絶望と光と。(中編)
この話はやや長めなため、前編~後編にわかれています。
前編もかなり長いですが(汗)お時間のある方は前編から読んでいただけると嬉しいです。
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洋菓子工場のアルバイトから転職後に就いたレストランは、調理場担当のキッチンが男性6人。
ホールスタッフは新入りの私を除く、男女合わせて4人ほどの、とても小規模なレストラン。
レストランといっても、店内で販売している焼き菓子・ケーキを製造している部署まである、ちょっと特殊なお店でした。
(あとで知ったことなのですが、そのうちの女性先輩1人が数ヶ月後に辞めてしまうため、私を急遽レストラン部門に入れたようです)
また、会社自体は小規模だけど、完全予約制のちょっといいお値段のフレンチレストランだったため、言葉遣いや作法といった細かいことにとても厳しいお店でした。
初出勤当日。その日の夜の席は15名の完全貸切利用での予約が入っていると聞きました。
昼の営業が15時過ぎに終わり、そのあとすぐにホールスタッフがそろって賄いを食べ、午後の準備に取り掛からねばならないため、休憩室で45分の休憩。(女性のマネージャーさんと、直属の上司である男性はその場で休憩兼電話番)
午後。17時30分の営業開始まで最終準備。
時間はあっという間に過ぎていき、先輩達がお客さんをタクシーで送り出し、使用したお皿や飲み物のコーヒーカップやワイングラスなどの洗い物(入れられるものは業務用食洗機使用)をみんなで片付け、流し台などもすべて片付け終わったころには、時計を見ると22時を回っていました。
私はこの時、
「この日はたまたま貸切の予約だったからこの時間になってしまったのだろう」
と思っていました。
ところが、通常営業でも夜の営業が終わるころには早くて22時過ぎ。
遅くて23時を過ぎてしまうので、帰りの電車は毎日終電が当たり前。
会社を出ると、私は電車3本を乗り継いで帰宅……ということを1年以上続けることとなりました。
今となってはもう5、6年も前の話ですが、このレストランでの話もすべて私が経験した事実です。
最初に書いた女性の先輩が退社され、気がつけば私が入って半年が経とうとしたころ。
業務には慣れたものの、料理の説明や予約の電話対応がぜんぜんできなかった私に、さらなる壁が。
女性の先輩が一人退社し、どうしてもホールススタッフが4人しかいなかったため、3人がそれぞれのテーブルの対応に行っていると、
・突然鳴ってくる予約の電話に対応できない
・次の料理が出来ているのに、運んで料理を説明する人がいない
という問題が発生します。
手の空いている私が電話に出てしまえばよかったのに、人生初めての電話対応だったことや、女性上司から
「正しい言葉遣いができるようになるまで出なくていい」
と厳しく言われていたため電話も出られず、電話対応は最悪厨房の方が出てくれていましたが、料理の説明も自分から行くことができませんでした。
ところが、その女性上司はいつもホールにいるわけではなく、他部署の管理や常連客の応対に追われて不在にしていることも多く、直属の男性上司からは
「誰も手が空いてないときは出ちゃっていい」
と言われていたのに、お昼の時間に直属の上司と料理長が
「◯◯さん(女性上司の名前)を本気で怒らせると怖い」
と話していたのを恐れ、電話にもいっさい出ることができませんでした。
それ以降、時間がある日は電話対応の仕方や、料理説明の練習。
サービス中の歩き方や立居振る舞いなどを、営業前の時間のあるときに女性マネージャーさん達に教わったり練習していました。
それでもいざお客さんの前になると、覚えたはずの料理説明が頭から抜け、説明がスムーズにできません。
「言葉遣いをまちがえてはいけない」
というプレッシャーからどうしてもしり込みしてしまう。
さんざん練習する時間を与えてきたのに、積極的に料理説明に行かなかったり電話にもまともに出られない私に、直属の男性上司はついに怒りを表すようになります。
(といっても、女性先輩が退社される前から仕事中はイライラしていて、その先輩も泣かされていましたが)
お客さんが二人以上で来店したとき、サービスする順番(女性から男性など)が存在します。
