側、死ぬ側のどっちなんだろう?安心できる情報はないだろうかと。
――――(5年生存率)
ステージ0      癌が粘膜の中にとどまっている
ステージⅠ 91%   癌が大腸の壁(固有筋層)にとどまっている
ステージⅡ 81%   癌が大腸の壁(固有筋層)の外まで浸潤している
ステージⅢ 69%   リンパ節転移がある
ステージⅣ 13%   血行性転移(肝転移、肺転移)がある
――――
5年後亡くなっている可能性がなくはないと考えるしかない数字でした。

5.5年後亡くなっているとすると。。。

なぜか過去の事、「これまでこんなことで良かったのか?」「何も残ってないな」というようなことを考えました。
小心者なので、とにかく平凡に、無難にということを優先して生きていましたが、こんなことならもっとチャレンジしておけば良かったなど、タラレバの思考ばかりで、だいぶ後ろ向きになりました。

一方、これから先のことを考えても後ろ向き。
「仕事は続けられるのか?」「子どもたちの教育費は?」とか心配事しか浮かんできません。
「生きているうちに、あんなことしてみたい」「こんなことしてみたい」というような前向きの想像はできませんでした。

そんな後ろ向きなまま、手術は終わって、結果はステージⅠ
ありがたいことに生きています。

6.手術後7年経過

ここまで読んでいただいた方には、たいへん申し訳ないのですが、「死ぬかもしれない」ということを意識したわりに、その後特に大きく変わることはありませんでした。
ただ、少しだけ、人生を大切にしようという気持ちは出てきたかもしれません。がんのせいか、年齢のせいかわかりませんが。

具体的には、何かを先送りにすることが減ったように感じています。
「そんな程度?」と言われそうですが、例えば、旅行に行きたくなったら、あまり考えずにまず予約するといった感じです。
日常の家事全般も少し良くなったように思います。これまで妻に任せきりでしたが、気が付いた時に動くようになりました。
今朝は抵抗なくジョギングに出ることもできました。
以前は、休日をダラダラ過ごしていましたが、フットワークが軽くなりました。

あと何年生きていくのかわかりませんが、何か目標を見つけて前向きに過ごしていければと思います。


(おまけ)
開腹手術は猛烈に痛いです。手術後は痛すぎて「死んだほうがマシ」とマジで思いました。


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#大腸がん

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