バジル
朝目が覚めると、2階の開いたベランダの窓から、バジルの匂いが漂ってきた。
どうしてこんなに香るのだろう、とわたしは不思議に思う。
1階のテレビが何人が死亡、と伝える声がわたしの耳に届く。
聞き慣れた、うんざりした、諦めのような気持ちが一瞬わたしの横を通りすぎる。
わたしは自分の部屋の扉を閉めて、少しの間瞑想をする。わたしは何者でもなく、この世界の一部でもなく、‘わたし’というちっぽけな枠が取り払われるとき、わたしはもっと大きなものの中で解放される。
1階に降りると、台所の銀盥の上に、大きな枝ぶりで沢山葉のついたバジルが横たわっている。わたしが育てながら少しずつ使っていたものを母が思いきって収穫したようだ。ものすごい匂いを漂わせながら。もしもわたしがその香りを神聖なものとして感じるなら、それは神のしるしだ。この世界の暴力や自暴自棄や悪意とは無縁のもの。それはわたしがそれに触れることができる心の部分だけが感じることができる。
目で見たものや耳で聞いた汚い物ごとに騙されることなしに。