例えば6人のお客さんの席などで、必ずしも席が置いてある順にサービスするとは限らないため、私が順番をまちがえただけで表に戻ってくると
「あんなとこでまちがえてんじゃねーよ!!」
と小声で(客席のお客さんに聞こえないように)耳元で怒鳴りつけ、靴の後ろを踏んできたり、背中を強くつついてきたり。
ふだんは面白半分に冗談を言ったりするおもしろい人ですが、人手不足と私のことでイライラしているのか、営業中の彼はまるで別人。
もちろん、女性上司がその場にいないときに限って。
あるときは、自分の女性の日が近く、情緒不安定な時期だったときはそれが怖くてつらくなり、我慢しきれず涙があふれるのを抑えきれないこともありましたが、直属の上司はそれを
「仕事ができないから悔しくて涙が出るんだ」
という解釈をされました。
そんなあるとき営業前準備の最中に、ここでもなぜか、話の流れで前職のように計算の答えを求められることに。
そしてやはり、その直属の男性上司の威圧感と
「答えなきゃ」
というプレッシャーで頭が回らず、答えを出すこともできず、結局私は
「計算ができない人」
というイメージづけ(前編にも書きましたが、計算や数字が苦手なのは事実ですが……)をされてしまい、女性マネージャーさんからは心配されたのか、
「算数はできるようにしといた方が絶対いいよー汗」
と、後日小学生向けの計算ドリル3冊を渡されました苦笑
女性マネージャーさんはとてもやさしい方だったので、私が退職したあと一緒にご飯に行ったことがあったほどで、本当に心配して計算ドリルをわざわざ買ってきてくれたのだと思います。
ですが、直属の男性上司は私の弱点がわかった瞬間。
忙しい日以外は営業前のお客さん来店待ちの隙間時間や賄い後、前職のパートのおばさん達同様、やはり突然計算問題を出してくるようになりました。
また、私が質問に対して
パッ!
と答えることができないことを直すため、たまたま室内にかけられていた日めくりカレンダーに毎日日替わりで載っていたことわざの意味と、それに対する自分の考えを抜き打ちで答える……という、どう見ても嫌がらせな行為をされるようにもなりました。
それどころか、午後の営業準備が忙しく、休憩時間を歯磨きの時間しか取れない日も多いのに計算ができない私は、やはり休憩時間前に出された計算が解けるまで立ったまま答えを求められていました。
ひとつ年上の男性の先輩と、後日新入社員として入社してきた後輩の女の子はそのまま休憩に入っていたのに、計算のできない私だけ、貴重な休憩時間に座ることすらできない日々が続きました。
ふつうに9時〜17時半勤務の仕事ならまだしも、9時〜22時(or 23時)までという異常な勤務体制(本当は定時が18時まで)で、まして、他の人は休憩に行けているのに
「計算が解けない」
というだけの理由で、私だけ休憩時間なしなんて、どう考えてもおかしいですよね?
そしてあるとき、決定的な瞬間は訪れます。
直属の男性上司の指示で、その日は女性マネージャーさんが10時過ぎの時差出勤。(時差出勤は私もさせてもらえてましたが)
ひとつ上の男性先輩と後輩の女の子が内側の準備をしている間、直属の男性上司の指示でいつも女性マネージャーさんが一緒にやっていた客席の移動を、その男性上司と私の2人だけで初めてやることになりました。
その客席移動のとき、席の動かし方を教えてもらっている最中、やはり話の流れで突然計算問題を出され、いつもどおり頭が回らず黙り込む(本人は考えている)私に、直属の男性上司は
「こんなこともできないようじゃ、死んだほうがいいんじゃないの?」
と、人を見下した苦笑いを浮かべながらそう言ってきました。
自分に自信がなく傷つきやすい私は、今でも気持ちが沈んだとき、人に言ってはいけない禁断の言葉を平気で放ちながら浮かべたあのときの彼の顔が頭に浮かぶほどには、大きなダメージを受けていたのは言うまでもありません。
なぜってそれは、学生のころから計算ができない自分に不安がなかったわけじゃないから。
でもそう言われるのも仕方がない。
苦手なのに、できるようにする努力をしなかった自分が悪い。
ずっと、そう思って生きて来ました。
あの人と知り合い、あの言葉をもらうまでは。
『絶望と光と。(中編)』終わり。
『絶望と光と。(後編)』に続く。